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07

「まさか今日に限って休みなんてね」


 確かに、そんな偶然はいらない。

 だからいつまでもお店の前にいてもしょうがないからと結局商業施設に移動することになった。

 大抵の必要なものはここにあるから便利な場所だ。


「あ、大剛と加代だ」

「行かないようにしよ」


 どんな偶然だという話である。

 このたくさんの人がいる場所で発見する確率は限りなく低いのに。


「加代ちゃんはなにが好きなの?」

「加代は時計とか好きだよ」


 時計かあ、見ているだけで楽しいから探し甲斐があるかも。

 でも、やっぱり誰かに聞いて用意するのは違うと思ったので、これだ! というのを探すことに。


「お、このヘアピンにしようかな」


 ショートカットだけどこういうのがあったらより可愛くなると思う。

 あまり派手すぎる色というわけでもないし、使ってもらえたらいいなと考えつつ会計を済ました。


「あ、あれ?」


 気づいたら和くんがいない。

 戻ってみてもどこにも彼はいなかった。


「あんたなにやってんの?」

「阿坂さん! と、彼氏さん」


 やはりインパクトがすごい。

 見方によっては年の離れたお兄さんといるみたいに見える。


「あ、和くん見なかった?」

「樋高? 知らないよ」

「そっか……」


 まあ、トラブルに巻き込まれているとかでなければいい。

 どうせ13時になったら家に帰るということになっているから会えるだろう。

 

「連絡してみたらどうかな? そのために交換ぐらいしているでしょ?」

「あ、そういえばそうでした、ありがとうございます!」


 彼氏さんが「すぐ会えるよ」と言ってくれて嬉しかった。

 ふたりとは別れて、比較的静かな場所に移動する。


「あ、もしもし和くん?」

「やっほー、私だよ私」

「あ、加代ちゃん!」


 いやちょっと待てぇい!

 なんで和くんに連絡したのに加代ちゃんが出るんだぁい!

 もしかして発見したあの後、ふたりを追ったってことかな?

 せっかくふたりきりにさせてあげたのに無駄にしてしまったというか、やはり意地悪な子だ。


「100円ストアの前にいるから来て」

「うん、分かった」


 となると、現在地からかなり遠い場所だな。

 人にぶつからないように気をつけながらも急いで歩く。


「止まりなさいっ」

「ひゃっ」


 加代ちゃんはこちらを睨みながら続きを言う。


「この子を返してほしければそれを渡すのよ」

「あ、どうぞ」

「ありがとー」


 あっさりと和くんを返してくれた。

 だけどなんだろう、凄く疲れているような表情を浮かべている。

 大熊くんを見てみたら「すまん……」と謝られてしまった。

 なるほど、誕生日前でテンションが限りなく高いということなんだろうな。


「おぉ、ヘアピンかぁ」

「うんっ、似合うと思ったんだ!」

「えっと、これをこうして……」

「貸せ、俺がつけてやるから」

「うん」


 自然といちゃいちゃを見せてくれてるよ?

