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01

会話のみ。

過去作品の名字、名前、キャラ性の酷似。

ワンパターン。

 幼馴染の和くんだけが心の拠り所だった。

 和くんさえいてくれれば例え普段がひとりぼっちでも構わないと思った。

 けれど、彼女さんができたことでその生活が壊れた。

 つまり、正真正銘のひとりぼっちになってしまったことになる。


「待って、待っでぇ……」


 上を見上げれば7月の青い空。

 下を見れば、熱がこもってそうな茶色い砂。

 前を見れば複数人の女の子の背中。

 後ろを見れば、私よりも1周多く走っている速い女の子。

 なぜこのような真夏に持久走などしなければならないのか。


「邪魔、とろとろ走っているなら外側に避けてよ」


 とまあ、こういう風に言われてしまうのが私という人間だ。

 でも、ひとりになってから特に気にしないように生きていた。

 走り終わってみんなが友達と盛り上がっている中、ひとり静かに眺めて。

 授業が終わったらひとりで戻って、ひとりでお昼ご飯も食べて。


「なんでいつもひとりなんだろうね」

「私だったら教室以外で食べるけどね、勇気がすごいな」


 そういえばそうだ、教室にこだわっているのはなんでだろう。

 移動が面倒くさいから? 一応私の中にも負けたくないというプライドがあるのかな?


「志内さん、なんでさっき謝らなかったの?」

「え、あ、ごめんなさい」

「ふんっ」


 あの子はすごい!

 だってあの後も前の子を何回も抜かして独走状態だった。

 私にもあのような走力などがあったら、そうしたらきゃーきゃー言われちゃうかもね。

 が、私は窓際で座って外を眺めているのが精一杯だ。

 いかにこちらがポジティブに考えようと悪く言われればやはり堪える。

 だからなるべくそうして逃避して生きているのだ、できるだけ目立たないように。

 悪いことばかりではなく癒やしも当然あって、放課後になったら校舎裏に咲いているお花のお世話をするのが好きだった。


「あ……枯れちゃってる」


 場所が悪い、ここでは満足に日も当たらない。

 これってまるで自分みたいだ、決して向こうの明るい方には行けないみたいな。


「だめだめっ、弱気ではだめだ」


 でも、このお花さんはもう無理かも。

 可哀相だけどこのままにしておくわけにはいかないから綺麗にしておく。

 先生に聞いて明るい場所にある花壇のお世話でもさせてもらおうと決めた。 

 で、結果はいらないということだった、校長先生の趣味らしく。


「ちづ子」

「あ、和くん」


 おぅ、横には私と違ってキラキラした女の子がいた。

 なんで話しかけてきたんだろう、挨拶ぐらいで留めておけば良かったのに。

 女の子はこちらを睨むこともなく「志内さんだよね?」と聞いてきた。

 そうだと返したらずっと話したかったとか言われて困惑。

 うぅ、きついよう、同情してくれているのが分かって。

 空気を読んで去ることにした、さようならっ、キラキラした女の子!


「ったぁ!?」

「ぶつかってんじゃねえよ!」


 私からすればそれは壁だった。

 こちらからぶつかったのに向こうが倒れたりはしていない。

 尻もちをついた私はぼけーっとその壁を見つめてしまっていた。


「おい」

「あっ、ご、ごめんなさい!」


 いやでもさ、校門を出てすぐ横の道ギリギリにいると思わないじゃん?


「あ、お前、志内か」

「え、あ、壁だと思っていたのは大熊くんだったんだ」

「は?」

「え、あ……ごめんなさい」


 同じクラスの大熊大剛だいごうくんだった。

 名前に負けない大きさ、負けないゴツゴツさ。

 多分全力で殴ったら校門前の壁だって壊せるぐらい、分からないけど。


「なにか急いでいたのか? 悪いな、ここで立ってて」

「いや、特にないです、お友達でも待っていたんですか?」

「ああ、男だけどな」


 で、その男の子は和くんだったと。

 せっかく空気を読んだのになにも意味がない、なぜか一緒に帰ることになってしまったし。


「志内さん、また会えたねっ」

「ど、どうも」


 笑顔が眩しぃっ!?

