大切だから…
閲覧ありがとうございます。
コロナやら大雨やらで大変ですが、皆様の気晴らしの役に立てれば嬉しいです。
「す、すいさん…落ち着いて。一体何があったの?」
「くとと…リザードマン狩りに行ってたんだけど、大量発生の時期が、ずれてて…囲まれて……くとが私をかばって…」
すいりんは泣きじゃくりながら起きたことを話す。
ポーションを飲んでどうにか一命は取り留めているが、出血が止まらないらしい。
体力ポイントもじりじりと常に減っているらしく、どうしたらいいかわからなくなってしまい、道具屋に何かないかと駆け込んできた。
「すいりん、傷薬はあるけど…聞いた話だと間に合わないかもしれないわ」
フローラの言葉にすいりんは顔を真っ青にして絶望するが、すぐに納得したようで頷いた。
わかっていたことではあるが、どうにかなるかもしれないと何かしないと気持ちが折れそうなのだろう。
アナザーワールドには治癒魔法はない、回復はポーション、傷の止血は傷薬しかない。
そして、効果は思ったよりも少ない。
効果が高いものは、価格も高いし、この街にはそもそも高い薬はほとんどない。
あっても今の状況では、すべて買い占められている。
「…くとを置いて、王都までは行けない。どうしたらいいの…」
ボロボロと泣き出すすいりんに、ニーナは何かを決心する。
すいりんの肩を叩き、くとごんの居場所を聞く。
すいりんは自宅と答えると、ニーナはすいりんの手を引っ張り、すいりん達の家へ走り出す。
お互いの家を行き来したりするほど仲がいいのだ、きっとカンナも許してくれる。
「に、ニーナちゃん?!」
「すいさん、私に任せて」
説明をしている暇はない、一刻も早く家へと向かわなくては。
途中、別行動をしていたカンナとすれ違ったことにすらニーナは気づかず、走っていく。
家につき、中に入るとくとごんと一緒に狩りをしていたパーティーメンバーがいた。
「れでーさん!くとは…」
れでーと呼ばれた魔法使いは、首を横に小さく振る。
こまめにガーゼを取り替えているらしいが、出血は止まらない。
「今、ミミハリンとプラックンもあちこち見に行ってくれていれているけど…」
「そんな…っ」
すいりんはくとごんの側にいき、くとごんの手をとって涙を流す。
「いやだよぉ…くとぉっ!」
ニーナはすいりんの肩を叩いて、優しく微笑みかける。
大丈夫と声をかけ、れでーにガーゼの取り替えとしっかりと傷口を押さえることを頼む。
「スキル[アロマ]っ!」
ニーナがスキルを発動すると、テーブルにたくさんの材料が現れる。
『作りたいものは決まってる、まずは…』
ニーナはまず、傷口の洗浄を行う為に消毒液の代わりになるアロマ液を作る。
ラベンダー5滴に対してミネラルウォーター500ミリ。
魔力を込めて混ぜたものを、れでーに渡す。
「次の作業があるから、これで傷口を洗って!」
「あ、ああっ!」
見たことのないスキルに少し目を奪われていたれでーだったが、ニーナの気迫に圧され言う通りに動く。
次にニーナは、切り傷の手当てに使うアロマスプレーの作成に取りかかる。
止血効果のあるレモンを3滴、血管収縮と抗菌効果のあるサイプレスを4滴を、無水エタノール5mlに精油を入れて希釈させる。
希釈したものを、精製水45ミリと混ぜ、魔力を込める。
「どいてっ!」
れでーがよく洗ってくれた傷口は、まだ血が止まっていない。
しみるだろうなと思いながら、ニーナは傷口にスプレーで吹き付ける。
「ぅぐっ!!」
「くとっ!」
やっぱりしみるよねと思いながら、ニーナは冷静に傷口を見つめる。
カンナの思った通り、スキル[アロマ]で作ったものは、現実効果の何倍も効果を表すようだ。
完全に止血出来ている。
更に、念のためと止血用ガーゼを用意する。
ゼラニウム2滴、ラベンダー1滴、ロックローズ1滴をガーゼに染み込ませ、傷口に当てる。
「…す、い?」
「くとっ!」
「よかった、無事だったんだな…」
「無事だったんだなじゃないわよ…この、バカくと」
涙をボロボロと流しながらも、くとごんに心配をかけないようにと笑顔を見せる。
くとごんはもう1人、れでーに視線を向ける。
「気分はどうだよ、くと」
「あんな、怪我したわりには…いいんじゃないか?」
苦しそうな表情を浮かべながらも笑顔で返すくとごんであったが、顔色は少しずつ赤みを帯びて改善されてきている。
