06
「志内、樋高が来たよ」
「あ……ありがとう」
うん、休み時間を全て寝ることに費やしたことによってちょっと気分がマシになった。
教室の扉のところに立っていた和くんと合流――とはならず。
「ちょっとここで時間をつぶそうか」
「うん」
どうやら今日は放課後の教室で話したいらしい。
放課後の教室って告白されたり振られたりってそんなイメージがある。
オレンジ色に染まった教室内で、外から拭いてきた風になびく髪を押さえて。
「小テストは大丈夫だった?」
「あ、それは和くんのおかげで」
「それなら良かった」
私だったら「ごめん……」って言われるところなんだろうな。
それで食べたり叫んだりしてすっきりさせようとするんだと思う。
でもまあそれですっきりするなら苦労しないよねって話で。
「はは、おでこが赤いよ?」
「今日ずっと寝てたんだ」
「あの後、寝られなかったの?」
「だって私は勘違いして馬鹿なことしちゃったから」
本人は離れたがっていたのに。
や、離れてほしくないと思ったのは確かだ。
私は加代ちゃんと付き合い始めてから好きだと自覚した。
いま私が気になるのは、それが手に入らないものだからなのかどうかということ。
仮にあの後も1年間の空白を作らずに一緒にいても好きになっていたのかなということ。
考えても仕方がないことは分かっている、だって私は好きだという気持ちしか分からないから。
「さあ、今朝の話の続きをしようよ」
というか、終わりならもうそうしてほしい。
告白と同じだ、受け入れるか受け入れないかの、たったの二択。
「和くん、これまでみたいに我慢しなくていいんだよ」
「ちづ子」
このまま言い続けていたら今朝みたいなことになる。
決定的に違う点は、途中で解散にとはならないことだ。
「じゃあ、我慢しないでちづ子といるよ」
「え……だって、離れたかったって……」
「そ、そのことは忘れてよ、いま僕は君とこうしているし、一緒にいたいって思ってるんだから」
だからって素直に喜べるわけではないけれど。
「和ー」
「あ、加代」
珍しくひとりのようだ。
そういえば今朝はスルーしていたけどふたりで一緒にいた。
もしかしてふたりも幼馴染だったりするのかな?
「あははっ、ちづ子はまだそんな顔してるんだ」
「そりゃそうだよ……ふたりがおかしいだけだもん」
「えぇ、おかしいって言わないでよー」
やっぱり笑顔だ、しかも気持ちがいいぐらいの。
このタイミングで浮かべられるものではない、私の中の恋人同士のイメージが凝り固まっているのか?
「大剛は?」
「今日はもう帰ったよ。なんかね、私になにを贈るのかすごい悩んでいるんだって」
告白がプレゼント、とは言えないか。
それを贈りつつというのがまだ一応自然な形になると思う。
「僕はなにをあげようかな」
「うーん、和はお金をちょうだい」
「現金だねぇ」
流石にあれであげられたということにはならない。
私も土曜日に一緒に行った際になにか選んでこないと。
「ちづ子、そんな顔しないの」
「元はと言えば加代ちゃんのせいでもあるんだから……」
「解放したからさー」
「もう、だったら早く大熊くんのやつを受け入れてあげなよ」
「うん、そうだね、それじゃあね!」
どうせすっきりしないからごちゃごちゃ考えるのはやめよう。
側にいてくれていることを感謝して生きよう。
で、もし離れたいということなら笑って送りたいと思う。
でも、そうならないように頑張るけどね。
「土曜日、大熊くんとお買い物に行ってくるね」
「え?」
「加代ちゃんのプレゼントを選ぶんだって」
ずっと一緒にいる大熊くんなら好みも分かるだろうしありがたかった。
「いや、そうじゃなくて……僕、誘われてないんだけど」
「うーん、ふふ、やっぱり敵視してるんじゃない?」
「ちょ……」
そりゃ好きな子を取られていたんだから嫌に決まっている。
おまけに偽物の関係だったと分かったのならなおさらのことだろう。
それぐらいのことをしてしまったのだ、大熊くんからしたらおちょくられたように見えたかもね。
「嫌なんだけど」
「それは大熊くんに言ってくれないと」
「そうじゃなくて、加代のことが好きだと分かっていても大剛とふたりきりにさせるのがだよ」
「ん? んー、それはつまり……え?」
実は大熊くんが狙いだった!?