 ぐふぅ、一緒にいるだけで継続ダメージが。

 やっぱり私は日陰にいるのがお似合いな女なのだ。

 だからこそ日光ダメージを受けているわけで。


「志内さんは和の幼馴染なんだよね?」

「大丈夫ですよ? 狙ったりしていませんから」

「え、そんなこと言うつもりないよ、ただ、取らないでくれるとありがたいけど! だって私、和のこと大好きだし!」


 すみませんすみませんすみません! 過去にその和くんを利用してしまってすみません!

 牽制なんかしなくても大丈夫だよ、16年一緒にいてなにもなかったんだから。


「ちづ子、鼻のところ赤くなってるよ?」

「ああ……先程、大熊くんにぶつかってしまいまして、あはは……」

「笑い事じゃねえぞ」

「ごめんなさい……」


 なんで私はここにいるのか。


「もう大剛、志内さんを怯えさせないでよね!」

「いや、ぶつかってきたのはこいつだし」

「だからって、大剛にぶつかったら相手が怪我するでしょうが」

「俺の心配じゃねえのかよ、そりゃそうだよな、和一筋だもんな」


 す、すごい、彼女達みたいになると恋人じゃなくても呼び捨てで呼んだりするんだ。


「そういうこと言わないでよ!」


 な、なんだ? そんなにデリケートな話題なの?

 大熊くんは嫌そうな表情を浮かべて「でかい声出すんじゃねえ」と吐き出した。

 そんなふたりを「喧嘩しないでよふたりとも」と和く――樋高くんが止める。


「あ、ごめんね志内さん、昔、大剛に告白されたけど断ってね、それからずっと気にしているというわけ。大きいくせに女々しいから困るよね」


 いや、そりゃ好きな子が他の子と付き合いだしたら複雑だよ。

 おまけに友達だということならなおさら、ちょっと意地悪な気がする。


「そ、それは気になるんじゃないですか?」

「え?」

「え、だ、だって、大熊くんはあなたのことが好きだったんですよね? でも、あなたは樋高くんが好きでいま付き合っているわけで、私が大熊くんだったら――」

「余計なこと言うな、お前は俺じゃねえだろっ」

「ご、ごめんなさい……」


 結果を言えば、これが逆効果だった。

 冷たい対応とも言える態度に女の子、森瀬さんが怒って衝突。

 ふたりともそれぞれの方向へ帰ってしまったのだ。


「ごめんなさい……私のせいで」

「ちづ子が悪いわけじゃないよ、ただちょっとあのふたりには色々あってね」


 なんで大熊くんは恋敵である樋高くんといるんだろう。

 どうしたって森瀬さんが来ることで嫌なことだって多そうなのに。

 それを聞いたら元々大熊くんと樋高くんは友達だったらしい。

 それから大熊くんと仲が良かった森瀬さんも関わるようになって、いまに繋がっていると。


「ごめんね、巻き込んじゃって」

「いえ、私は大丈夫ですよ」

「たまには一緒に帰ろうか」

「え、いいんですか?」

「大丈夫だよ、これぐらいで加代は怒ったりしない」

 

 純粋にいたくなかったんだ。

 もう解放してあげたんだから。

 意外とメンタルが強いことを私は知って、これまで1年間ひとりで過ごしてきた。

 彼女さんができたと言われた時に、自分からもう来ないでくれと言ったのに。


「というか、なんで敬語なの?」

「他の人が相手でもそうしていますから」


 1年前まではこうしているのが普通で。

 なんなら20時間ぐらいは毎日一緒にいたと思う。

 樋高くんは優しいから文句も言ってこなかったし、こっちのことを考えて行動もしてくれた。

 そのため、甘えすぎてしまったのだ、森瀬さんが彼を好きになってくれて本当にラッキー!