3人の様子を見たニーナは、安堵の溜め息をつき、最後の仕上げにとハーブティーを用意する。
サイプレスには造血作用もあるけど、身体の体内に取り入れるアロマ…に似たハーブティーで、造血を促進させないかとニーナは考えたのだ。
ハーブティーの種類はネトル。
ふんわりとした草の香りと、さっぱりした味わいが特徴のハーブで、鉄分や葉緑素を多く含み、貧血予防・改善はもちろん、造血や浄血などに有効なことから「血液の見張り番」とも呼ばれているものだ。
ついでに、ビタミンCたっぷりのローズヒップとブレンドさせて、鉄分の吸収がさらにアップをはかる。
「すいさん、これをくとさんに」
「ありがと…ニーナちゃん」
すいりんに声をかけたことでニーナの存在に気付いたくとごんは、みっともないところ見せたなと苦笑いしながらお礼を言う。
「ありがとう、ニーナ。それにカンナも」
くとごんに言われ驚いた表情でニーナは後ろを見ると、カンナが罰が悪そうな表情で立っていた。
「カンナっ!いつから…」
「最初から」
街ですれ違った時、すいりんがいたのを見逃さなかったカンナは、くとごんに何かあったと察して後を追いかけていた。
なので一部始終を見ていた。
「あ、カンナ…その」
[アロマ]を簡単に他人には使うなと言われていたのに、破っちゃったと小さな声で呟くと、カンナはニーナの頭をぽんと優しく叩き、笑いかける。
「いいよ。それよりもくとさん、早く飲んでください。すいさんの為に」
くとごんは、すいりんが持っているティーカップに手を伸ばす。
飲み頃の温度になっているため、すぐに口に運ぶことが出来た。
1口飲み干すと、くらくらしていた頭がすっきりし始める。
2口目を飲み干すと、あんなに出血していたのが嘘のように身体が軽い。
「すごいな、これ」
「すごいのはお茶じゃなくて、ニーナちゃんのスキルだ」
一部始終を見ていたれでーは、ニーナのスキル[アロマ]の能力のすごさを存分に体験していた。
スキルを発動すると現れる材料、現実世界のアロマの効果を越えた[アロマ]。
「ポーションを越えた、回復手段だぜ。それ」
今の現状では、喉から手が出るほど欲しいスキル。
これがあれば、一攫千金も夢じゃないと考える人も出てくるだろう。
「ニーナを悪用しようっていうなら、今ここで斬りますよ」
カンナは、まっすぐれでーの目を見ながら剣先を向ける。
大切な人を守るために、自分の手を血に染める覚悟をした目だ。
れでーは両手を上げ、そんなことはしないと言葉を返す。
「ただ、使う場所を選ばないと大変なことになるって忠告したかっただけだよ」
「それは、すでにニーナはわかってる。わかっててニーナは使ったんだ」
カンナの言葉にすいりんは反応する。
自分がニーナに助けを求めてしまったから、ニーナはスキルを使うはめになったのだと、すいりんは自分を責める。
「すいさん、気にしないでください」
ニーナは、すいりんの横に座り目線を合わせながら、笑いかける。
「すいさんのくとさんを救いたい気持ち、私わかります。私だってカンナが同じようになったら、藁にもすがる思いで声をかけますもん。…だって、大切な人だから」
「ニーナちゃん…」
「それに、すいさんもくとさんも…きっと誰にも言いませんもん」
ニーナの言葉にくとごんもすいりんも頷く。
その様子に満足したニーナは、カンナの方に身体の向きをかえ、剣をしまうように声をかける。
ニーナが言うならと、カンナはすぐに剣をしまう。
「俺のために、本当にありがとうニーナ。れでーはニーナを悪用する奴じゃない、俺が保証する」
くとごんの言葉にれでーは頷き、悪用なんてしないと誓うとはっきりと言葉に出した。
更に、ここにはいないパーティーメンバーにも話したりしないし、上手く誤魔化しておくと約束した。
その言葉を聞いたカンナは、ようやくれでーを信じ、よろしくお願いしますと頭を下げた。
どうにか丸く収まったかなっと感じたニーナは、カンナの腕を掴み、帰ろうと声をかける。
れでーも残りのパーティーメンバーを探してくると、家から出ていく。
残されたくとごんは、すいりんの身体を引き寄せしっかりと抱き締めた。
「…心配かけて、ごめん。すい」
「ごめんじゃないよ、くと…」
涙を流しながら、すいりんはくとごんに笑いかける。
くとごんも、すいりんに笑顔を返して「ありがとう」と囁く。
そして、そっとすいりんに口づけるのだった。