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03

 夏休み前にどうしてもしたいことがあった。

 でも、阿坂さんに友達になってくれと頼んでも聞いてもらえず。

 だからひとり虚しく期末テストを乗り越え、あっという間に終業式になり。

 そして、


「あれ? もう夏休み終わりじゃん……」


 あともうちょっとで終わるというところまできていた。


「ちづ子、ちょっと出てきてくれる?」

「あ、うん、分かった」


 夏祭りに行ったり、課題をやったり、寝たり、歩いたり、ゲームで遊んだり。

 小学生みたいな夏休みだったと思う、けど、こういう平和な生活を望んでいたのだからいい。


「はー……い」

「よう」


 あの後、あっさりとふたりは従ってくれた。

 教室に来ることはなくなり、逆に大熊くんが向こうへ行くようになった。

 近くで盛り上がっていなければ意外と気にならなくて、楽しい夏休みを過ごせたわけだ。


「な、殴らないでください」

「は? 殴らねえよ」


 もう、大熊くんって本当に大きいんだから。

 扉を開けてすぐの場所に大男がいたら誰だって怖くなる。


「どうしたんですか? お金とか求められてもありませんよ?」

「俺のイメージ……ま、そうだよな――いや、冗談はいいとしてだな、来てくれないか? 加代もいるからさ」

「えっと、ふたりでボコボコに?」

「だから違う、ほら行くぞ」

「ちょっ、これ部屋着ですから!」

「あ? 別にいいだろそんなの、はい、誘拐ー」


 いや、それは洒落にならないって。

 私が暴れたりしたら確実に通報される。

 そういう絵面だ、というかあの約束はもうタイムオーバーなのだろうか。


「あ、やっと来た」

「こいつがごねるもんだからさ」

「こんにちはっ、なんか凄く久しぶりだね」

「こ、こんにちは」


 森瀬さんの隣には樋高くんもいた。

 そりゃそうだ、この3人は3人で1セットなんだから。

 なのに私が加わったらおかしくなる。

 全力で逃げたいけど、そんなことをしても無駄だから諦めた。


「8月最後の祭りだから行こうぜ」

「え、それなら先に言ってくれれば……私、お金持ってきてないですし」

「そこは全部大剛が出すという話だよ」

「か、勝手なこと言うな、だったら取りに行けばいいだろ? すぐそこなんだから」


 確かに、だってここ樋高くんの家の前だしね。


「お祭りはですね、ひとりでも別に楽しめるんですよ?」

「だから? じゃあ4人で行ったら楽しめないのか?」

「そ、そんなことは言ってないですよ……」

「だったらほら、早く金を持ってこい」


 誘拐したの大熊くんなのに。

 ああ恥ずかしい、この服、もう何年も着ているやつだし。

 酷いよなあ、こちらは大熊くんのことを考えて発言したりもしたのにさ。

 こっちのことなんかなにも考えてくれてない、樋高くんがいる時点でそれが証明されている。

 だったらこのまま家にこもって出ないということも……。


「あ、引きこもったりしても必ず外に引っ張り出すからな」

「はい……」


 いいや、空気を悪くしない程度に合わせておけばいいだろう。

 話しかけないって約束があるから樋高くんだってこちらになんて興味を示さない。


「2000円ぐらいでいいかな」


 あまり多く入れても落とした時とかに怖いしこれぐらいで。

 外に出たらハイテンションな大熊くん&森瀬さんコンビに付いていくことにした。

 夏休み最後でも、いや、夏休み最後だからかな? 子どもがたくさんいた。

 それを見た瞬間にうへぇという気持ちになってしまうのは私の弱さだ。

 大丈夫、こういう時も食べてしまえば複雑な気持ちなどどこかにいくから。


「あれっ?」


 気づけばあのハイテンションコンビがいないっ。

 私の後ろには樋高くんが残ったままっ、ハメられたなこれはぁ!


