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第1話

 わたしは生まれた時から、体の弱い子どもだった。

 特に肺が悪く、外で走り回ったり体を動かすことがあまりできず、家に引きこもってばっかりで、幼稚園や学校では友達がほとんどできなかった。


「一緒に遊ぼうよ」と声をかけられても、「わたし、病気だから」と言うと、みんな気を遣ってわたしから離れていく。中には移されることを恐れて、わたしのことをウィルスか何かだと言って馬鹿にされることもあった。


 それでも三浦綾香ちゃんだけは、いつもわたしのことを気にかけてくれて、ずっとひとりぼっちだったわたしのそばにいてくれた。


 学校では友達はできなかったけれど、病院では何人か仲良しができた。同じ小児病棟で入院している子たちだ。

 ユイちゃんにメグミちゃんにユカちゃんにマナミちゃん。それからサヤカちゃんにアイちゃん。


 みんなわたしより先に退院してしまって、それっきりだ。退院していく子とは、再会したことは一度もない。みんな学校の友達の方が大事なんだ。

 わたしは退院していく子たちを、いつも見送る側だった。


「また会おうね!」

「わたしのこと忘れないでね!」

「手紙書くね!」


 わたしは必死に退院していく友達に、そう声をかけた。手紙は、たった一回のやりとりで終わってしまう。

 みんなわたしのことを忘れて、楽しい毎日を過ごしているのだ。


 わたしは退院しても、またすぐに入院してしまう。だから別れの言葉はいつも言わないようにしてる。だって、またすぐ入院しちゃって恥ずかしい思いをするから。



 小学六年生の頃、わたしはみんなに迷惑をかけてしまうから、本当は行きたかったけれど修学旅行には行かなかった。


 友達もいないから別にいいや、って一人で強がってた。


 修学旅行から帰ってきて、買う写真を選んだり、あれが楽しかった、あの場所が凄かった、などと思い出話をみんなで共有していて、正直羨ましかった。


 自分の席に座って、俯いて気付かれないように泣いていたら、綾ちゃんがわたしにお土産を買ってきて手渡してくれた。


「はい、春奈。お土産買ってきたよ」

「ありがとう綾ちゃん」


 綾ちゃんはわたしに、健康祈願のお守りとクマちゃんのキーホルダーを買ってきてくれた。その二つは、わたしの宝物になった。



 小学校の卒業式のひと月前、お父さんが交通事故で亡くなった。わたしのお見舞いに来る途中で、お父さんは赤信号に気付かず、事故を起こしてしまった。


 わたしは自分を責めた。

 わたしが心配をかけてしまったせいで、お父さんは事故を起こしてしまったのだ。

 わたしが入院していなければ、お父さんは死なずに済んだのだ。


 わたしは本当に、両親に心配や迷惑を散々かけてしまっている。親不孝な子どもで、不健康な体で生まれてきて、この時ほど自分を恨んだことはなかった。


 わたしは結局、お父さんの葬儀にも出れなかった。



 中学生になっても、わたしの体調は悪化の一途をたどっていた。一年の時は、入院生活の方が長かったくらいだ。


 半年ぶりに退院して学校へ行くと、珍しいものでも見たかのような目で、みんながわたしを見ていた。


「おはよう春奈。春奈の席ここだよ」


 綾ちゃんだけは、いつもと変わらない優しさで接してくれた。一年の時は綾ちゃんと同じクラスだったおかげで、わたしはひとりぼっちにならずに済んだ。


 中学二年になると、クラス替えがあった。この頃は病状は落ち着いていて毎日学校へ行くことができた。

 綾ちゃんとは別々のクラスになってしまったけれど、毎朝一緒に登校していた。


「君、名前なんていうの?」


 授業が始まる前、わたしの隣の席に座る男子に名前を訊ねられた。

 目鼻立ちがはっきりとしていて白い歯が眩しい。短髪で爽やかな彼は女子から人気があるだろうな、とわたしは思った。