「仲良くしてくださいね」

「……うん、そうするつもりだよ」

「ふふ、そんな顔似合わないですよ、私は柔らかい笑みを浮かべる樋高くんが――いてくれると凄く落ち着くなあと思えていましたから」


 好きとか言おうとした自分を殴りたい。

 幸いにも特に気にせず「そうだよね、笑顔が1番だね」と笑って言ってくれた。

 ああ……これをこの距離で見られるのは私ではなく森瀬さんの方が多いんだなって。


「それじゃあね」

「はい、それでは」


 やっぱり距離を置かなければならないと意思を強くしたのだった。




「志内」

「あ、昨日はごめんなさい、偉そうに言ってしまって」


 自分と他人を一緒に扱うなどしてはならないことだ。

 相手の立場になって考えるなども偉そうだからしてはならない。

 めちゃくちゃ反省したからこれ以上責めるのはやめてほしいなあ。


「そうじゃねえよ……悪かった、お前は俺のために言ってくれたのにな」

「そのことに関しては気にしないでください」


 でも、できれば森瀬さんとも仲良くしてください、なんて言えない。

 調子に乗って怒らせたばっかりだ、それに樋高くんにも迷惑をかけることになるから。


「あの、どうすれば大熊くんみたいに大きくなれますか?」

「は? お前大きくなりたいのか?」

「はい、少しでも舐められないようにしたいんです」

「と言ってもな、身長はこれ以上伸びようがないだろ。なら、加代みたいに化粧したらどうだ? いまのままだと地味――大人しい感じだからさ」


 はい、地味な女が私です。

 ちなみにお化粧とか全然分かりません、ついでに言えば絶対に似合いません。

 つまり詰みです、とことんどっしり構えているしかないのかも。


「大剛、志内さんに意地悪すんな」

「してねえよ……加代、こいつに化粧してやれねえか?」

「志内さんも興味あるの!?」


 慌てて首を振る。

 そんなことしても恥ずかしいだけだって。

 しかもお化粧の道具って接触するし、私に触れたら捨てたくなるかもしれないし。


「いいからいいからっ、軽くでもしようよ!」

「え、ちょ、あ――」


 樋高くんがちょうど入ってくるところで「どうしたの?」と聞いてきてくれた。

 無慈悲にも森瀬さんが「美人になって帰ってくるから待ってて」とか言ってしまう。

 ないから、地味地味地味と言われてきた私がそんなこと有りえない。

 というか、普通の女の子はこういう道具を持ってきたりするんだなとひとつ学んだ。


「じゃーんっ」


 いや、所詮私ですしおすし。

 頑張ってくれたんだろうけど、私はあくまで私だった。


「いいねっ」


 え、これいいの? 眼鏡かけてて地味子のままだよ? ちづ子だし。

 いつまでもトイレにいてもしょうがないからと教室に戻った。


「和、志内さんどう?」

「いいね、可愛らしくなったと思うよ」


 ああ、そんなこと言っちゃだめだって!