……なんて、ありがちな反応をしている場合じゃない。
これは私が違う男の子とふたりきりになるのを嫌がっている反応だ。
だったら昔の時にこういうことを言ってくれていたら良かったのに。
「僕も行くよ、例え大剛に嫌われても」
「あ、じゃあ今日行く? それならふたりきりでしょ?」
「え、でも土曜日は?」
「それはそれで付き合うよ、約束だもん」
「それじゃ意味ないじゃん、いいよ、土曜日に僕も行くから」
それならもう4人で行った方がいい気がする。
そうすればより仲良くできるし、大熊くんといられれば加代ちゃんだって喜ぶ。
そうだ、つまり大熊くんとの時間を増やせばいいんだ。
それがプレゼントとも言えるのではないだろうか、少なくとも価値がある。
「ふふふ、いいこと思いついちゃったっ」
「え?」
「ちょっといまから加代ちゃん追うね! 和くんは先に私の家に行ってて!」
どうせ誕生日のプレゼント選びをすることは分かっているのだから。
サプライズ性は全然ないけど、彼女にとっての望みはきっと大熊くんといることだから。
「加代ちゃん!」
「えっ、そんなに汗だくでどうしたの?」
よく追いつけたなと思う。
いや、これはあれだな、加代ちゃんが遅すぎただけか。
「土曜日、ふたりきりでお出かけしなよ」
「えぇ、私のためのプレゼント選びに行ってくれるんじゃないの?」
「いやいや、好きな人が他の女といたら嫌でしょ?」
和くんの側に女の子がいたら気になる。
それどころか付き合い始めたと聞いた時は驚きすぎて尻もちをついたぐらいだ。
あの時の私を録画していたら面白かっただろうな、ベタなリアクションとして。
「む……」
「でしょうっ?」
「む、なんか調子に乗ってるね、そんなに和とふたりきりになりたいのかな?」
「う……そりゃあ……うん」
「あははっ、隠してもバレバレだからねー」
今日からまた始めるんだ。
ポジティブに生きるんだ、たったそれだけで日々の生活も楽しくなるはずだから。
マイナスに考えたって嫌な気分になるだけだ、自分でそれをするって馬鹿みたいでしょ?
空白の1年間をいまから埋めていくんだ、ちょっとずつちょっとずつ、端の方から丁寧に。
「ごめんね、別れてほしいなんて願っちゃって」
「またそれ? もういいよ」
「でも、もう渡したくない、私は和くんのことが大好きだから」
「それなら大剛のことも取らないでね、好きなんだから」
「「あははっ」」
差し出してくれた手を握ってから別れた。
さあ、いますぐにでも和くんに会いに行かないと――と動き出したところに、
「やあ」
「もう、盗み聞きなんてだめだよ」
脇道から彼が出てきて苦笑い。
「大熊くんには後で連絡しておくからさ、ふたりで行こっか」
「うん」
ふたりだけでのお出かけもかなり久しぶりなことだった。
たまには飲食店なんかでご飯を食べたいな、なんかそういうのが含まれていた方が楽しそうだし。
「どこ行くつもりだったの?」
「あ、それは聞いてなかったな、どこ行くつもりだったんだろう?」
「多分大剛は商業施設に行くつもりだろうから遭遇してもあれだよね、うん、じゃあ雑貨屋さんにでも行こうか、距離も遠くないからいいでしょ?」
雑貨屋さんか。
特に用がなくても楽しめる場所だからいいなと思った。
食事まで含めてしまえばそれは立派なデートまで昇華する。
残念なのはちょっと近いことかな、あっという間に解散じゃ少し寂しい。
どんな理由であれ和くんを独占できるからだ、貴重なチャンスを大切にしたかった。
「別に遠くてもいいけどね、こんなことってあんまりないからさ」
「大丈夫だよ、これからいっぱいすればいいでしょ?」
「もう……」
もう本当にね、そういうこと言えちゃうのなら偽の恋人なんて作らないでほしかったよね。
2年生になってからわざと高頻度で来るようになっちゃってさ、意地悪な人だよもう。
「いやでもさ、まさかちづ子が1年間も来なくなるなんて思わなくて」
「色々あるんだよ……」
あれ、離れようとしたのは私では?
馬鹿だな私は、本当に無意味なことをしたと思う。
それで久しぶりだ久しぶりだと発言しているのは馬鹿としか……。
「ねえちづ子、あのことなんだけどさ」
「あのこと?」
「僕のことを好きだと言ってくれたやつ」
「だからそれに触れたら友達ってやめるって――」
「友達、やめたいんだ」
なんでこのタイミングぅ……?