「桜井……春奈です」

「春奈ちゃんか。俺は木村良太です。よろしく」

「……よろしく」


 一年の時は、あまり男子と話す機会がなかったので、わたしは少し緊張していた。

 彼の優しそうな笑顔に、わたしは思わずドキッとしてしまった。


「春奈ちゃんって、最近転校してきたの?」

「違うけど、なんで?」

「一年の時見たことなかったなぁって思ってさ」

「あ……そうなんだ」


 良太くんは休み時間の度に、わたしに声をかけてくれた。一年の時はほとんど病院か自宅で療養していたことを、わたしは彼には言わなかった。言えばきっと、彼もわたしから離れていってしまうだろうと思った。


「良太知らないの? 桜井さん、病気なんだよ」


 良太くんの前の席に座る女子生徒が、彼にそう言った。ストレートすぎるその言葉に、胸がチクリと痛んだ。

 確かその子は、一年の時わたしと同じクラスだった子だ。きっと悪気はなかったんだろうけど、できれば言わないでほしかった。


「え、春奈ちゃん病気なの? なんの?」

「えっと、ちょっと体が弱いだけで、大したことない病気だよ」

「そうなんだ。体が弱いんだね」

「……うん」


 本当のことを知られたくなくて、わたしはお茶を濁した。

 わたしの病気は大したことある病気なのだ。またいつ体調を崩して入院するかわからない。できればその日まで、彼の前では健康な女の子でいたかった。


 わたしと良太くんは、席替えをして離れ離れになっても、よく話す仲になった。


 綾ちゃんは女子バスケ部で、良太くんは男子バスケ部だったので、わたしは綾ちゃんを見に行くフリをして良太くんを見に行った。


 わたし以外にも良太くん目当ての女子が見に来てて、やっぱり彼は人気のある男の子だった。

 わたしは遠くから見ているだけで十分だった。わたしみたいな病弱の女が、健康な子に敵うはずがない。


 それでも良太くんは、偶然わたしと目が合うと笑顔で手を振ってくれた。


 わたしは毎日が楽しくて、やっと普通の女の子になれたような気分だった。



 でも結局、良太くんもわたしから離れていってしまった。


 夏休みが始まってすぐに、良太くんから映画を観に行こうと誘いを受けた。

 その頃わたしは病状が悪化していて、誘いを受けるかどうか迷っていた。


 本当は夏休みが始まる二週間前から、体調が優れなかった。

 もうすぐで夏休みだから、あと少し頑張ろう。そう自分に言い聞かせて無理をして学校へ通っていた。

 病気のことを、良太くんに知られたくなかったからだ。


 迷った挙句、せっかくなので、わたしは良太くんの誘いを受け映画を観に行った。けれど、この選択は間違いだった。


「なんか、春奈ちゃん全然楽しくなさそう」

「え、そんなことないよ? 楽しいよ」


 そう言った声も、全然楽しくなさそうだな、って自分でも思った。

 本当は楽しいけど、朝から熱があって死にそうだった。


 わたしは終始笑顔を作れず、良太くんもつまらなそうにしていた。歩く速度の遅いわたしに、苛立っているようにも見えた。

 そしてデートの終盤、目眩がしてわたしは動けなくなってしまい、お母さんに迎えに来てもらった。


 それがきっかけで良太くんに病気のことを知られてしまった。

 夏休みが明けると、彼はよそよそしくなってわたしに話しかけてくることはなくなった。


 わたしは病気のせいで、恋をすることもできなかった。

 恋愛は病気が治ってからすればいいや、と自分に言い聞かせてわたしは一旦恋を諦めた。

 けれど、わたしの病気は治らない病気だった。それだけではなく、わたしは長くは生きられない運命だった。



 中学の卒業式の少し前、お母さんに突然打ち明けられた。

 わたしは恋どころか、未来まで諦めることになってしまった。


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