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043_永禄六年(1563年) 浅井小屋1

 長政は四人姉弟きょうだいである。


 まずは京極高吉に嫁いだ長政の三つ年上の姉、けい。今年で二十一歳となる彼女は既に嫡男となる子を産み、京極家の正妻としてしっかりと努めを果たしている。


 次に長男であり嫡男ちゃくなんの長政。


 この時代、生まれの早さより母の立場や地位によって次の当主候補である嫡男が決まるため、長男でも側室の子ならば嫡男になれない事も珍しくない。


 もし嫡男が不出来で長男の方が優秀ともなれば、家中を真っ二つに割るお家騒動待ったなしとなるわけだが、幸い浅井家にそんな心配はなさそうだ。


 そして、元服して今は浅井家の内務担当となりつつある長政の三つ年下の弟、政元。


 彼もまた歳不相応に落ち着き払った様子を見せるが、まだまだ子供。初陣すら迎えていないため、彼の初陣をいつにするか決めるのも当主たる長政の仕事だ。


 最後がもう一人の弟、長政の十個年下にあたる新七郎しんしちろうである。


 年頃の男児と言うこともあって近頃では武芸に興味を示しており、長政の兄弟では珍しく年相応に無邪気な様子が印象的だ。


 長政の知る限り、これが浅井四姉弟の全員だ。


 父の久政には戦国大名にしては珍しく側室が居ないため、長政の兄弟はこの時代にしては比較的少ない。


 とは言えこれは、あくまでも長政の知る限りの話。


 長政が生まれる前に出家した姉だとか前妻だとかが、居るとか居ないとかいう話を、聞いたり聞かなかったりする。


 何故こんなにもあやふやなのかと言えば、人から聞いた話でしかないことと、当時を語りたがる者が余りに少ないためだ。


 何せ宿敵六角の庇護を受けなければならないほどに当時の久政は追い詰められていたのだから、家中でどんなごたごたがあったかなど想像に難くない。


 父の久政はあんなであるため語りたがるわけもなく、姉は幼かったためかよく知らないらしい。


 直経も政澄も、その他の家臣たちも皆、主家の暗い過去の話はしたがらない。


 そんな訳で、それらの噂が真実か否かすら、今の長政には調べようがない。


 この調子で行くと後何人謎の前妻が現れ、ある日突然長政の兄弟を名乗る者が現れるかわかったものではないが、少なくとも今現在は長政の知る限り四人姉弟なのだった。


 ……因みに、長男であり嫡男でもある長政が『新九郎』で、そこから次男の『新八郎』、三男の『新七郎』と、何故数字が若くなっていくのかは浅井家の永遠の謎である。


 久政曰く、浅井家は昔からそういうしきたりなのだそうだが。


「参ります!」


 長政は、その四人姉弟のうちの末っ子、新七郎と今日は槍の稽古をしていた。


 近頃剣術や槍術に執心の様子で、内政も戦も無いせっかくの休みだというのに、長政に槍の練習相手になってくれとせっついてきたのだ。


 本音を言えば休ませてほしい長政だったが、年の離れた弟はどうしてもかわいいもので、その上政元とは違って兄上兄上と自身を慕ってくるのだから、ついつい付き合ってしまうのが兄としての長政であった。


「踏み込みが甘すぎる。全く届いてないぞ」


「えいやー!」


 浅井屋敷の庭で、そんな二人の掛け声が響く。

 近頃では家臣たちを捕まえては手合わせを願い入れていると言う話もよく聞くため、政元とはまるっきり反対の武人気質なのだろう。


 なまじ浅井の血なのか、それとも成長期に武芸に励んだ成果なのか、新七郎は長政同様に体躯に恵まれ、身長も既に四尺六寸(約140cm)を越えていた。


 現代の八歳男児の平均身長が四尺(約120cm)ほどである事を考慮しても明らかに成長のしすぎである。


「次! 次々打ち込まねば相手に付け入る隙を与えるぞ! 反撃をさせるな!」


「はい!」


「動きが大振りすぎる、もっと細かく攻め立てるのだ」


 長政の声に合わせて動きを変え、何度も何度も長政の持つ木槍と打ち合う新七郎。その一つ一つの所作からも、普段からよく稽古に励んでいる事が伺える。


 とは言えまだ八つの子供だ。長政に一撃入れるには五、六年ほど足りていない。


「甘い!」


 それらしいことを言ってみたりしながら新七郎の一撃を卒なくいなし、そこから新七郎の見せた隙へ一発入れるために槍を軽く振るう。


 しかしその程度で負けるようなやわな稽古はしていないらしい。

 この長政の槍を後ろに大きく飛びのく事でかわした新七郎は、長政が驚く暇もなく二撃目、三撃目の攻撃を立て続けに行ってきた。


 これには長政も、少しばかり驚いた。正直、まだ新七郎に負ける訳がないとたかをくくっていたからだ。


 ただでさえ十も年の差があり、なおかつ長政の体は十八の成長期を迎えた事もあって、既に身長が六尺二寸(約190cm)を越えようとしている。


 その上、蒼鷹隊と共に食事改善を行っている長政は肉や魚、野菜をバランス良く食べているため、まさに筋骨隆々と言った風体だ。


 既に大人ですら、武術で長政に勝てる者は少なくなっている。

 そんな長政に新七郎が勝てるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。そんな慢心があったのだろう。