 森瀬さんは「でしょ!?」と大きなリアクションを見せたけど、絶対に後で嫉妬すると思う。

 なんで私以外に可愛いとか言ってるの、みたいな。


「なにも変わってないだろ、そういう世辞は相手を傷つけるだけだぞ」

「ありがとうございますっ、大熊さんだけが味方ですよ!」

「お前、地味過ぎだな、いままでモテたことなさそうだ」

「はい、1度も告白されたことないです」


 告白されても断らなければならないからなくてもいい。

 私に近づいてくれる子なんてみんな同情か哀れみかってそういうマイナスなことばかり。

 樋高くんはよく根気良く見てくれたと思う、やっと解放してあげられて嬉しいゼッ。


「大剛はこれだから……そういうのがあるから恋人候補として見られなかったんだけど」

「お前はあからさまな世辞言われて喜べるのか? 凄えな」

「はぁ、ごめんね志内さん」

「いえ、私を褒めてくれるのは全てお世辞や皮肉だと思っているので。ですので、森瀬さんも正直なところを言ってくださいね」


 でも、悪口は言わないでください、なんて言ったら嫌われて終わりだ。

 好かれなくてもいいからせめて平和な生活を送れるようになりたいのだ。

 樋高くんが消えてしまった以上、それが私が望む唯一のこと。


「じゃあはっきり言うけど、眼鏡はやめよう! あと、三編みもやめよう! 絶対に自分から地味になるようにしているよね!?」


 それは他にも同じような髪型及び眼鏡をかけている人に失礼な気が。


「加代、それぐらいにしておきなよ」

「和……」

「気にしなくていいんだよ、自分がしたいように生きれば。別にそれで誰かに迷惑をかけているわけでもないしょ?」

「迷惑かけてるよ! だって見てるとうずうずしてくるもん! なんで素材の良さをもっと活かさないんだろうってさ!」

「少し黙れ、そういう部分に口出ししてんじゃねえよ」

「大剛こそ黙っててっ、悪くしか言えないくせに!」


 ああもう、このふたりはすぐに喧嘩になる。

 なんで大熊くんも好きなら余計なことを言わないとかできないのか。

 ふたりには自分の教室に戻ってもらった。


「あの、ありがとうございました」

「は? お前のために言ってねえよ、俺が嫌なだけだ。和が言うように迷惑をかけていないのであればどんなでもいいじゃねえか、あいつのああいうところは嫌いだ」


 嫌いだったり好きだったり忙しいな。

 曲げろとは言わないけど、このままだったら絶対に好きになってもらえることはない。

 好かれようとすればいいのに、まあ、友達の彼女を取ろうとするのはだめだけど。


「なんで仲良かったのに森瀬さんのこと振り向かせようとしなかったんですか?」

「お前、調子に乗るなよ?」

「だってそうですよね、よく考えたらあなたにも原因があったんじゃ――」

「このやろう!」


 ガシャンガシャンと机や椅子をふっ飛ばして倒れた。

 いやでもそうか、幼馴染で16年間一緒にいてもこの結果なんだから偉そうに言えないか。

 倒れてから気づくなんて馬鹿なことこのうえない。


「お、おい、大熊なにやってるんだよ!」

「こいつが悪いんだよ」


 とりあえず巻き込んでしまった人達に謝って席に戻る。

 そうだよな、努力しても報われるとは限らないよな。

 だって私と違って彼は告白したと森瀬さんの口から聞けた。

 なんであんなこと言っちゃったんだろう、森瀬さんが可哀相とか同情しようとしたのか?

 調子に乗っているな、自分から平和な時間を壊してどうする。

 この痛みは罰だ、しっかり反省しなければならない。

 自分が反省すればこれで終わり、となるはずだったのに。


「大剛!」


 ああ、調子に乗ったせいでまた森瀬さんが来てしまった。

 樋高くんも来てくれているから最悪なことにはならないだろうけど。

 言い争いがヒートアップしていく、まさかのまさか、殴ろうとしたところを慌てて庇った。

 待ってほしい、手を出すスピードが早すぎる。

 そりゃ森瀬さんだって樋高くんを好きになるよ、優しすぎるぐらいだもん。


「だ、大丈夫っ!?」

「……自分が原因ですから、ごめんなさい」


 相手が異性でも関係なく殴れてしまうんだな。

 森瀬さんに触れる前に守れたからいいけど。

 よく体育であんな私が俊敏に動けたものだ、褒めてあげたい。


「もう俺に構うな、糞が」

「はい、分かりました」


 自業自得とはいえ、殴られるって痛いんだな。

 先程のそれなんて可愛いぐらい、幸い両親が優しいから暴力とか振るわれたことないし。


「あ、もう予鈴鳴りますね」

「……ねえ、殴られたのになんでそんな平気そうなの?」

「自業自得ですからね、なので責めないであげてください」

「……戻るね」

「はい」


 できればもう来ないでほしい。

 彼女が来てしまうと樋高くんも来ちゃうから。

 自分が悪いのは分かっているから、これからは気をつけるから。


「大丈夫?」

「大丈夫ですよ、心配してくれてありがとうございます」


 本当に申し訳ないことをしてしまったぁ!

