第13話 自殺クラブ~潜入せよ、真実の檻へ(1)~
鷹見は蜂ケ崎の画像をホワイトボードに投影し、それを指で小突きながら話し始めた。
「蜂ケ崎は、七湊の義体工場の営業部長。基本的な勤務場所は工場になるわけだ。
外回りで出かけることがあろうとも、機密情報なんかは工場の中にあるわけだよね」
ゆっくりと、言い聞かせるように説明を始める。俺はソファに座りながらそれを見ている。
「いま、怪しいのは蜂ケ崎だ。人体実験に関わっている可能性が高い。証拠となるデータを持ってるかも」
「そうだな」
「そしてそのデータはきっと工場の中のコンピュータにある」
「かもな」
「それを発見できたならこれ以上ない証拠になるよね」
「ああ」
「と、いうわけで」
鷹見は一端言葉を切り、腰に手を当て、正々堂々と宣言するように言う。
「矢守、ビクトリア社の七湊工場に忍び込もう。そして人体実験のデータを探し、あるならそいつを手に入れよう!」
「……本気かお前?」
「うん」
鷹見はあっさりと頷き、
「忍び込むって言っても、人体実験のデータをコピーしに行くだけだよ。ただのそれだけさ」
あっけらかんと言ってのけた。
だが俺はどこかに侵入する相談なんて生まれて初めてだ。
何しろこれまでの俺は、善良な一般市民だった。
真実を知るために法のラインのギリギリを攻めたり、法のラインをまたぎ超えるなんてのは、考えもしなかった。
真実を知らなくても生きていけたからだ。
それはまずいんじゃないかと思う。
しかしそもそもを考えれば、俺が救われたのも、鷹見が危険を冒して俺を助けてくれたからだ。
依頼人のために全力を尽くすのが探偵の仕事なら、少々のグレーゾーンを超えることも必要なのかもしれない。
今の俺は探偵助手だ。
――やるしかあるまい。それしか道がないならば。
「鷹見」
「ん?」
「……侵入するっつったって、どうするんだ。すんなり入らせてくれるとは思えないぞ」
鷹見はニヤリと笑い、情報端末を起動させる。
「結構あっさりやる気になってくれたね」
「俺はお前の助手だからな。お前を補佐しないといけない。それにお前は、金目の物を盗んだり、罪のない誰かを傷つけたりしないって信じてる。
これはあくまで真実を知るための行動だろ」
「ふふ。信頼してくれてありがと。君のそういうとこわりと好きだよ」
鷹見が情報端末で呼び出したのは、七湊の義体工場の外観だ。
「これが工場。ここのコンピュータの中に、人体実験のデータがないか探りに行きたい。
ただ侵入経路がわからないから、まずはそれを調べに行く。つまり下調べが必要だね」
「下調べというと?」
「建物の周りは森になってる。まずはこの森まで行って、偵察機を飛ばして様子を探る」
矢守は立ち上がり、事務所のデスクの中から大きめの虫のようなものを取り出す。
「何だそれ」
「探偵道具のひとつ。空を飛ばして遠隔で様子を探れる優れものさ。
遠隔操作型超小型ドローン。その名も“レディバグ”」
それはテントウムシの形をしていた。灰色で、消しゴムくらいの大きさだ。実際のテントウムシよりやや大きい。
「便利なモン持ってんなァ……」
「探偵だからね。こいつは携帯端末で操縦できるんだけど、
ここから工場まで飛ばすってのはできなくてね。工場の傍まで寄らないとならない」
「ああ、有効範囲があるのか」
「携帯端末から、およそ500メートルが操縦可能範囲になってる。少しずつ移動しながら探ることになるね。
こいつで侵入経路を見つけ出す。じっくり観察したら、侵入させてもらおう」
◆◆◆
ビクトリア七湊工場。
街の中心部から南に直進した、山合いの森の中にある義体の製造工場だ。
俺と鷹見は直接入口からは入らず、まず周囲の森に足を踏み入れる。道なき道をしばらく進むと、工場の側面のカベが見えてきた。
木々の間に身を隠すようにし、俺と鷹見はしゃがみこむ。鷹見が懐から“レディバグ”を取り出す。
「この木からは近寄らないようにね。多分だけど工場のカベには監視カメラか何かが設置されてる。近づくとバレるかも。
