表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

笑顔 1.

 中学三年の夏。部活を引退した。それから僕は、とにかく勉強をした。一人になったとき、余計なことを考えなくて済むよう、ただ体を疲れさせるためだけにしていた自主練。その代わりに、勉強をしているだけだった。


「お前、高校でもサッカー続けんの?」

 

 窓の手すりに、もたれかかるように両肘を置いている蓮が、こちらへ顔を向けた。蓮の顔には、太陽が作った濃い影ができている。


「んーん。やんない」


 僕は、すぐに答えた。


「そか」


「中学でも、サッカーやるつもりなかったんだけどね。蓮と一緒のチームでプレーしたかったから」


「なんだそれ」


 蓮が、鼻の奥でふっと笑う。


「蓮は、続けるんでしょ? サッカー」


「おー。もち」


 蓮は、すぐに答えた。


「でも、まぁ、高校受かったらの話なんだけどな」


 そう言って口を大きく開けて笑った。

 九月になり、少しだけ斜めに差し込むようになった日差しは、まだジリジリと僕たちの肌を焼こうとしている。蓮は目を細めながら、あっちぃなー、と外に向かってつぶやいた。蓮の目は、どこか遠くを見ているように見えた。



 小学生のとき、僕と蓮はそれぞれ別のサッカー少年団に所属していた。練習試合や公式戦で顔を合わすうちに、僕たちは仲良くなった。

 負けん気が強く、がむしゃらにプレーする子が多い中で、蓮からは、力みが感じられなかった。重力を感じない別次元でプレーしている蓮の姿を、フィールドに映し出しているようだった。僕の目には、蓮がひらひらと舞っているように見えていた。

 蓮が走れば、ボールは吸い寄せられるように蓮の足元へ戻ってくる。蓮が蹴ったボールは、フィールドに印が付けられているみたいに、迷わずそこへ向かっていく。蓮が止まれば、ボールは磁石でも付いているかのように蓮の足から離れようとしない。蓮が持つボールは、常にゴールと見えない糸で繋がっているみたいに、するするとゴールへとたぐり寄せられていく。僕は、そんな蓮のプレーが大好きだった。


 少年団に所属している子は、幼いながらに夢や目標を持っていた。レギュラーになりたい、ゴールを決めたい、全国へ行きたい、プロになりたい……みんな何かしら夢や目標を持っていた。すぐに達成できそうなものから、自分の好きなサッカー選手自身になりたいという、とても叶わないような夢まであった。

 学年が上がるごとに、みんなの夢や目標は、漠然(ばくぜん)としたものから現実的なものへと変わっていった。ただ、僕だけは、何も変わらなかった。サッカーが好き。楽しい。ただそれだけだった。周りの子のサッカーに対する思いと、僕のサッカーに対する思いとの間にある(へだ)たりは、いつの間にか大きく広がっていった。その隔たりは、うすうす感じていた、夢や目標へ向かって、一生懸命努力している子たちと、同じ場所に居てはいけないんじゃないか、という思いを、より強くさせた。

 お前は空っぽだ。そう突きつけられているように感じた。

 

 いつの間にか僕は、サッカーが好きだという気持ちさえも、本当なのか分からなくなっていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