 なんだろう、このふたりだと普通の彼氏彼女に見えるのは。

 阿坂さんの彼氏さんだって髭が生えているとかそういうことではないのにな。


「どーお?」

「似合ってる、可愛い!」

「それはちづ子のセンスがいいからだよ、ありがとっ」


 さて、このぼろぼろの和くんをどうしたものか。


「とりあえず、ご飯でも食べに行こうか」

「だな、そいつも休憩したいだろうし」


 ああ、邪魔してしまった。

 自分でふたりきりで行ってきたらどう的なことを言っておきながらこれってと頭を抱える。


「和食屋さんでいい?」

「私は大丈夫だよ」

「俺はステーキとかガッツリしたものが食いたいけどな」

「ならそれでもいいよ、ふたりがいいならだけど」

「私はいいよ」


 友達と一緒に飲食店で食べる、たったそれだけのことだけどそれだけでいい。

 それだけで私は楽しめる、昔からずっと和くんとしかしてこられなかったことだから。


「疲れた……」

「こっちに体重預けていいよ」

「じゃあさせてもらおうかな……」


 私がいない間になにがあったんだろうか。


「おい志内、一緒に来たなら勝手に移動したりするなよ」

「あ……やっぱり私が悪い?」

「当たり前だ、こいつはずっと探し回っていたんだからな」


 そのうえで加代ちゃんのハイテンションについていけず、ということだったらしい。

 それは本当に申し訳ないことをした、後でちゃんとお詫びをしなければならない。


「うぅ……」

「え」

「心配だったんだよ……こうして会えて良かったけど」

「ごめん……それと、心配してくれてありがとう」


 加代ちゃんが「選ぼうか」と口にしてくれたことによって硬直が解けた。

 その後は特になにもなかった、食べて、喋って、ゆっくりして。


「それじゃあ私達は行くね」

「うん、お誕生日おめでとう」

「あはは、明日だけどね、じゃあね!」

「志内、今度ははぐれるなよ?」

「うん、気をつけるよ、じゃあねー」


 先程から握られたままの左手。


「どうする?」

「……もう帰ろう、またどこかに行かれたら嫌だから」


 こうしておけば絶対に別行動とはならないものの、了承して帰路に就くことにした。


「はぁ、情けないよね、簡単に男が泣いたりして……」

「いや、私が悪いし……」

「……気づけばお店からいなくなってて……ずっと探してたんだ。ふたりの邪魔をするつもりはなかったんだけど……ちづ子のことを知っているのはあのふたりだけだったからさ」

「ごめん……意地悪したのかと思ってた」

「そんなことしないよ……」


 ただただ私の最低さが露呈しただけじゃん。

 和くんを不安にさせて、意地悪したとか加代ちゃんに振り回されたのかなとかさ。

 