せめてお出かけした後でいいじゃんかよう。
「すぐじゃなくていいから考えてみてくれないかな」
「ど、どういうこと……?」
「帰ろう、ちづ子はまずちゃんと寝ないと」
そういえば今日は徹夜明けだったんだっけと思い出す。
そう考えたら一気に眠気が襲ってきた。
友達をやめたい、すぐじゃなくてもいいから考えてほしい、え、それってつまり……。
「か、和くん」
「なに?」
「あ……む、昔みたいにおんぶして」
「いいよ、はい、乗って」
なぜ私は眼鏡をかけないだけではなく、眼鏡を置いてきてしまったんだろう。
いつでもこれが最後かもしれないってぐらいの感じで生きていないとだめなのに。
「僕、眼鏡をかけてる方が好きだよ」
「え、でも加代ちゃんは地味だって……」
「そんなことない。いや、加代の言いたいことも分かるんだよ、けどね……単純に見られたくないんだ」
大丈夫、お化粧をしてもあの地味さだから。
変に飾ろうとすると逆効果だということが分かった。
私は地味女、でもそれでいい、普通でいい。
「……なんでそれをもっと前に言ってくれなかったの?」
「だって君は昔から好きだったわけじゃあないでしょ?」
彼は少ししてから「振られるのは怖いから」と呟いた。
そりゃ誰だってそうか、仮に好きだと自覚していても私は言えなさそうだし。
「でも、たまには髪を下ろしてもいいかもね」
「あ、なら土曜日はそれで」
「え、いやあそれは……」
「ははっ、和くんって独占欲強いよね」
大丈夫、ただ髪を下ろしたところでなんにも影響力がないから。
「着いたよ、鍵開けて」
「あ、じゃあ下ろして」
「やだー」
「それならはい、これで開けて」
流石にリビングまで到達したら下ろしてくれた。
お礼を言ってソファに寝転ぶ。
「あれ……」
「いいよ、ゆっくり寝てくれれば」
「うん……」
これならあっという間に寝られそうだった。
「はは、本当に眠たかったんだなあ」
大変可愛らしい――ことはない寝顔だ。
昔からそうだった、寝ている時の彼女は凄くなる。
「あれ、和くん?」
「あ、お邪魔しています」
うーん、ちづ子のお母さんはずっと変わらない見た目だ。
若すぎるということはないが、若々しいことには変わらない。
「ああ……またこんな顔で寝て」
「徹夜明けですからね、しょうがないですよ」
「徹夜?」
流石に深夜に会ったと説明するのは不味いかな?
いやでも今後のために正直に説明しておいた。
「お勉強を教えてくれたんだ、ありがとね」
「あの……怒らないんですか?」
「なんで? 私は和くんのこと信用しているから大丈夫だよ!」
うぐっ、ちづ子のことが好きなのに他の子と偽でも付き合っていたなんて説明したら殺されそう。
きっかけは加代であっても同意したのは自分だ、責任転嫁することはできない。
「うーん、まあ責任を感じてるならさ」
え、まだなにも言ってないのに話しだした!?
「ちづ子の想いを受け入れてあげてくれないかな?」
「そ、それって……」
「うん、どうせもう本人から聞いているでしょ?」
触れないでという約束つきで発せられた言葉というか話。
触れたら友達をやめるとも言った、今回触れてしまったことになるけど。
「ま、母から言えるのはこれぐらいかな。でも、ちゃんと考えてあげてね、無理なら断ればいいから」
「わ、分かりました、よく考えてみます」
加代も大切な友達だったから協力した形になる。
が、親密さを見せておくだけで良かったのではないかといまさら後悔していた。
というか、離れようとせずに振り向かせる努力をすれば良かったのだ。
振られるのが怖いということならなおさらのこと、なにをしていたんだろうか自分は。
そのせいで前の自分だけ助けて、先の自分を行動しづらくさせたことになる。
「ゆっくりしてってね」
「はい、ありがとうございます」
ソファの前に座って見ておくことにした。
ものんすごい寝顔のちづ子、気になって頬を突いたらぷにぷにで面白かった。
だがこれは絵面がやばいと思ってすぐにやめる、寝顔をじろじろ見るのも駄目だろう。
「かず……くん」
これはしょうがないと言い訳をして確認。
「やっぱり寝言だったか」
どんな夢を見ているんだろう。
僕が登場したということは……少なくとも悪いとは考えたくないな。
「和くん!」
「えっ!?」
「あ、あはは……いま和くんが大きい怪物さんに投げられちゃって」
生き残ってくれ夢の中の僕!
