サンタを探す少年
「サンタのおじいさん、どこ?」
12月のある日、交番で書類を書いていた警察官の宮本冬彦さんは、突然こんなことを言われました。びっくりして外を見ると、そこには7歳ぐらいの少年が立っていました。
「サンタのおじいさん、どこ?」
少年は続けて言います。その少年は金髪で青い目をしていて、一目で外国の子だと冬彦さんは分かりました。
「サンタのおじいさん、どこ?」
少しイライラした様子で、少年は言いました。
「ああごめんごめん、えーと・・・サンタさんのことかな?」
「さっきからそう言ってるでしょ」
冬彦さんも少しイラッとしましたが、ここで怒るのも大人気ないと思い、考えるふりをしました。
「うーん・・・ちょっと僕には分からないな。もうすぐクリスマスイブだから、その日になったら来るんじゃないかな」
「そんなはずない。もっと早くに来るって言ってたもん」
「え、お父さんが?」
「もういい!」
少年はそう言うと、外へ飛び出しました。
「飛び出しちゃ危ないよ!」
冬彦さんはそう言って追いかけようとしましたが、その少年は交番を出てすぐのところで女の子と話していました。あまりに近くにいたので冬彦さんは急ブレーキでずっこけそうになりました。
「夏美!」
そこには、冬彦さんの娘の夏美ちゃんがいました。その少年と同じ7歳の女の子です。
「あ、パパ!」
夏美ちゃんは冬彦さんに気付くと笑顔で手を振りました。しかしすぐ横にいる少年は、とても不機嫌そうな顔をしていました。
「夏美があのおじさんに聞くと良いって言ったから聞いたのに、全然教えてくれないよ」
「ごめんね。パパもサンタさんの居場所は分からないみたい」
二人の会話を聞いて、冬彦さんはようやく事情が分かりました。どうやら少年は最初に夏美ちゃんにサンタさんの居場所を聞いて、「パパならおまわりさんだから知ってるよ!」と交番まで案内したそうです。
「なるほどね・・・でもごめん、サンタさんの居場所はおじさん分からないんだ」
「分かったよ」
そう言うと少年は、そのまま北の方角へ歩いていきました。
「またねニコ君!」
夏美ちゃんは手を振りました。少年は黙って手を振り返しましたが、こちらを振り向くことはありませんでした。
「あの子、ニコ君って言うの?」
「そうだよ!」
「そうなんだ。日本語も上手だし、どこの子なんだろ・・・」
冬彦さんは首を傾げましたが、そのまま仕事に戻っていきました。
次の日もそのまた次の日も、ニコ君はこの町に現れました。そして決まって
「サンタのおじいさん、どこ?」
そう尋ね歩いていました。でも周りの人たちはニコ君のことを「可愛い」と言うだけで、誰も答えを教えてくれませんでした。
そこに、冬彦さんと夏美ちゃん親子が通りかかりました。冬彦さんは今日はお休みだったのです。
「あ、ニコ君!」
「ニコ君こんにちは」
二人はニコ君に挨拶をしました。ニコ君は疲れているのか、小さく「こんにちは」と言いました。
「またサンタさんを探してたの?」
冬彦さんは尋ねました。ニコ君は小さくうなずきました。
「あと三日もすればクリスマスイブだから、もうすぐ会えると思うよ」
「私もサンタさんに会いたい!サンタさんにおっきなクマさんのぬいぐるみをお願いするの!」
夏美ちゃんは大きな声で言いました。ニコ君は途中まで黙っていましたが
「分かった。伝えとくよ」
夏美ちゃんに向かってそう言いました。
「サンタさんに会ったら伝えてくれるんだね。ありがとう」
冬彦さんはお礼を言いましたが、ニコ君の顔はまた曇りはじめました。
「おかしいな。イブの前に一回日本に来るはずなのに・・・」
「誰から聞いたの?」
「いや、おじいさんに」
ニコ君の国ではそう言われているのかな?と冬彦さんは考えましたが、冬彦さんが黙って考えていると、ニコ君はまた急に立ち上がってどこかへ行ってしまいました。
「じゃあねニコ君!サンタさんにお願いね!」
夏美ちゃんは立ち去っていくニコ君に大きな声で言いました。冬彦さんも慌てて手を振りました。
そしてクリスマスイブ当日。冬彦さんは仕事でしたが、交番の休憩室には大きなプレゼントの箱が置いてありました。夏美ちゃんから「おっきなクマさんのぬいぐるみが欲しい!」と言われていたので、買っておいたのです。
しかし勤務が終わる午後7時ごろ、近くの交差点で大きな事故が発生してしまいました。冬彦さんは夏美ちゃんが待つ家に帰りたかったのですが、大きな事故で人手も足りないので、現場に行かなければなりませんでした。
事故の処理が終わったのは午後11時を過ぎたあたりでした。冬彦さんはすぐに帰ろうと思いましたが、今度は近くのホテルで事件が起こりました。冬彦さんはまたもその事件の現場に向かわなければなりませんでした。
結局、全部の処理が終わって家に帰った時はすでに朝の5時になっていました。一回も寝ずに徹夜で勤務していたので、冬彦さんはサンタさんの気持ちが少し分かったと思いました。そして、夏美ちゃんにどう言い訳をしようと考えていました。
冬彦さんは自分の家に戻り、おそるおそる夏美ちゃんの部屋に向かいました。すると、ドアを開けた瞬間、夏美ちゃんは満面の笑みで
「あ、パパ!サンタさんが来てくれたよ!」
手に大きなクマのぬいぐるみを持って、そう言いました。
「え、あ、何で!?」
冬彦さんはびっくりしました。なぜなら大きなクマさんのぬいぐるみは今自分が持っているからです。
「あ、パパもクマさんのぬいぐるみお願いしたの?」
「ああ、いや、まあ・・・」
「昨日の夜ね、サンタさんとニコ君が来てくれたの!」
「え、ニコ君が!?」
冬彦さんはパニックになりました。サンタさんが来ただけでもびっくりなのに、何でニコ君までいたんだろうと思いました。
「ニコ君がサンタさんのおじいさんに伝えといてくれたんだって!それで私にプレゼントくれて、そのままサンタさんとソリに乗ってどっか行っちゃったの!」
冬彦さんは何も言えずに立っていました。そして、「サンタのおじいさん」と言っていたニコ君の姿を思い出しました。
(そうか、ニコ君にとってサンタさんは本当に「おじいさん」なのか)
冬彦さんは大きなプレゼントの箱を持ちながら、サンタさんとニコ君が来たであろう窓の方に目を向けました。冬の朝陽が、綺麗に夏美ちゃんと大きなクマのぬいぐるみを照らしていました。