第3話
秋人くんと出会ってから、辛かった日々が一変して毎日が楽しくなった。お母さんに携帯を買ってもらって、毎日秋人くんとメールを送り合った。
それからこっそりとブログを作った。
誰にも知られたくなくて、『わたしの秘密のブログ』というタイトルを付けた。
ブログには、秋人くんのことを中心に書いた。こんな日々が、毎日続けばいいと思った。
でもやっぱり、秋人くんもわたしから離れていった。
彼の学校が夏休みに入った頃から、ぱたりと姿を見せなくなってしまった。メールはしてくれたけれど、わたしの病室へ足を運んでくれなくなった。友達と夏休みを満喫しているのか、はたまた恋人ができたのか。そう思うと胸が苦しくて、毎晩のように涙を流していた。
花火を一緒に見る約束をしたけれど、本当に来てくれるのか不安だった。
結局、秋人くんも他の人と同じだったのかな、と肩を落としながらてるてる坊主を作った。
花火大会当日、せっかく雨が止んだというのに秋人くんは来てくれなかった。一人狭い病室の中で孤独に包まれ、胸が押し潰されそうなくらい苦しくて悲しかった。
泣きながら花火を見ていたら、秋人くんから電話がかかってきた。わたしは縋るように携帯電話に飛びついた。
久しぶりに聞いた秋人くんの声は、いつになく沈んでいた。
秋人くんの声を聞きながら、ガーベラのような満開の花火を見た。花火が上がるたびに、秋人くんへの想いが強くなっていった。
しばらく二人とも無言で花火に目を奪われ、気持ちが高ぶったわたしは秋人くんに好きだと伝えた。というより、思わず口が滑ってしまったのだ。
──どうしよう。言ってしまった。
返事を聞くのが怖くて、電話を切ってしまおうかと思った。
しかし連続して上がった花火の音で、秋人くんには届かなかった。
わたしの愛の告白は花火のように散り散りと消え、再び打ち上がることはなかった。
「今、なんて言ったの?」
秋人くんに聞き返され、恥ずかしくなったわたしは無言で電話を切った。花火の音に救われた気分でもあった。
その後秋人くんは、また毎日のように会いに来てくれるようになった。
よくわからないけれど嬉しかった。
夏休みが終わってから三週間後、秋人くんの誕生日があった。わたしは何かしてあげたくて計画を立てた。何気ない会話の中で彼の誕生日を聞き出し、わたしはこっそりと携帯にメモっておいたのだ。
いつもわたしのことを気にかけてくれて、お花を買ってきてくれて、何かお礼がしたかった。
お母さんにクラッカーと折り紙を買ってきてもらったけれど、結局飾り付けは当日には間に合わなかった。
ずっと体調が悪くて、わたしは寝込んでばかりいたから。
プレゼントも用意できなくて、とりあえずクラッカーを鳴らしてお祝いしてあげた。
ドアの陰に隠れてクラッカーを鳴らすと、秋人くんは驚いていた。
喜んでくれたというよりも、彼はただただビックリしていただけだったので、サプライズは失敗に終わってしまった。
この日のことも、私は落ち込みながらブログに書いた。
その後秋人くんは、綾ちゃんを連れてきてくれた。
もう二度と会えないだろうと思っていたから、嬉しさのあまり号泣してしまった。
それから綾ちゃんは、毎日のようにわたしの病室に来てくれるようになった。
毎晩遅くまでメールや電話をして、時間を忘れるくらい楽しかった。
「ねぇ春奈、今度学園祭があるんだけど、うちのクラス劇やるんだ。私主役を演じるんだけど、もし外出できるなら春奈に見に来てほしいな」
この日も綾ちゃんは学校帰りにお見舞いに来てくれて、わたしにそう言った。
「最近は体調良いから、たぶん大丈夫だと思う。明日お母さんに聞いてみるね」
「本当? じゃあ、約束ね」
「うん、約束」
本当は体調が悪かったけれど、わたしは無理をしてそう答えた。綾ちゃんの晴れの舞台だから、どうしても見に行きたかった。
秋人くんとも、初めて病院の外で会える。そう考えたら、断る理由なんてなかった。
学園祭当日、お母さんに化粧をしてもらって、中学の時に着てた制服に身を包んで、わたしは秋人くんと綾ちゃんがいる高校へ向かった。
綾ちゃんはリハーサルで忙しいみたいだったので、わたしは秋人くんと二人で学校内を歩き回った。
男の子とこうやって二人で歩くのは、良太くん以来のことだった。
「なんか食べたい物とか、飲みたい物ある?」
校内を歩きながら、秋人くんにそう訊かれた。焼きそばやたこ焼き、クレープや手作りハンバーガーなど沢山あったけれど、あまり食指が動かなかった。
「お腹空いてないから、わたしは大丈夫。秋人くん食べたい物あるなら、買ってきていいよ」
わたしはそう言って秋人くんに笑いかけた。上手く笑えていただろうか、と不安だった。
本当は二人でクレープを食べたりしたかったけれど、体調が悪くて食欲がなかった。
良太くんの時と同じように、秋人くんにもつまらない女だと思われていないか怖かった。
でも秋人くんは終始わたしの体調を気遣ってくれて、歩くのが遅いわたしの歩幅にも合わせてくれた。
彼は綾ちゃんには冷たい時もあるけど、わたしにはいつだって優しかった。
やっぱりわたしは、秋人くんが大好きだと、この時改めて思った。
その後体育館へ移動して、綾ちゃんのクラスの劇が始まった。
綾ちゃんは綺麗で、演技が上手で、キラキラと輝いていた。
もし生まれ変わったら、綾ちゃんみたいな女の子になりたいな、とわたしは思った。
綾ちゃんのクラスの劇が終わると、わたしは秋人くんとバスに乗って病院へ戻った。
病室へ着くと服を脱いで、いつもの着慣れた入院着に着替えた。
疲れたのでベッドに倒れ込むように寝そべった。
今日は本当に楽しかった。
楽しかったけど、辛かった。
綾ちゃんだけではなく、あの高校にいた生徒たちは、みんな輝いていた。
楽しそうに仲間たちと屈託無く笑う彼らが、わたしは羨ましかった。
本当はわたしだってあの輪の中に入って、みんなと青春を謳歌していたはずだった。どうしてわたしだけ、それができないのだろう。彼らには当たり前にできることが、わたしにはできないのだ。
当然だけど、どこを見渡してもわたしの居場所はなかった。
結局わたしの居場所は、この白い壁に囲まれた息苦しい病室だけなのだ。そのことを、強く思い知らされた一日でもあった。
「もし、わたしが死んだら、口づけして生き返らせてくれる?」
秋人くんが帰ろうと立ち上がった時、わたしは冗談のつもりで彼にそう訊いてみた。
白雪姫の演劇を見たばかりだから、何言ってんだよ、と笑ってくれるだろうと思っていた。けれど秋人くんは、あろうことか泣き出してしまった。
秋人くんが泣いてるところを見るのは、これが初めてのことだった。
彼が何故泣いているのか、わたしにはわからなかった。
次の日から、わたしの病状は悪化していき、秋人くんと綾ちゃんが来てくれても、話せない日もあった。