「焼きそばふたつお願いします」


 お互いに無言でも食べれば楽しく過ごせるだろう。

 お金を渡して対価を受け取る、私は袋から取り出して彼に渡した。


「食べてください」


 こちらへ返そうとする彼に押し付けて、近くの空いていたベンチに座って食べることに。

 ああ、こうして座って人の群れを観察していると落ち着くから不思議だ。

 暗い顔で突っ立ったままの彼が側にいるのがあれだけど、手を引っ張って座らせる。

 ズゾゾと遠慮なしに啜っていたら美味しくてほっとした。

 でも、これふたつで1000円は高い……毎回気になるのに買ってしまうのが怖い。


「……いただきます」


 1ヶ月ぶりに聞いた彼の声。

 これだけ賑やかで、悪い言い方をすれば騒がしいのにはっきり聞こえた。

 この1ヶ月間、ずっと考えてきた。

 なんで甘えるばかりで努力しなかったんだろうって。

 ちょっとダークモードに入って、森瀬さんと別れてほしいとか……考えてしまったこともある。

 悔しい、というか、自分が最低なことに気づいて最悪だった。

 で、なんでかこうして一緒にいる、お互い無言、焼きそばにしか意識を向けず。


「お前らここにいたのか」

「わざとしましたよね? ねえ、違いますか?」

「悪い……そういう計画だったんだ、加代と考えてな」

「余計なことしないでください、私がどれだけ頑張ってあんなことを言ったと思ってるんですか」


 その加代さん――森瀬さんは焼きそばのパックを6つも購入していた。

 私がひとつ500円で高い! となっている時にこれだ、経済力の差を見せつけてくれるっ。


「つまりそれは無理しているってことだろ」

「当たり前じゃないですか、あなたも私の気持ちが分かると思いますけど」

「は? なんの話だ?」

「あっ……いえ、すみません、なんか祭りの雰囲気に流されて変なことを言ってしまいました」


 危ない……横には樋高くんだっているんだから、しかも正面にはにこにこ森瀬さん。


「志内、お前もっと寄れ。で、加代はそこに座って食べろ」

「はーい!」

「え、ちょ……っと」


 か、肩がっ、接触しているんですが!

 食べ終わったのをいいことに慌てて立ち上がった。


「これ捨ててきます!」

「元気だなお前は」


 空元気だよ! まったく、優しいところもあるとか考えた私が馬鹿だった。


「はぁ……」

「おいおい、辛気臭い顔しやがって」

「誰のせいだと思っているんですか?」


 良くも悪くも大雑把だ。

 もう少し後のことを考えて行動した方がいい。


「お前どうせ夏休み中そんなんだったんだろ? だから誘ってやったんだよ」

「嘘つき、森瀬さんがいればいいだけですよね?」

「そうとも言うがな」


 これ、捨てる気とか絶対にないな。

 敢えて全力でぶつかろうとするスタイルは真似できないからすごいと思う。


「志内さん、話しかけないでほしいって約束、もうやめにしようよ」


 これは自衛のためなんだ。

 それにそもそも、もう話したいとか考えていないと思うし。


「おい和、お前はどう思っているんだよ?」

「……僕は自分の意思でこうしているわけじゃないから」

「つまりそれは、志内が許可したら話したいってことか?」

「当たり前だよ」


 ああもう、先程と違って真剣な顔で言われたらさあ!

 ……ふたりきりなら良かったのにって思っちゃうじゃん。

 こちらが好きなことなんて全く知らないんだろうな。

 無自覚に優しくしちゃってさ、多分森瀬さんも大熊くんに似たようなことしたんだろうな。

 残酷だ、こちらには微塵も可能性がないのに。


「とりあえずこの話はお祭りが終わってからにしましょう」


 それでも楽しいまま夏休みを終えたい。

 なら我慢すればいいだろう、少なくとも今日ぐらいはね。


「和、加代を借りてもいいか?」

「そもそもいままで借りてたでしょ、加代がいいならいいよ」

「それなら行こうぜ加代、食いたいものがあるんだ」

「もー、しょうがないなあ」


 ああ! そうやってふたりきりになろうとして!

 こっちはあの約束があるから気まずいんだぞ!