 机を倒された子とかはなおさらそう思っているだろうなあ!

 ひとりなことにもなんだか納得できてしまった時間になった。




 あの後、森瀬さんは来なくなったけど樋高くんが毎時間来た。

 もちろん目的は私ではなく大熊くん、森瀬さんが来ていないのは衝突してしまうからだろう。

 それにしても咄嗟に腕で体を守れたのは大きいと思う。

 さすがにもう落ち着いて痛くないから問題もなさそうだ。


「ちづ子、痣になってるよ」

「え?」


 手鏡で確認してみたら確かにそうだった。

 良かった、森瀬さんに当たらなくて。

 自分が原因で顔とか殴られちゃったら嫌だしね。


「保健室に行こう、それで冷やさないと」

「大丈夫ですよ」

「駄目だよ、ほら行こう」


 ああ……これじゃあ樋高くんにこうしてもらうためにしたみたいじゃないか。

 違うんだっ、森瀬さんは勘違いしないでおくれ!


「痛い?」

「いえ……」


 寧ろ季節的に冷たくて気持ちがいい。

 こうして彼の側にいると眠たくなってしまう。


「……大熊くんと森瀬さんには悪いことをしてしまいました」

「それでも殴った方が悪いから」

「下手をすれば森瀬さんが殴られていたかもしれません、許されることではありません」


 つまり私は煽ってしまったということになる。

 それでこうして彼といてしまったら、そのためにしたなんて思われるかもしれない。

 彼女さんができたいまも人気だと聞くし、私のことを嫌いな子は……いるだろうなあ。


「ごめん、僕が動ければ良かったんだけど」

「私もすぐによく行動できたなと思います」


 持久走では昔から最下位付近をさまよっているのに。

 実は本気を出したらすごいという可能性もあるかもしれない。

 いまの私はなんだかんだいってみんながイメージする志内ちづ子でいるのかも。

 派手さとかとは無縁な生き物、でも、迷惑はかけてないからいいよね?

 今日のそれは確実に私が悪いけど、これから反省して活かせばいい。


「ありがとうございました」

「うん……」


 最近、私といる時はいつもこんな顔だ。

 なんでまたこいつといるんだって思っているのかも。


「一緒に帰ろう」

「森瀬さんは?」

「もちろん、誘ってからだけど」

「ならいいです、ふたりで帰ってください」


 みんなに優しいということは好きな子にとっては辛いことでもある。

 せめてふたりの間には喧嘩とかがなければいいなと思いながら帰っていた。


「ちっ、お前かよ」


 無視してしまったけどこれでいいんだよね?

