001_永禄三年(1560年) 目覚め
◆本作品はフィクションです◆
史実をベースにした創作物のため、作品としての面白さや読者にとっての分かりやすさを最優先にしています。
そのため事実とは異なる表現になる場合がありますのでご注意下さい。
――人間五十年
――下天のうちを比ぶれば
――夢幻の如くなり
――一度生を享け
――滅せぬもののあるべきか
◆――
京より東に、淡水の広がる海がある。
都に近き淡海の国。その地はいつからか近江国と呼ばれるようになっていた。
古来より豊かな土と水、そして日本の中心という立地が祟って、応仁の乱から百年を数える今もなお争いの絶えない土地であった。
そんな戦乱の地たる近江国にも梅雨は来る。
その日は朝から豪雨が降り注ぎ、淡海の水面が激しく揺れていた。
そんな土砂降りの中、近江の北にそびえる小谷山の麓、浅井屋敷には碁を打つ音だけが静かに響き渡る。
雨と石の音だけが鳴る屋敷の静寂。それを突如として破ったのは、雷鳴と共に現れた来訪者であった。
「新九郎様! 急ぎの知らせにござる!」
この土砂降りの中を駆けて来たのだろう。
ずぶ濡れの体で転がるように屋敷へ飛び込んできたのは、この地と屋敷を治める浅井家に、祖父の代から仕える譜代家臣、遠藤家当主の遠藤直経であった。
浅井家の諜報を担当する彼は無精ヒゲと鋭いまなざしが特徴的な、荒々しい雰囲気を纏っている根っからの武人だ。
しかし、そんな男が今は化け物でも見たかと言うほど何かに慄き狼狽えていた。
碁盤を前に胡座をかく新九郎は視線だけで直経に続きを促す。するとその意図を正しく汲み取った彼は一度頷くなりすぐにその先を口にした。
「はっ! 尾張の地、桶狭間にて、駿河の今川義元公が織田信長に討たれたとの知らせ! 今川方重臣も悉く討ちとられ、総崩れにござる!」
その知らせは確かに、直経を慄かせるに足る内容だった。
駿河の今川義元と言えば東海一の弓取りとまで称された名将だ。
この頃の今川家と言えば、駿河、遠江、三河の三国、そして尾張の南を含めた東海道沿いの広大な領地、総石高約七十万石を有するこの時代屈指の大大名である。
とてもではないが尾張の半国をようやく治めたばかりの、それもお家騒動の末に実弟を手にかけた、うつけと知られる男に倒せる相手ではない。
「直経、それは何かの誤りではないのか!」
新九郎と共に碁盤を挟んでいたもう一人の男が、直経からの知らせを聞くなり驚きの声を上げて立ち上がった。
男の名は浅井政澄と言った。
新九郎の叔父にあたる彼は、普段は理知的な雰囲気を纏い、すっきりとした印象がある人物なのだが、今は打って変わって狼狽えた様子を見せていた。
冷静沈着な彼をよく知る直経も少し面を食らった様子だったが、しかし政澄の目をしっかりと見据えて「否、誠にござる」と続ける。
「織田信長は……たった二千の手勢と共に、今川の本陣へ奇襲を仕掛けたのでござる」
政澄は再び驚きの声を漏らす。
「なっ……たった二千の兵で……? 此度の今川の兵数は、二万とも四万とも……!」
疑うような、縋るような目で直経を見る政澄だったが、直経はその知らせの確かさを伝えるようにしっかりと頷いてみせた。
織田信長という男は、あろうことか十倍以上の敵に総大将自ら城から出て戦い、そして勝利したのだと言う。
常識からは考えられない愚行、蛮勇とも言うべき奇策。
或いは、この一戦に全てを賭けたとでも言うような果断さに、彼らはただ言葉を失うことしかできなかった。
それ以上はどちらも言葉を紡げず、外は土砂降りだと言うのに耳が痛くなるような静寂が辺りを包んでいた。
そこへパチンと、碁石を打つ小気味よい音が響く。
「左様か」
静寂を破ったのは、二人の主に当たる浅井の当主、浅井新九郎であった。
浅井家の血なのか齢十五でありながら、既にその体格は大人と見紛うほどに逞しい。
そのうえ顔立ちも端正な彼は、この歳で浅井家の当主という座に腰を下ろしていた。
とは言えそれでもまだまだ若すぎるはずの彼は、そんな世間の当たり前など気にも留めず、未だヒゲも生え揃わない顎を撫でながら何やら思案を始める。
思えば、彼が直経に尾張の情勢を探るよう指示したのは、今から半月ほど前、今川が兵を挙げた頃の話だ。
その頃からずっと、何かを考え込んでいるような気がした。
「……もしや、こうなる事を?」
ぽつりと、政澄が言葉をこぼす。
何もないはずの尾張に、何も言わずに新九郎は間者を走らせた。
ただそれだけのこと、で済むはずだったのだ。今、この瞬間が訪れるまでは。
これは偶然か、それとも必然なのか。
誰もが予想し得なかったその知らせに、しかし顔色のひとつも変えずに。新九郎は今もただ思考を巡らせる。
それだけの事が、未だヒゲすらろくに生え揃っていない小僧を、末恐ろしい何かに見せた。
「やはり新九郎様は、亮政公の生まれ変わりなのだ……!」
恐れるような、讃えるような声を絞り出して、直経はそう漏らす。
齢十五でありながら――新九郎のその瞳は、鷹のように鋭く細められていたのだった。
◆戦国国盗りバトル・ルール説明◆
※ざっくりとしたイメージです
帝……天皇
将軍……総理大臣
国……県
大名……県知事
家臣……県庁役員
国衆……町長、市長
民……国民、県民
・国を治める大名は他国を侵略して領地を奪いたい
・領地が要らなくても周りから攻められないように力が欲しい
・力≒民の数
・民を直接管理しているのは国衆で、国衆は大名に従うため大名は民を間接的に支配している
・他国を攻めとるのに一番簡単な方法は敵の国衆を懐柔して仲間にし、領地を丸々手に入れること
・そのため大名は常に国衆の顔色を伺っているし、重要な土地を押さえている国衆は発言力があるため間違っていても真っ向から否定することが難しい
・国衆は自分たちの土地を守り、生き残りたいので基本的には強い大名に従う
・国衆からすると大名は本気で敵に回すと全戦力で押し潰しに来るため一人で敵対できず、力を持った大名の理不尽な命令は聞かなければならない
・そのため大名が戦に負けたり負けそうになると一気に寝返ったりする
・国衆に裏切られたら大名は見せしめのために裏切った者達を制裁しなければならない
・敵の国衆を裏切らせたら次の裏切りを誘発するために仲間になった者達を守らなければならない
・そうして最後に敵を降参させた方の勝ち
・降参しないなら滅ぶまで戦うのみ