 新七郎の二撃、三撃目を辛うじていなした長政は、このまま続けてはまずいとばかりに、突き出された槍を自身の槍で思い切り弾き飛ばした。


「うわっ!」


 圧倒的なほどの体格差から繰り出される薙ぎ払いに思わず新七郎は槍を手放す。宙を舞った木製の槍はカランカランと乾いた音を立てて地面に転がった。


 その後でしまった、と思わず息を呑む。


 余りにも大人げない一撃だった。しかし長政とて未だ多感な十七の青年なのだ。相手に華を持たせるためにわざと負けるなどという事ができるほど大人ではない。


「さ、流石です兄上……!」


 謝るべきかと迷っていると、新七郎が長政にキラキラした視線を向けてきた。どうやら、これはこれで良かったらしい。


 少々居た堪れなくなりながらも「良い槍だった。しっかり励んでいるようだな」などと体裁を保ちつつ、弾き飛ばした槍を拾い上げ……声を漏らした。


「折れてる……」


「俺の槍が……」


 先程の長政の一撃で折れてしまったらしい槍が、まさにくの字そのままに折れ曲がっていた。


 戦場で槍を振るえばほぼ必ずその槍を折ってしまう長政の怪力に、耐え切れなかったのだろう。


「……今浜に、新しい槍を買いに行くか」


 泣きそうな顔をする新七郎に申し訳なく思い、そんな事を口にすると、新七郎の表情は一瞬で明るくなったのだった。



◆――



「これが今浜なのですね……!」


 旅人のような服装を纏った新七郎が、目を輝かせながら辺りを見渡す。

 二人は今、商人達で賑わう今浜へとやってきていた。


 地元も地元、それも白鷹隊の働きあって治安が向上しているこの今浜でなら、浅井家当主の長政と言えど昔のように独り歩きが許される。


 お蔭で難しい顔をする遠藤直経を置いてこられるのは、長政にとっては貴重な時間だった。


 新七郎に続いて辺りを見渡すと、少し見ないうちに猪や鳥の肉を串に刺して焼いた串焼き、淡海で獲れた魚の塩焼き、敷物として使うムシロ、果ては酒なんてものまで売っている市が立っている。


 その様相たるや、平時だと言うのにまるで夏祭りのような喧騒だ。


「どれ、一つ買ってみるか」


 景気付けとばかりに長政は、鳥の串焼きと魚の塩焼きを買って新七郎へ手渡した。


「ありがとうございます!」


 二人してその場で串焼きを頬張ると、鳥は炭火の香りが口の中いっぱいに溢れて脂の旨味が染み出し、魚はパリパリとした皮とほくほくの身に塩味が効いて非常にうまい。

 小腹がすいた頃に食べるには丁度いい量だ。


 そんなことを考えながらむしゃむしゃと魚の塩焼きを食っていると、遠くから聞き覚えのある竹笛の音が聞こえてきた。


 ピッ、ピ。ピッ、ピ。


 規則的に響いてくる竹笛に遅れて、『えい、えい。えい、えい』と笛の音に合わせた掛け声も聞こえてくる。

 どうやら、白鷹隊の警邏けいらのようだ。


 五、六人ほどで隊を組み、行進練習ついでに今浜をはじめとした大きな街で白鷹隊に警邏を行わせる。

 そうする事で、街での狼藉をいち早く発見して取り締まることが出来るという算段だ。


 また、この警邏も定期的に複数隊を巡回させる事で、白鷹隊の兵自身が町人に対して乱暴狼藉を行っていないか互いに監視させる意味合いもある。


 一応、浅井が雇った者たちには長政からの許可がない限り乱暴狼藉、その他の蛮行の一切を禁止し、もし違反すれば最悪は処断が言い渡される事を承知させている。


 しかしそんな口約束で皆が法を守るのであれば、この世に泥棒なんて言葉は生まれないし、乱世なんて物も起きないのである。


 幸い、長政の視線の先で行軍を行う白鷹隊はしっかりと規律を守っているようで、キビキビとした様子で長政の視界の外へ進んでいく。


 そうして新七郎が、彼ら白鷹隊をキラキラした目で眺めているうちに、長政はお目当ての店を見つけた。


「あったぞ新七」


 木製の刀や槍を取り扱う模造店。あそこでなら新七郎の気にいる槍もありそうだ。


 幸い金ならいくらでもあるため好きに選べと声をかけてやると、新七郎はあーでもないこーでもないと槍を手に取って品定めを始めた。


 昔は港町として栄えていた今浜だったが、今はその様相が大きく変わっている。


 多くの商人や商船、そして鍛治衆までもが集まった結果、欲しい者があればとりあえず今浜に来ればいい、と言えるほどまで商業が発達した。


 お蔭でこのような子供向けの模造刀の店もあちこちに見えるし、中にはいつ世話になるのかわからないような物を置く店まである。


 彼らのおかげで浅井家の財政も潤っているため、長政にとって彼らの存在には感謝しかない。


 そんな事を考えつつ、槍を選ぶ新七郎の様子を眺めてあくびを一つした頃だった。


「テメェ! 待ちやがれ!」


 どこからかそんな怒声が聞こえ、にわかに騒がしくなってきた。どうやら何かが起きているらしい。


「少し見てくるか」


 領主としての責任感半分、娯楽の少ないこの時代での催しに対する野次馬根性半分で視線を送ると、新七郎も慌てて続いた。


「あ、私も! 槍はこれにします!」


 新七郎の取った槍を見て一つ頷き、店主へ視線を送る。


「大将、金は置いていく。釣りはいらんから取っておいてくれ」


 少し多めに銭を置き、店主が機嫌よく「またどうぞ!」と声を上げたのを確認すると、二人して小走りで声の方へ向かうのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 弟さん可愛いですねぇ
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