001_永禄三年(1560年) 目覚め
◆本作品はフィクションです◆
史実をベースにした創作物のため、作品としての面白さや読者にとっての分かりやすさを最優先にしています。
そのため事実とは異なる表現になる場合がありますのでご注意下さい。
――人間五十年
――下天のうちを比ぶれば
――夢幻の如くなり
――一度生を享け
――滅せぬもののあるべきか
◆――
滝のような豪雨が降り注ぐ中、碁を打つ音だけが屋敷に鳴り響く。
しんと静まり返ったその静寂を破ったのは、雷鳴と共に現れた来訪者であった。
「新九郎様! 急ぎの知らせにござる!」
この土砂降りの中を駆けて来たのだろう。
ずぶ濡れの体で転がるように屋敷に飛び込んできたのは、浅井家の諜報を担当する重臣、遠藤直経であった。
無精ヒゲと鋭いまなざしが特徴的な荒々しい雰囲気を纏っている彼だが、今は化け物でも見たかと言うほど慄いた様子だ。
そんな彼に新九郎が視線を送れば、その意図を正しく汲み取った遠藤直経はすぐに言葉を続けた。
「はっ! 尾張の地、桶狭間にて、駿河の今川義元公が織田信長に討たれたとの知らせが! 今川方重臣も悉く討ちとられ、総崩れにござる!」
その知らせは確かに、彼を驚かせるに足る内容だった。
駿河の今川義元と言えば、東海一の弓取りとまで称された名将だ。
その上この頃の今川家と言えば、駿河、遠江、三河の三国、そして尾張の南を含めた東海道沿いの広大な領地、総石高約七十万石を有するこの時代屈指の大大名である。
とてもではないが尾張の半国を、それもお家騒動の末、実の弟を手にかけてようやく治めたような、うつけと知られる男に打ち倒せるような相手ではない。
「直経、何かの間違いではないのか!」
新九郎と共に碁盤を挟んでいた男も、驚きの声とともに立ち上がった。
男の名は浅井政澄。普段は理知的な雰囲気を纏いすっきりとした印象がある男だが、普段の冷静沈着な様子からは打って変わってうろたえた様子を見せる。
そんな政澄の目をしっかりと見据えて、直経は答えた。
「誠にござる。織田信長は、たった二千の手勢と共に、今川の本陣へ奇襲を仕掛けたのでござる」
「馬鹿な……こたびの今川の兵数は二万とも四万とも聞く……! それを自ら、それもたった二千の兵で……!?」
織田信長という男は、あろうことか十倍以上の敵に総大将自ら城から出て戦い、そして勝利したのだと言う。
常識からは考えられない愚行、蛮勇とも言うべき奇策。
或いは、この一戦に全てを賭けたとでも言うような果断さに、二人はただただ言葉を失う。
外は土砂降りだと言うのに、耳が痛くなるような静寂が辺りを包んだ。
そこへパチンと、碁石を打つ小気味よい音が響く。
「左様か」
静寂を破ったのは、二人の主に当たる浅井新九郎であった。
浅井家の血なのか、齢十五でありながら既に体格は大人と見紛うほどに逞しく、その上顔立ちも端正な彼は、浅井政澄からすると親戚であり、主家の当主に当たる人物だ。
とは言えそれでもまだまだ若すぎるはずの彼は、そんな世間の当たり前など気にも留めずに、未だヒゲも生え揃わない顎を撫でながら何やら思考を始めたようだった。
思えば、彼が遠藤直経に尾張の情勢を探るよう指示したのは、今川が兵を挙げた半月ほど前の話。
その頃から、何かを考えているようにみえた。
「……もしや、こうなる事を?」
ぽつりと、政澄が言葉をこぼす。
何もないはずの尾張に、何も言わずに新九郎は間者を走らせた。
ただそれだけのこと、で済むはずだったのだ。今この瞬間までは。
だと言うのに、新九郎は顔色ひとつ変えずに静かに思考を巡らせている。
それだけの事が、未だヒゲすらもろくに生え揃っていない小僧を、末恐ろしい何かに見せた。
「やはり新九郎様は、亮政公の生まれ変わりなのだ……!」
恐れるような、讃えるような声を絞り出して、直経はそう漏らす。
齢十五でありながら、新九郎のその瞳は、鷹のように鋭く細められていたのだった。
◆戦国国盗りバトル・ルール説明◆
※ざっくりとしたイメージです
帝……天皇
将軍……総理大臣
国……県
大名……県知事
家臣……県庁役員
国衆……町長、市長
民……国民、県民
・国を治める大名は他国を侵略して領地を奪いたい
・領地が要らなくても周りから攻められないように力が欲しい
・力≒民の数
・民を直接管理しているのは国衆で、国衆は大名に従うため大名は民を間接的に支配している
・他国を攻めとるのに一番簡単な方法は敵の国衆を懐柔して仲間にし、領地を丸々手に入れること
・そのため大名は常に国衆の顔色を伺っているし、重要な土地を押さえている国衆は発言力があるため間違っていても真っ向から否定することが難しい
・国衆は自分たちの土地を守り、生き残りたいので基本的には強い大名に従う
・国衆からすると大名は本気で敵に回すと全戦力で押し潰しに来るため一人で敵対できず、力を持った大名の理不尽な命令は聞かなければならない
・そのため大名が戦に負けたり負けそうになると一気に寝返ったりする
・国衆に裏切られたら大名は見せしめのために裏切った者達を制裁しなければならない
・敵の国衆を裏切らせたら次の裏切りを誘発するために仲間になった者達を守らなければならない
・そうして最後に敵を降参させた方の勝ち
・降参しないなら滅ぶまで戦うのみ