笑顔 1.
中学三年の夏。部活を引退した。それから僕は、とにかく勉強をした。一人になったとき、余計なことを考えなくて済むよう、ただ体を疲れさせるためだけにしていた自主練。その代わりに、勉強をしているだけだった。
「お前、高校でもサッカー続けんの?」
窓の手すりに、もたれかかるように両肘を置いている蓮が、こちらへ顔を向けた。蓮の顔には、太陽が作った濃い影ができている。
「んーん。やんない」
僕は、すぐに答えた。
「そか」
「中学でも、サッカーやるつもりなかったんだけどね。蓮と一緒のチームでプレーしたかったから」
「なんだそれ」
蓮が、鼻の奥でふっと笑う。
「蓮は、続けるんでしょ? サッカー」
「おー。もち」
蓮は、すぐに答えた。
「でも、まぁ、高校受かったらの話なんだけどな」
そう言って口を大きく開けて笑った。
九月になり、少しだけ斜めに差し込むようになった日差しは、まだジリジリと僕たちの肌を焼こうとしている。蓮は目を細めながら、あっちぃなー、と外に向かってつぶやいた。蓮の目は、どこか遠くを見ているように見えた。
小学生のとき、僕と蓮はそれぞれ別のサッカー少年団に所属していた。練習試合や公式戦で顔を合わすうちに、僕たちは仲良くなった。
負けん気が強く、がむしゃらにプレーする子が多い中で、蓮からは、力みが感じられなかった。重力を感じない別次元でプレーしている蓮の姿を、フィールドに映し出しているようだった。僕の目には、蓮がひらひらと舞っているように見えていた。
蓮が走れば、ボールは吸い寄せられるように蓮の足元へ戻ってくる。蓮が蹴ったボールは、フィールドに印が付けられているみたいに、迷わずそこへ向かっていく。蓮が止まれば、ボールは磁石でも付いているかのように蓮の足から離れようとしない。蓮が持つボールは、常にゴールと見えない糸で繋がっているみたいに、するするとゴールへとたぐり寄せられていく。僕は、そんな蓮のプレーが大好きだった。
少年団に所属している子は、幼いながらに夢や目標を持っていた。レギュラーになりたい、ゴールを決めたい、全国へ行きたい、プロになりたい……みんな何かしら夢や目標を持っていた。すぐに達成できそうなものから、自分の好きなサッカー選手自身になりたいという、とても叶わないような夢まであった。
学年が上がるごとに、みんなの夢や目標は、漠然としたものから現実的なものへと変わっていった。ただ、僕だけは、何も変わらなかった。サッカーが好き。楽しい。ただそれだけだった。周りの子のサッカーに対する思いと、僕のサッカーに対する思いとの間にある隔たりは、いつの間にか大きく広がっていった。その隔たりは、うすうす感じていた、夢や目標へ向かって、一生懸命努力している子たちと、同じ場所に居てはいけないんじゃないか、という思いを、より強くさせた。
お前は空っぽだ。そう突きつけられているように感じた。
いつの間にか僕は、サッカーが好きだという気持ちさえも、本当なのか分からなくなっていった。