ももたろう~やり手おばあさんと主夫おじいさんを添えて~
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは川へ洗濯し、おばあさんは町へ働きに出かけていきました。
おばあさんは今でいうところのキャリアウーマン。
きび団子を町で売り出したところ大ヒットを飛ばし、それをとっかかりに和菓子洋菓子と幅広く取り扱い、ついには国で有名なお菓子屋を経営することとなりました。
おじいさんは川へ洗濯です。この日に洗濯する衣類をカゴに背負い川へ向かい、いつも通り洗濯板を駆使して一枚一枚綺麗にしていきます。
汚れがすっきり落ちる瞬間、おじいさんにとってそれは洗濯のやりがいポイントでした。
するとどうでしょう。川上からそれはそれは大きな桃が流れてきました。
どんぶらこ、どんぶらこ。
しかし洗濯に夢中となっているおじいさんにはそれが目に入りません。
どんぶらこ、どんぶらこ。
川上から流れてくるそれは段々と近づいてきました。とても大きな桃です。
しかしおじいさん。手ぬぐいにこびりついている醤油のシミがとれないようで手元の作業に集中しています。
どんぶらこ、どんぶらこ。
空気を読むのに長けている桃は、流れに身を任せずその場に停滞し続けてます。根性のある桃です。
一方おじいさん。醤油のシミがとれない!
どんぶらこ、どんぶらこ。どんぶらこ!
ガッツのある大きな桃は自ら岸辺に寄ってきておじいさんの視界に入ろうとにじり寄ってきました。
手元の手ぬぐいの真横までにじり寄って、ようやくおじいさんは気づいたようです。
「見て見ぬふりしとったというのにのぅ……」
なんと。おじいさんは気づいていたというのです。
熱中していたと思わせていた手ぬぐいは白くシミひとつなかったのでした。
おじいさんは渋々、自己主張の激しい大きな桃を手に取りました。
持ち上げて背負ってきたカゴに入れようとしても桃が大きく入りませんでした。
「ああこれは仕方ないのぅ。わしには持って帰れんようじゃ」
あからさまにほっとした様子で仕方ない仕方ないと首を振るおじいさん。
ところが、言うが早いか、不思議な力が働き、すっぽり桃が入る大きさにカゴが変化しました。
「残念じゃがわしには重くて持てそうにないのぅ」
不思議な力を前にして呆然としていたおじいさんは大きく変化させられたカゴを持ち上げようとしましたが大きさに比例してその桃はとても重かったのです。
重くて持てないのでこれは仕方ないと、ほっとした様子を前面に押し出しました。
ところが、言うが早いか、不思議な力が働き、その大きな桃の重量は普通の桃の重さに等しいほどとなりました。
「……まぁ、これだけ大きな桃であれば彼女の菓子作りの役に立つかもしれんしの」
そうしておじいさんは、渋々、とても渋々と川から拾った桃を家へと持って帰ったのでした。
***************
「あれまぁあなた。その大きな桃は一体どうしたんです?」
日が傾いてきたころ、町から戻ったおばあさんが目にしたのは、それはそれは大きな桃でした。
台所で夕餉の支度をしていたおじいさんは、帰ってきたおばあさんをちらりと目の端で確認しつつ、包丁の手を止めることなく答えました。
「それがのぅ、今朝川へ洗濯しに行ったら上流から流れてきたんじゃ」
それはもう拾ってくれという圧がひどく、持って帰るしかなかったのだ、ということも付け加えます。
このような得体の知れないものを持って帰るなんて不本意だったおじいさんの声はどこか沈んでいました。
ふんふんと聞いていたおばあさんは、不可思議なその桃を隅から隅まで検分します。
その間に、おじいさんは支度の区切りがついたのか、前掛けを外しながらおばあさんの元へやってきました。
「きみの菓子作りの役に立てればと思ったんじゃが、どうかの?」
「お話を聞くかぎりでも普通じゃありませんしねぇ。気味も悪いですし捨ててしまいましょうか」
おばあさんの無慈悲な一言におじいさんが同意を示そうとしたそのとき、大きな桃は激しく揺れ出しました。
まるで拒絶を示すがごとく、大暴れです。
驚いたおじいさんは、いざとなればおばあさんを守れるようにと慌てて台所から包丁をひっつかんできて、おばあさんを背にして動向を見守りました。
それはどれだけの時間だったでしょうか。
桃とおじいさんの睨み合う居間で、大きな桃に変化が訪れました。
何も手を加えていないというのに、当然大きな桃に亀裂が走り、真っ二つに割れました。
すると、そこにはなんと、赤ん坊の姿がありました。
「あれまぁ!これは大変だぁ!」
「なんでこんなところから赤ん坊が出てくるんじゃ?!」
正体不明の大きな桃から、正体不明の赤ん坊が出てきて、おじいさんもおばあさんも大慌て。
奇っ怪な出来事ではありますが、赤ん坊はまわりの状況なんてお構いなしかのようにすやすや寝ており、物騒な空気を霧散させてゆきます。
つかの間、赤ん坊の無垢な寝息にほのぼのとした空気が流れますが、状況は変わりません。
少し気持ちが落ち着いたおじいさん、おばあさんは今後の相談を始めました。
「どうするかのぅ。わしらも歳で今更育児なぞできようもない」
「そうですねぇ。わたしらもついに子供もできずこの歳まできてしまいましたしねぇ」
「この子が大人になる前にわしらがお陀仏の可能性も高いしの。無責任には育てられん」
「ああそうです、思い出しましたよ。たしか町に身よりのない子を育てる施設がありました。そこへお願いしてみましょう」