 構うなってこういうことだよね? 私は大熊くんの意思を尊重しているだけ。

 というか、あんなことがあっても一緒に帰ろうってなるんだな。

 すごいな、それが本当の友達ってやつなのかも。


「待てよ」


 肩を掴まれて正直死ぬほど驚いた。

 慌てて口を抑えなければ多分絶叫が辺りに響いてた。

 意外にも恐れているらしい、理由がどうであれ他人に暴力を振るってしまう人を。


「あ、あのっ、今日はすみませんでした……自分が馬鹿でした」


 そういえば謝ってなかったと思いだして謝罪をしておく。


「もう言わないので……その、これ以上は勘弁してくださいっ」


 でも、できれば樋高くんや森瀬さんと仲良くしてほしいと思う。

 言い争いとかをしているのを見ると介入したくなるのだ。

 それで引き受けたくなる、だって仲間内で仲悪くしていたらなんか嫌だし。

 その点、私なら特に弊害もないし、言いたいことを言う子は多いし、あまり変わらないし。

 泣いちゃだめだ、凄く怖いけど怖いだけではないことをこの短期間で知れたんだから。

 そもそも完全完璧に悪い人なら樋高くんが友達になったりはしない。

 森瀬さんだってもっと早くにあのような態度を取っていたことだろう。

 それをしていないということはつまりそういうことだ、今回のはたまたまなにかを引き出してしまっただけ。


「大剛」

「……そのつもりはねえよ別に」


 あ、3人が揃った。

 森瀬さんは樋高くんの後ろに隠れてなにも言わない。

 怖かったんだな、そりゃそうだ、普通は怖い。

 だってあのままだったら顔面直撃コースだった。

 私が原因だけど守れたことだけは偉い! 帰ったらホットケーキでも作って食べよう。


「それなら良かった。それと、加代と仲直りしてほしい」

「元々喧嘩なんかするつもりはなかったんだ、事情を知らないのにこいつが俺のことを悪者扱いしてきたのが悪いだろ」

「殴った君が悪い」

「うぐ……」


 なんで情報が向こうにいったんだろう。

 私に不満がある子ならざまあみろで終わりそうなことなのに。

 あ、でも、心配してくれるような子もいてくれたって分かったのは大きかった。


「ちづ子は大剛になにを言ったの?」

「……なんで森瀬さんを振り向かせようと努力しなかったのかと言ってしまいました」

「なるほどね、多分だけど大剛は努力したと思うよ」


 な、なんでまたそんな煽るようなことを。

 友達としてずっと一緒にいたんでしょ? なのによく分からない。


「てめえ、それでも僕がいるから無理だった、なんて言わねえよな?」

「そんなことは言えないよ。ただ、加代が僕を選んでくれたという事実は変わらない」

「結局なにが言いてえんだよ?」

「僕が加代の彼氏である限り状況は変わらないよ、だからそのままの態度でいるのはやめてくれないかな? しかも仮にちづ子が原因でそうなったとしても加代を殴ろうとした君は有りえない」


 これだけはっきり言う彼は初めて見た。

 やっぱり女だから甘くしてくれていたのかもしれない。

 

「あ、あのっ、確かに森瀬さんを殴ろうとしたのは有りえないですけど原因は私ですから! 責めるなら私だと思いますけど……つ、つまりなにが言いたいかと言うとですね、一概に大熊くんが悪いというわけではないですから、だから……その、喧嘩みたいなことしないでほしいなと……いや、自分のせいだって分かっているんですけど……」