「ちづ子の家に行きたい」

「うん、元々そのつもりだったしね」


 そもそも私の家からふたりで出たんだけど。

 赤く腫れている目元が痛々しい、その状態で笑うものだからより目立つ。

 私が原因でそうなったことなのになにをしてあげればいいのか分からない。

 お詫びもできてない、なにかを買うとかそういうこともできなかった。


「あ、上がって」

「お邪魔します」


 家に帰ってきたからって心が休まることもなく。

 こちらは床に座りながらぼうっとしていた。

 怒ってくれた方が気が楽だ、少なくとも次へは移しやすい。

 けれど謝ったうえでこれ、私が重く捉えすぎということもないだろう。

 確実に和くんが気にしている。


「ごほっ、ごほっ」

「え、大丈夫っ?」

「……実は朝から調子が良くないんだ、だからさっきは涙が出ちゃったんだと思う」


 なんで……それなら言ってくれれば良かったのに。

 仮に私でひとりであったとしても行っていたのに。


「あ、じゃあ部屋に行こうよ、寝ないとさ」

「うん……」


 昨日の布団をそのまま使ってもらう。

 私は飲み物の用意をしたりした、水分摂取は大切だからと。


「ごめんね……一緒にいたのに気づいてあげられなくて」

「違うよ、悪いのは僕だから」


 そう言われる度に自己嫌悪に陥る。

 しかも自分が悪いのに涙が止まらなかった。

 怒ってほしい、でも、早く治してもほしい。

 一緒にいることで私に移せるのならと考えて真横に転んだ。


「和くん、いまから距離を縮めるけど許してね」


 あの時みたいに接触させる。

 彼は「だ、駄目だよ」と言って背を向けたものの、そのまま抱きしめておいた。


「私に移してよ、私のせいなんだから」


 よく考えたらリビングでずっと寝ていた私が悪い。

 そのせいで付き合う羽目になっていまに繋がっている。

 なのになにも責任を取ろうとしないのは違うでしょという話だろう。

 ああ、こんな時でも触れられて嬉しいって考えてしまう自分が醜い。

 しかも勝手にだ、本当は触りたいだけなんだろと指摘されたらどうしようもない。


「ねえ和くん」

「…………」

「うん? あ、寝ちゃってる」


 そっか、探すために無理してくれたんだもんね。

 和くん、私達の関係ってどうなるのっていま聞くべきことじゃなかったけど。

 お互いに告白したようなもので、けれど現状維持のまま一緒にいる。

 でも、今日のでだめかもしれないなら、最後まで触れていたかった。


「早く良くなってね……」


 それよりも元気じゃないことの方が辛いから。

 早く良くなりますようにと願いつつ、私も目を閉じて寝たのだった。




「ん……」


 体を起こしてスマホを見てみたらもう朝の5時だった。

 和くんは横で寝ている、顔色はそこまで悪くなさそうだ。

 水分を摂取してもらわなければならないから起こした。


「はい、お水」

「うん……」


 いや、でもまだ熱っぽい感じがする。

 なのに私は普通に元気で使えないなって嫌な気分になって。

 もちろん、そんなのは表には出さないけど、余計に体調を悪化させるだけだし。


「あれ……なんか背中が濡れている気が……」

「あっ、ごめんそれ涎かも」

「うぇ」


 実際は寝ている間も涙が出ていただけ。

 けどこう言っておけば大抵は「そ、そうなんだ」で済ましてくれるはず。

 で、和くんもそうだった、少しぎこちなかったけどそう言ってくれた。


「お腹空いてない?」

「……ちづ子が作ったお粥が食べたい、昔も作ってくれたでしょ?」

「分かった、待ってて」


 実は消化に良くないとかって聞くけど本人希望だしと作り始めて。

 そうかからない内に部屋へと戻ってきた、ちょっと苦しそうな顔をしているのを見ると苦しくなる。


「はい、あーん」

「うん、あむ……」


 食欲があるならまだマシだろうか。

 まさか全部食べられるとは思わなかったけど。


「汗は?」

「あ、ちょっとかな……」

「拭くよ」

「え、そ、それは無理……恥ずかしいし」

「……そう? じゃあ寝てないと」


 手を握っててほしいということだったので寝転がりつつそうしていた。

 こちらを不安そうな表情で見てくる和くんに大丈夫だよって伝えるべくきゅっと握る。


「……ちづ子のそういうところが好きだ」

「これぐらい普通だよ、自分が原因なんだし」


 たかだかこれぐらいしかできなくてごめんよ。

 もっと甲斐性のある感じを見せてあげられていれば、素直に喜べるんだけど。

 どうすれば私も求めてもらえるんだろう、支えてもらうだけでなく支えられるんだろう。

 いまのままではだめだ、このままを続けるのなら過去となにも変わらない。

 甘えるだけではだめなんだ、進みたいならなおさらそう思う。


「時間を空けなければならないって思ったんだけどさ」

「うん……」


 この切り出し方は別れかな?

 それとも、好き……だとかそういうことかな?


「付き合ってくれないかな? ちづ子のことが好きなんだ」

「……でもさ、私は最低なことを……」

「そんなことないよ、もちろん言ってからにしてほしかったけど最低なんかじゃない。そもそも、そんなこと言ったら僕の方がそうだからね」

「和くんが……いいなら」

「うん。あと、抱きしめてくれてありがとね、あれのおかげですぐ寝られたよ」

「い、いやぁ……あれは単純に私の欲のためだったと言いますか……」


 ずっと手を繋いできたからというのもあっかもしれない。

 触れたかったんだ、温かい存在に。

 和くんが素面だったら多分できてなかった、うん、そう考えても私は最低だ。


「ご飯も美味しいのを作れるし、ちづ子はハイスペックだよね」

「まさかぁ、できないことばっかりだよ」

「ちょっと来て」

「なに?」


 近づいたら抱きしめられて困惑した。


「いいじゃん、僕にとってはハイスペックってことで」

「それって彼氏馬鹿?」

「うん、そうだよ」


 私も同じような感じになるんだろうな。

 いいところばかりしか見えなくて褒めまくってみたいな。


「いまだから言うけどさ、あれ、加代から頼まれたことだったんだ。僕も思ったよ、好きなら告白すればいいのにって。でも、僕と同じで振られるのが怖いって言うからさ」

「それで受け入れたんだ、もう、優しすぎだよ」

「いや、僕も君のことが好きだったのに同じことをしてしまったから」

「それで好きにならなかったらどうしてたの?」

「大剛がその気にならなかったら付き合ったままだったかもね」


 彼は笑って「そもそも向こうは両思いだったんだけど」と呟いた。

 確かにそうだ、本当にもったいないことをしていたと思う。

 けれど乙女としてはしっかり確実なものにしてからでないと不安だったんだろう。

 そこだけはよく分かる、好きになってからはそういう不安とも戦う羽目になったから。

 こちらの場合は彼女持ちの男の子に告白はできないということで最悪だったけどね。


「もうやめてよ?」

「当たり前だよ、そんなことしないよ」

「ならいいや、とりあえず風邪治し――」

「はは、これで少しは君が好きだって伝わったかな?」

「……うん、大丈夫だよ」


 私は和くんのことが好きだ。

 いまだって彼さえいてくれればいいと思っている。

 でも、大熊くん――大剛くんや加代ちゃん、阿坂さんとだってやっぱりいたいかな。

 それなら好かれるように努力をしよう。

 また甘え続けるだけの生活に戻ってはだめだから。

 いつまでもみんなの側にいられたらいいなと考えたのだった。

読んでくれてありがとう。

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