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世界遺産・広開土王碑への考察

 論者は韓国歴史ドラマを多く視聴し、そこに描かれる断固とした自国や民族への誇り、或いはそれらを守る絶対の信念に興奮してきた。その影響が元で古代朝鮮、特に三国時代において西は遼河、北は黒竜江、東は沿海州、南は漢江へ及ぶ広大な領土を獲得し東アジア全域へ猛威を振るった朝鮮史上最高の超大国・高句麗へ強く心を惹かれており、故に今回は、高句麗のこの最大版図の隆盛を成し遂げた広開土王、その業績を記した広開土王碑を取り上げる事とした。



 広開土王こと高談徳(コ・タムドク)(374~412)とは、朝鮮5000年の歴史上最も偉大な人物の一人として広く認知される高句麗19代目の王であり、在位22年の間に中国東北部一帯を包括し、高句麗が300年近く東北アジアで最も強大にして安定した国家と為る基盤を築くのみならず、自国の民を守る為に自ら前線にて奮闘し、降伏させた敵へも恩赦を行う徳化君主として知られている。

 広開土王碑は、この様な英雄王たる広開土王の業績を記す為414年に息子の長寿王が立てた物だが、当時の高句麗の領域は余りに広く、現在碑石の在る場所は中国吉林省集安市である。

 碑石は高さ6.39m、1面の幅1.3~2m、重力約37tの安山岩質又は石英安山岩質、溶結火山礫凝灰岩とされ、形態は不規則な四角柱、色は淡い緑灰色で、所々に気孔が有り、人為的な採石や加工の後は殆ど見られず、花崗岩の基壇の上に立っている。碑文は四面それぞれに引かれた枠や行分けの中に、右上から左下へと純粋な漢文で記されており、四面の平均行数は11行で1行の最大文字数は41字という総計1175文字から成り、一文字の大きさも縦9~12㎝、横10~12㎝と古代の碑文の中でも最大の規模を誇る。内容は高句麗王朝の由来、広開土王の生涯やその征伐、同碑を含む王陵の為の法令と為っている。

 東洋最大の碑石でもあるこの広開土王碑は、独特な四面碑という高句麗特有の文化をよく表し、加えて建国初期より高水準な文字の生活を確立していた事も伺える。更に碑文の書体に関しても、ほぼ直角の横画と縦画の交差角から隷書に近いがその特徴である波搩は殆ど無いという独自性に、同碑の歴史的意義を合わせた書体概念・広開土太王碑体として注文を集めている。

 こうした非常に興味深い文化的価値も影響し、現在は中国政府の手でユネスコの世界遺産に加えられ、ガラス張りの建物で保護されている。又、碑文からは広開土王が当時の日本・倭とも戦っていた事が明らかと為り、日中韓の三国間において今なお活発な研究や論争が続いている。そこでこの三国による論争について、以下の二つの問題が想起されるだろう。



 先ずは日韓の間における、1910年の韓国併合へ至る考察である。

 668年の高句麗滅亡と共に忘れられた広開土王碑は19世紀末に漸く発見され、明治政府による征韓論の台頭の後に公開された。この時、明治政府が朝鮮や中国東北部へ送り込んでいたスパイの一人・酒匂景信が、朝鮮不朽の英雄・広開土王を記す碑文より「倭が新羅、百済、伽耶という高句麗を除く朝鮮の国々全てを臣民とした」という記述が発見された事を本国へ伝え、征韓論者や軍部はこれを受け、朝鮮の金石文より朝鮮征服の大義名分が得られたと喜んだ。

 しかし後の本格的な碑文研究により、上記の記述は酒匂による都合の良い読み替えであった事が判明し、韓国併合の正当性は失われた。同時にこの記述箇所を「倭が高句麗の庇護下に在った新羅へ入り、広開土王率いる高句麗軍がこれを潰滅せしめた」と解釈する説が一般化され、古代の日本史、朝鮮史の認識までもが不鮮明と為っている。

 そして中韓の間では、そもそも高句麗をどちらの歴史とするべきかについての舌戦が有る。

 これには、元来高句麗は漢帝国が設置した四郡の一つより興った国であり、滅亡後にその領土や民は中国歴代政権の統治下へ移り今に至る、故に高句麗史は中国史に帰属するもので、古代朝鮮に高句麗を含む三国時代を当てる事すら間違っているとする、中国高句麗史論が背景に有る。実際に前述の通り、高句麗の領土は多分に現在の中国東北部を含んでおり、本論のテーマである広開土王碑の所在もそこである。現に同碑を巡る観光業では、韓国人観光客には常に中国人警備員が付いて見張り、韓国語のガイドも禁止されている。

 これに対し韓国の人々は、かつてこの地で絶対的な栄光と隆昌を立ち上げ天下へ号令した在りし日の民族の誇り・高句麗へと想いを馳せ、「満洲は我々の土地」と固く拳を握っている。いずれにせよ、この高句麗を取り合う互いの自国愛の衝突が、両国間に深刻な亀裂を生んでいる事実は否めない。



 これら諸問題の解決には根本として、長期的な更なる研究計画の元での財源確保や人材育成、広開土王碑の拓本の購入及び展示を通じた研究自体の気運の向上が必要である。同碑を巡るこれらの問題は日中韓三国における歴史教育にも大きく関わるものである為、その重要性には計り知れぬものが有ると考える。

  論者はそれ故に、第一に同碑や古代朝鮮史への三国それぞれにおける国民的な関心の形成こそを重視する。その点で、2011年に全100話に及ぶ歴史スペクタクル超大作『広開土太王(クァンゲトテワン)』が放送されると、翌年には直ちに日本でも公開され2014年には再放送も実現した事を始めとし、韓国時代劇の大御所俳優や監督、演出陣から若手の実力派人気俳優までを惜しみ無く動員する『淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)』『階伯(ケベク)』『太王四神記』などが連続で制作され、同様に海外進出を成し遂げている近年の気風は、紛れも無く高い評価に値しよう。

 事実、論者もこの流れにより古代朝鮮へ引き込まれた一人である。小説家を志す論者は、これら韓国ドラマにより魅せられた熱き血潮の燃えたぎる魂を表現せんと日夜頭を砕いている。即ち、ドラマなり小説なり、あらゆる手段で関心を集める事が不可欠であると考えるのだ。


 参考文献

『古代朝鮮 三国統一戦争史』盧泰敦 著、橋本繁 訳

『高句麗の文化と思想』東北亜歴史財団 編、東潮 監訳、篠原啓方 翻訳

『高句麗の政治と文化』東北亜歴史財団 編、田中俊明 監訳、篠原啓方 翻訳

『朝鮮古代文化の起源』李享求 著、申鉉東、亀田博 訳

『韓国時代劇パーフェクト大事典』高橋美樹 編集、株式会社竹書房 発行

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