 誰よりも慌ててて、誰よりもほっとしているのは自分だ。

 自分が原因で誰かが怪我するのは嫌だ、だったら全て引き受けたい。

 致命傷は避けたいけど、これぐらいなら何度だって代わりになろう。

 あ、そういうことをされる理由がない子だったら、という話ではあるけどね。


「そういうことでよろしくお願いしますっ」

「確かに知らないのに発言したちづ子も悪いね」

「そうですよ、私が原因なんです」

「でも、物理的手段に出た時点で1番悪いのは大剛だよ」

「だからそれも……」


 一言も発しない森瀬さんが気になる。

 全部私のせいにしてくれれば楽でいいのに。

 そうすればまだ3人は仲良くいられるかもしれない。

 くぅ、誰だろう情報を流したのは、なんで私の味方なんかした。

 教室にいたなら聞いていたはずなのに、私が煽ったのは確実なのに。


「ちづ子」

「え、なんですか?」

「僕は君のそういうところが嫌いだった」

「あ……そもそも好かれているなんて考えたことありませんでしたよ」


 自分を利用しようとする人間を好きになる人はいない。

 もしそれで好きになるなら洗脳されているか脅されているか、そういうことでしかない。

 つまりこれが本当の答えというわけだ、ほっとしている自分がいる。


「和、なんで急にそんなことっ」


 あ、やっと喋ってくれた。

 大熊くんは逆に先程から黙り続けたまま。

 ある意味被害者だからいまはなにも言わない方がいいかも。


「今回は悪いかもしれないけど、自分が悪くなくても自分が悪いって言って笑ってしまうからだよ」


 そういうことは実際にあったと思う。

 でも、周りギスギスするよりよっぽどいいだろう。

 樋高くんが他の子と喧嘩しちゃった際も動いたぐらいだし、感謝してくれてもいいはず。


「だからって……」

「気にしないでください、私はそもそも樋高くんを利用してきてしまったので好かれなくて当然なんです。先程も言ったじゃないですか、同情とかそういうのはいいので」

「ど、同情……? 私がしてるって言いたいの?」

「私のせいで殴られそうになったんですからね」


 それで大丈夫? はおかしい。

 ざまあみろと思うか、無関心でいるのが普通だ。


「お前、おかしいわ」

「ごめん……大剛と同じ意見」

「それならおかしいなりに迷惑かけないようにしますから、それでいいですよね?」


 ホットケーキを作って食べたいからと本気で言ってその場をあとにした。

 ま、十分言えただろうし逃げではないと思いたい。

 ひとりでいると寂しそうとかおかしいとかってよく言われてきた。

 だからそう言われても大して傷ついたりはしなかった。

 それ相応の理由があるから嫌いと言われてもだ。

 なにもしていないのに嫌いとか言われたりすると理不尽だなあって思ったりもするけど。


「ただいま」


 よくチェックしてみたら牛乳がなくて買い物に行くことになった。

 ついでに足りない物を購入して家へと帰る。


「あれ……」


 家の前にいたのは大熊くんだった。


「て、樋高くんの家なら向こうですよ?」

「お前に用があったんだよ」


 実はまだやり足りなくてぶん殴りに来たとか?