「う゛……」


 正面を見たら樋高くんと目が合ってしまった。

 しまった、こうなったら目を逸らすことができ、


「いたっ!?」

「そんなとこで突っ立ってんじゃねえ」

「す、すみませんっ」


 ないどころか、前に近づいた。

 わーお、なんかあの時のことを思い出す。

 大熊くんにぶつかってしまって尻もちをついた時みたいな感じ。


「大丈夫?」

「はい……」

「ほら、座って」


 これは私の理想だった。

 森瀬さんの幸せを考えなければ、だけれど。

 私は最低だ、優しくしてもらえる価値はない。


「無理していたんだ」

「へ? ああ……そりゃ、そうですよ」

「なんかそう言わなければならない理由でもあったの?」

「言えません、これもあなたと森瀬さんのためになりませんから」


 振られることが決まっているに言えるわけがない。


「ねえちづ子、敬語やめてくれないかな?」

「……それなら今日限定で」

「いや、9月から普通に教室に行くけど」

「え……」

「あ、勘違いしないでね? 別に浮気がしたいとかそういうのじゃないよ。そもそも加代だって大剛と似たようなことしているしさ」


 だからって自分も似たようなことをしていいというわけではないと思うけど。


「えと、樋高くん」

「それも戻してよ」

「えーっと、か、和くん」


 分かっている、ふたりがいなくなっちゃったから相手をしてくれているということが。

 分かっているのに、なんかドキドキとしてしまう、今日がお祭りというのも大きかった。


「なにか食べたいものってない? さっき焼きそばを買ってもらえたからお礼がしたいんだけど」

「……一緒にいて」

「え」


 しまったっ、ついつい本音が。

 深呼吸をしてから「ここにいようよ、ふたりも分かりやすいだろうし」と足しておいた。


「この1ヶ月、どう過ごしてたの?」

「基本的には起きて食べて寝るの毎日でした、それ以外はお祭りに行ったりしましたよ」

「はは、また敬語に戻ってるよ」

「あ……それ以外は課題をしたり歩いたりかな」

「僕は大剛や加代とほぼ毎日一緒にいたよ」


 そりゃそうでしょうねえ。

 寧ろこの3人が一緒にいなかったら調子が狂っちゃうよ。


「和くんは意地悪だよね、そうやってちくりと刺すんだもん」

「そういうつもりはなかったんだけど……ごめん」

「いいよ、謝らなくて、余計に惨めな気持ちになるし」


 なのにあっさりと手放してしまった。

 ここは意地でも「加代といたい」と言ってほしかったけど。

 そういうところを簡単に見破ってほしかった。

 それで、「ちづ子のことは受け入れられない」と言ってくれれば……。


「――づ子、ちづ子?」

「は、はい、なんですか?」

「いや、君と同じクラスの子が」


 前を見てみたら阿坂さんが立っていた。


「こんばんは」

「うん、まさか樋高とふたりきりとは思わなかったけど」

「阿坂さんは彼氏さんと来たんですか?」

「いや、これから向こうの方で集合することになっているんだよ」


 いいねえ、私が知っている中で1番上手くやっている。

 なかなかできることではないから仲良くしてほしいと思った。


「話しかけてくれたということは友達になってくれるんですよね!?」

「ま、友達になるぐらいはいいよ。でもね、彼女持ちの男を狙うのはやめた方がいいよ、じゃあね」


 そんなそんな、狙っているわけがないよ。

 うん、お祭りに来てよかった、そのおかげで阿坂さんと友達になれたわけだし。


「狙っているって、そんなことはないよね?」

「当たり前ですよ、大熊くんのことは止めておきながら自分だけそう動いたら矛盾していますし」

「ん? なんかその言い方……」

「ないですよ、森瀬さんと仲良くしてくださいね」

「だから……敬語はやめてって」


 昔みたいに戻しても距離感は遠いまま。

 そういう風に考えているから自然とすぐに戻ってしまう。

 おかしいよなあ、昔はずっと普通に話せていたのに。

 なのにいまは敬語が当たり前になってしまっている、理由は私と彼。


「和くん、してもらいたいことがあるんだけど」

「うん?」

「あー、和くんを前にすると言いたいことが分からなくなっちゃうんだよね――というか、言いたいことを言えなくなっちゃうが正しいかもしれないね」

「真似しないでよ」


 仕返しだ、これぐらいの権利は私にもあっていい。

 大体、9月からも来るということは私を苦しめるということだ。

 あのいつもの柔らか笑顔が私の胸を強く叩く、何回ぐらい耐えられるか分からない。

 ならこれぐらい可愛くていいだろう、一緒にいればいるほど強くなるんだからさ。


「お待たせー」

「あ、おかえりー」

「うそ!? 志内さんが敬語じゃないっ」

「あ……まあいいでしょ?」


 どうせ和くんが来るならセットだし。

 おまけにしっかり見守るためにも仲良くなっておく必要がある。

 

「いいよ! ということで私もちづ子って呼ぶから!」

「それなら私も加代ちゃんって呼ぶね――で、大熊くんはどうしたの?」

「ああ、大剛なら向こうで泣いてるよ、金がないーって」


 え、可哀相……つまりいま彼女が腕にかけてある袋の中身は全て買ってもらったものか。

 ああ、なんだか外見もボロボロな大熊くんがやって来た。


「志内……そいつと仲良くなる時は気をつけろ」

「ちづ子にはするわけないじゃん」

「俺ならいいのかよ……」

「当たり前じゃん」

「当たり前なのかよ……」


 このふたり、なんかちょっと怪しくない?

 和くんもなんでなにも言わないんだろう、「加代がいいならいいよ」じゃないよ。

 何気にお弁当だって作ってもらっているぐらい、怪しい、絶対におかしい。


「はい加代ちゃん、代わりにここに座ってねっ」

「ありがとー、私も食べたかったからありがたいよ」

「さっきまで食ってただろ……」

「あ、ちづ子、これあげるよ」

「ありがとう」


 くれたのはイカ焼きだった。

 一応大熊くんに聞いたらくれるということだったので食べさせてもらう。


「美味しい」

「ねー!」

「私、今日来て良かった」


 阿坂さんが友達になってくれてなかったら多分こう思えてなかったけど。

 が、後にどうなるのであれ加代ちゃんの笑顔を見ていると元気になる。

 ……いつか謝らないといけないな、その時は頑張ろう。


「みんなで一緒に行った方が楽しいに決まってるよ」

「だねっ」


 来年もこういう風に楽しくできればいいなと思った。

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