「それはいい考えじゃな。そういえばあそこには定期的にきみの菓子を寄贈しておらなんだか?」
「ええ、よく覚えておいでで。寄付のついでではありますがきび団子なんて持っていくと子供たちが目をキラキラさせてましてねぇ。嬉しいものですよ」
「評判も良いようじゃし、明日にでもつれていこうかの」
「そうですね、そうしましょ―――??!」
方向性が決まった矢先に、すやすや眠っていた赤ん坊は火のついたように泣き出しました。
真っ二つに割れたはずの桃も、まるで意思があるかのごとく、自身を床に打ち付けて抗議をしているようでした。
これは不思議な桃なので、床に打ち付けようが砕け散ることはないようです。
「どうしましょうかね、おじいさん」
信じられないことだらけで困るおばあさんの様子をよそに、赤ん坊は大声で泣き叫び、桃は抗議活動をやめません。
さっさと処分したくなる気持ちが強まりますが、これ以上放置してよくわからない出来事に巻き込まれるのは大変遺憾ではありました。
おじいさんは大きく深いため息をこぼし、降参の意を口にしました。
「わしらが途中でお陀仏しても責任はとれんからの」
こうして子宝に恵まれなかったおじいさんとおばあさんに突如として子供ができたのでした。
***************
それから幾年月が過ぎました。
桃太郎という古風な名前をつけられた男の子はそれはもうすくすくと育ちました。
どれくらいのすくすく度合かと言いますと、通常の成長スピードとは異なり、数年で青年まで育ったのです。
初めの1、2年ほどは果たして自分たちは何を育てているのかと戦々恐々とした思いを抱いていたおじいさんとおばあさんでしたが、桃から生まれたというミラクルを体現している彼でしたので、まぁそんなこともあるかとあまり深く考えないようにしていました。
そんなある日、一通の手紙が届きました。国のお偉いさんからのものでした。
海を渡った小さな島、世間では鬼が島とよばれる島で狼藉を働く鬼を鎮圧してくるようにというものです。
桃から生まれた桃太郎、普通では起こりえないこの不思議は奇跡の所業とされ、きっと神から遣わされてきたのだと噂されていました。
その神から遣わされた彼ならきっと悪事を成敗してくれるだろういうものでした。
その手紙を見たおじいさんとおばあさんは揃って眉をひそめました。
世間の杓子とは違うあれこれを桃太郎を中心に経験はしてきましたが、ここまで育ててきた彼はもはや老夫婦にとっては我が子です。
行かなくてもいい、と彼らは桃太郎に言いました。良からぬ話が途絶えない鬼ヶ島へなんぞ、我が子を向かわせるなんてとんでもないと考えていました。
「いいえ。それでも僕はいかなくてはいけないと思うのです」
桃太郎は首を振りました。根拠はありませんがそれが我が身に託された使命なのではないかと感じたのです。
「僕は行ってきます」
「いいえ桃太郎、少しお待ちよ」
意気込む桃太郎をおばあさんが待ったをかけました。しばし考え込むおばあさんの顔つきはとても冷静なものです。
それは持っているお店の経営について考えている時と同じ顔つきでした。
「そもそもさね。わたしらは鬼ヶ島がどんなものか知らないと思いませんか?」
「それはそうかもしれないの。入ってくるのは噂話ばっかりだしのぅ」
「実際に鬼がどんなことしてるかなんてわかりませんよ。わたしらも噂は尾ひれがつくものだって身に染みましたしね」
桃太郎が家に来てからの数年を振り返ります。
あることないことご近所さんから聞かされてきたのです。過去を振り返り思わず顔をしかめてしまいました。
おばあさんは表情を改めて、ピッと人差し指を立ててこう言いました。
「情報を集めましょう。まず相手を知りましょう」
***************
それから桃太郎一家はあらゆる方法を用いて鬼ヶ島の情報を集めました。
取得した情報によると、通称鬼ヶ島と呼ばれている島に住んでいるのは鬼ではなく自分たちと変わらない人間で。ただ少し強面の人間が船の乗り入れをしているらしく、それを見たヒトがヒトに伝えていくうちに尾ひれ柄ひれがつき『悪行振りまく鬼が巣食う島』が出来上がったのでした。
桃太郎は憤慨しました。実情を知りもしないで鎮圧の命令を下すお偉方に対して。
おじいさんとおばあさんは考えました。明るい噂が広がれば誤解を解き、命令の内容も解決できるのではないかと。
3人で考えて考えて考えて。そしてひらめいたのです。
鬼ヶ島にお菓子屋の支店を作ろうと。
言うが早いか、それからの行動はとても早いものでした。
あっという間に店を作り、鬼ヶ島でしか買えない限定品を生み出し、それが瞬く間に口の端に上りました。
商品はもちろん、情報収集の際に桃太郎が出会った犬・猿・雉を看板キャラとしたことも話題となったのです。
鬼ヶ島に人々が訪れ、そこに住まう人々が自分たちと変わらないことを知ったのです。
ありもしない狼藉や悪行もなく鎮圧をする必要もなかった島の悪評は解消されました。
その後、桃太郎は鬼ヶ島に居住を移しました。犬・猿・雉と共に力を合わせて、おばあさんから任された鬼ヶ島支店を盛り上げていきました。
おじいさんとおばあさんは時折独り立ちした桃太郎に思い出しながら、以前と同様に穏やかな生活を送りました。庭に植わっている不思議に成長が早い桃の木に見守られながら。
めでたしめでたし。
****END****