「悪かったっ」

「えと、頭を上げてください」


 殴られることよりよっぽど怖い。

 あと頭を下げた際、速すぎてぶわぁっとした風が私を襲った。


「……ホットケーキ、作らせてくれないか?」

「え、私が作りますよ?」

「いや、謝ったりこんなことした程度で許されることではないが、食ってほしい」


 ならということで家に上がってもらった。

 彼は実に手際が良かった、あと私が貸した私がお気に入りで使用しているエプロン着用で可愛い。


「ほら、食べろ」

「ありがとうございます、いただきます」


 うん、ふわふわしていて甘くて美味しい。


「俺さ、まだあいつのことが好きなままなんだ」

「えと……」


 またなにか言ったら怒られるかも。

 なにも言えずにいたら「気にするな」と言ってくれたけど……。


「あんなことを言っておいてあれですが、取ろうとするのは嫌われると思います……」


 そうしたらもう一緒にいる不可能になる。

 でも、好きなのに、話してくれるのに踏み込めないって辛いよね。


「ごめんなさい……」

「謝らなくていい、俺が和に勝てるのなんて身長ぐらいでしかないからな」


 インターホンが鳴ったから出てみたら今度は森瀬さんで。

 慌てて大熊さんがいることを説明したけど気にせず入ってきてしまった。


「大剛」

「……おう」

「……私のことを好きでいてくれるのはありがたいけどさ」

「分かってる、悪い……」


 ホットケーキを美味しく味わいたくてもこの雰囲気じゃ無理だ。

 まだ樋高くんが来てくれた方がマシだった。


「糞なのは分かっているが、真剣に……考えてみてくれないか?」

「本気……?」

「お前のことがずっと昔から好きだったんだよっ」


 無理でしょ、だってそれは好きな子に最低になれと言っているようなもの。

 数分経過してもふたりは無言のまま、しかもそのうえで樋高くんも揃ってしまった。


「和、加代のこと手放してくれないか!?」


 言うんだ、その大胆さがもっと前にあれば森瀬さんも振り向いてくれていたような気がするけど。


「即答、しないんですね」

「「「え?」」」

「あっ、私また……いやあのですね、樋高くんも森瀬さんも好きだから無理だと断るものだと思ったんですけど、す、すみませんっ」


 やっぱり学んでないなあ、つい口にしてしまうのが悪いところ。

 それにしても気まずいなあ、こうしてみんなが黙っていると。

 ホットケーキがあってまだ助かったよね、食べていれば大抵はなんとかなる。


「美味しいです、大熊くんは慣れているんですね」

「あ……まあ、妹がよく焼いてくれって言ってくるからな」

「あ、妹さんがいるんですね、妹思いでいいお兄ちゃんですね」

「お前、皮肉だろそれ……」

「え、ち、違いますよ! だって頼まれて焼いてあげるなんていいじゃないですか! ひとりっ子なので余計にそう思いますよ!」


 あれ、なんだか悪くない雰囲気になってきた。

 森瀬さんも「妹ちゃんには優しいんだよねえ」って乗ってくれたし。


「大剛、僕にも作ってよ」

「いや、これあくまで志内のだからな」

「ちづ子、僕も食べていい?」

「はい、いいですよ」


 うーん、でもなんだかなあ。

 普通は一緒にいない! ってなるところじゃないのかなあ。

 絶対に狙ったよなあ、タイミングを。

 私が大熊くんを拒絶したらこうして来たりはしなかったと思う。 

 今回ばかりは私が褒められてもいいのでは?


「あ、美味しい、こういうところだけはいいところだね」

「は? おい……」

「はは、冗談だよ」


 樋高くんはちょっと煽りスキルが高いかも。

 初めて知る彼の一面、本当に信用し、信頼しているからできることか。

 長くいても私がしてもらえなかったこと、嫌われているぐらいだからしょうがないけど。


「ちょっと洗面所に行ってきます」


 腕、やっぱりちょっと痛い気がする。

 確認してみたら、先程と同じような感じのまま。

 まだ手の甲だったり肘だったりした方が良かったかも。

 いやでも冷静に思考していられる時間なんてなかったし、守れて良かったと考えよう。


「ちづ子」

「どうしました?」

「あ、なに言いたいのか分からなくなった」

「あははっ、なんですかそれっ」


 この歳でお爺ちゃんみたいになるのは良くない。

 なによりフレッシュな毎日を送れているじゃないか。

 少なくとも私に利用されるということはなくなった、それは大きい。

 ……自分でこう考えて凹むのは馬鹿だと思う。


「戻りましょうか」

「なにしに来たの?」

「こちらのセリフですよ、なにしに来たんですか?」

「……言いたかったことは思い出せないけど、ありがとう」

「お礼を言われる意味が分かりませんよ、はい、もう戻りましょう」


 なんかこのままだとこれが最後ということにはならなさそう。

 まあ、敢えて分かりやすく拒絶するつもりはないけど。


「おかえりー」

「ただいまです」


 お皿の上には何枚ものホットケーキが重ねられている。

 まさかこれを全て食せと? ふっ、なら食べなければ失礼だ。


「うぉー!」

「「おわっ、びっくりしたっ」」


 はぁ、私は幸せだ。

 溢れ出ようとした涙をバレる前に突っ伏して誤魔化した。

 腕や机を濡らしても関係ない、見られていなければ問題ない。


「お前……」

「あ……あまりにも美味しくて」

「ちげえよ……腕だ腕」

「森瀬さんを守れたからいいんですよ、あっはっはっ」


 あっはっは、はぁ……いまは話しかけないでほしい。

 涙声とかになってないよね? もしそうならみんな気づくか。

 大体、教室では突っ伏して過ごすことも多いから普通だと思ってくれればいい。

 百合系の作品なら森瀬さんが惚れてくれていたかも、志内さん……トゥンクって。


「ちづ子、ごめん」

「え――な、なんでそんな意地悪するんですか」


 逆の腕を持ち上げられて顔がみんなに見られてしまった。

 まあ、顔を見られていなくても机が濡れているから意味ないけど。


「も、もうみんな帰ってください、食べ終わりましたよね!?」

「だね、帰ろっか」

「ちづ子が言うならそうしようか」

「そうだな」


 もう、意地悪なんだから。

 結局無理やり見えるようにした意味がない。

 はっ! 嫌いだからかっ、なるほどなるほどっ、そうかあ!


「うぅ……樋高くんにだけは嫌われたくなかったなぁ……」


 どんなに願っても過去を否定されたのだから変わらないのが虚しかった。

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