笑顔 2.
「イッチー、昼休み終わるよ。教室戻ろー」
他のクラスメイトと話していた藤堂が、蓮の左側から長い腕を伸ばし強引に肩を組んだ。
「重い! 離せ!」
蓮は左腕を曲げ、藤堂の右肩に後ろから腕を絡ませるように置くと、前傾姿勢になりながら下方向へ力を加えた。
「痛い痛いっ! イッチー痛いよー」
「藤堂、うざい」
「もー、イッチーたらぁ」
僕は、へらへらと笑っている藤堂に聞いた。
「藤堂は高校でもサッカーするの?」
「よくぞ聞いてくれた! りょーちん! 俺は、高校行ったらバレー部に入る!」
「はぁー? バレー?」
腰に手をあて誇らしげに言う藤堂に、蓮は驚いた顔を向ける。僕は、ふとあることを思い出した。
「藤堂、まさかとは思うけど……マンガの影響じゃ、ないよね?」
「そそ。よく分かったねー」
「マンガかよっ!」
二年のとき、藤堂がいきなり真面目な顔をして、「俺、サッカー部辞めてバスケ部入るわ」と言ったことがあった。そのときの藤堂の手には、バスケットボールを題材にしたマンガが、しっかりと握れられていた。そして、藤堂の傍らにあった口の開いた鞄の中には、そのマンガが数巻、詰め込まれていた。
「これからは、バレーボールの時代だよ! 俺は、中くらいの巨人になるっ!」
「中くらいって……」
それを言うなら、小さなでしょ! と言い掛けたところで、あー! と納得した。小さな巨人とは、藤堂が今ハマっている、バレーボールを題材にしたマンガの主人公が憧れている、小柄なエースのことだ。藤堂は、特に小柄というわけでもないし、バレーをするうえで、決して長身というわけでもない。それで、中くらいという意味なのだろう。確かに、藤堂のすらりとした長い手足は、サッカーよりもバレーのほうが似合っているような気もする。
嬉しそうに話す藤堂に、蓮は冷たい視線を送り、吐き捨てるように言った。
「今も昔もサッカーの時代なんだよっ!」
「それ、イッチーがサッカーばかなだけでしょー」
「ばかはおめぇだっ!」
「ひっでぇー」
嬉しそうな藤堂の声に、被せるようにしてチャイムが鳴る。
「じゃ教室、戻るわ」
「うん」
右手を上げた蓮に向かって、同じように右手を上げて返した。
「りょーちん、まっ、たねー」
指をいっぱいに開いて手を振る藤堂。それに釣られるように、僕も上げていた右手をひらひらと左右に振る。
二人はチャイムの音を背中に受けながら、教室を出て行った。