冗談はともかくとして、彼女に「おはよう」と言っておいた。
「ちょっと寝られてすっきりしたよ、横に座って」
「うん、お邪魔します」
なんだか側にいるのが申し訳ないけど離れたくない。
自分の感情を優先してもいいよね? 離れたら自惚れでもなく悲しませてしまうんだから。
僕達はもう告白した者同士だ、なのにわざわざああいう言い方をしたのは時間がほしかったから。
流石に別れてすぐ付き合うというのはできない、それは彼女に失礼だからだ。
「気にしているの? 付き合うフリをしていたこと」
「うん……ごめん、あんまり好きになってもらえるような資格がないんだ」
「そんなこと言ったら私もそうだよ、だって和くんに甘えてばっかりだったもん」
好きになったのは無自覚でも僕を求めてくれたからだよ。
それで必ずいい笑顔と一緒にお礼を言ってくれて、そういう普通のことで良かったんだ。
こちらが元気がなかったりすると寄り添ってくれたし、大丈夫だよって無根拠だったけど言ってくれた。
でも、好きだからというのもあったものの、本当に大丈夫だという気分になれたんだ。
そのパワーで乗り越えられたことがたくさんある、この様子を見るに無自覚だったんだろうけどね。
「それでも私は和くんのことが好きだよ」
「でもそれってさ、僕が付き合いはじめてからなんだよね? 本当にそうなのかな?」
ちょっと意地悪だったけど聞いてみた。
ここではっきり言ってくれたら自信を持って行動できると思うのだ。
「私も確かに最初はそう思ったよ、でも、いまの私は確実にあなたのことが好きだから。その証拠に、もうふたりが別れていてもこうしてぶつけているでしょ?」
「それはほら、可能性ができたからじゃない?」
「いいのっ、私は和くんのことが好きなの! それ以上でもそれ以下でもないないのっ」
「ははっ、ごめんごめん」
彼女はいつだって僕に力をくれる。
だったらこちらもなにか力を与えられたらいいなと考えたのだった。
「ん……あれ? また寝ちゃってた?」
もう真っ暗だった。
自分がまだリビングにいることを知る。
この背中に触れている柔らかい感触はソファの上にいるからだろう。
「あ、和くんだ」
ソファの端っこに突っ伏すようにして寝ている。
ちょ、ちょっと待って、この位置だと私の胸の近くだったということで。
「いやまあないからいいか」
とりあえず起こしたらなんか可愛らしい顔をしていてほのぼのとした気持ちになった。
「今日はどうするの?」
「……ちづちゃんと寝たい」
「え、えー! 流石にこの歳で一緒に寝るのはぁ……」
まだ付き合ってもいないんだし。
おまけに母との会話を聞いていたから恥ずかしいのだ。
このソファで寝てもらおうとした結果が、
「なんでこうなった……?」
なぜか私の上に寝転がる和くん。
いやあのね、普通逆じゃない?
というかさっきのね、昔の呼び方だから寝ぼけているよねという話。
「これは抱き枕、やましいことはなにもない、よぉし!」
それならとぎゅーって抱きしめておいた。
うーん、和くんは男の子なのに細すぎるから今度からもっと食べてもらおうと決める。
「あー……ちづ子、いまから下りるね」
「え、あ、はい」
あっという間に終わりを迎えた。
和くんが下りてくれたので私も立ち上がる。
「どうする? 今日は泊まる?」
「時間は……ああ、もう24時越えてるんだ、そうだね、そうさせてもらおうかな」
順番にお風呂に入ってから部屋へ。
「あ……さっきのは寝言だから!」
「ん? ああ、大丈夫だよ、敷布団敷くからね」
なぜか2組もあるから敷いて床で寝ることにする。
なんだか旅館に来たみたいだ、こんな機会はなかなかないから非常に楽しい。
「ね、なんだか懐かしいよね」
「……昔はベッドでふたりで寝てたけど」
「お風呂とかも一緒に入ってたもんねー」
裸を見せ合ったのだとしても付き合うまでいくか分からないって不思議だ。
その点、こちらはまだマシというところなのかな?
流石にほいほいと晒せるわけないし、まあ求める人も限りなくいないんだけど。
「ね、加代ちゃんのことが好きとかって――」
「ないよ、加代はずっと大剛が好きだったしね」
「そっか」
そう考えるとあそこまで衝突していた理由が分からないものの、和くんを取られなくて良かったとだけ考えておこうと決めたのだった。