よーし行け、レディバグちゃん」
“レディバグ”はブゥンと音を立てて空中へ飛び上がり、そのまま工場めがけて飛んでいって見えなくなる。
携帯端末を見てみると、レディバグを通じて見える景色が映し出されている。工場の白い壁。黒い監視カメラ。丸い窓。
鷹見は立ち上がり、少しずつ歩き出す。
「やっぱ監視カメラあるね。こっち側は厳しいかな。移動しながら見ていこう」
俺と鷹見は反時計回りにぐるりと建物を一周する。
工場は正方形の形に近い。無機質な白い壁を見つめていると圧迫感を覚えた。
南側へ回り込むと、そこは大きな搬入口となっており、トラックが忙しなく行き交っていた。
「へえ、あそこからトラックが荷物を運び入れるわけか」
「もうちょい近づけそうだね。行けるところまで近づいてみよう」
まばらに生えている木を盾にし、可能な限り搬入口に接近する。“レディバグ”は監視カメラに引っかからないように慎重に接近していった。
「へぇ……すごいな。ああやって荷物を運び入れてるんだ」
搬入口の中をじっくりと観察することができた。
トラックには誰も乗っていない。自動運転車だ。荷物を運び入れる作業員もいなかった。
トラックの荷台が自動的に開く。そこに積んである荷物には車輪がついており、自動的に降りていって自分から搬入されていくのだ。
「簡単なロボットになってるんだ。全自動化されてるんだね。荷物も自分で勝手に降りて、勝手に建物に入っていく」
「すげぇな」
「大きい工場じゃ珍しくないやり方らしいね」
荷物が全て降りきった空っぽのトラックは、搬入口を移動し、出口側へ移動する。そして列をなしてゆっくりと出口から出ていった。
鷹見が「あ」と声を上げた。
「矢守。搬入口の、トラックが出て行く出口の近くには監視カメラが無いみたい」
「本当か?!」
「よく見えるよ。どうせトラックが出て行くだけだし、取り付けてないのかもね」
「そこからなら侵入できるってわけか」
「ただ、普通にそこを目指してスタスタ歩くわけにはいかないね」
搬入口の入口そのものには監視カメラが設置されている。迂闊に近づいたら確実にバレてしまう。
「どうする? ここからは近づけない」
「ふむ」
鷹見は顎に手を当てて考え込むが、やがて眉を上げて「それならさ」と提案してくる。
「ひとつアイデア思いついた。近づけないなら近づかなきゃいい。別のルートからあそこへ入り込む」
◆◆◆
俺と鷹見は工場をぐるりと一周し、しっかりと観察する。
無防備なのは搬入口のトラック出口側のみであること、壁にはしっかりと監視カメラが設置されていることが改めて分かった。
そこで調査は一端打ち切り、二人で事務所へ戻る。
「侵入は今夜にしよう」と鷹見が提案してきた。俺も賛成する。善は急げというし、一刻も早くこの事件を解決したかった。
夕方になるまで、俺と鷹見は打ち合わせを行った。
どうやって工場に入るか。
入った後はどう動くのか。
動き方、目当てのものを見つけた後について、脱出の仕方。
細かく鷹見に質問し、意識を共有し、肝心なことは俺も携帯端末にメモしていく。
そして、夜になった。
俺と鷹見は再び工場の近くへやってくる。無論、工場へ侵入するためだ。
だが工場には近づかない。近くの道路の脇で、二人で待機する。
「ここが肝心だよ、矢守。うまくやってね」
「努力する。お前もドジ踏むなよ」
「……ねえ、矢守」
鷹見が空を見ながら言う。
「この事件が、うまいこと解決したらさ、また……」
「……また、何だ?」
「いや、やっぱ何でもない」
照れくさそうに言葉を濁した。だが途中で言葉を打ち切られると気になってくる。
「なんだよ。言えよ」
「いい、後で言う」
「言えって。途中でやめられると気になるだろ」
「いいの! 大したことじゃないし! ――ほら、来たよ!」
耳を澄ますと、車の走行音が聞こえた。見ると、道路の遥か遠くから眩いヘッドライトの閃光が目に入った。
ブオオオオン、と重い音を立てて工場へ向かうトラックが走ってくる。1台ではなく数台連なっている。
先頭のトラックはやがてスピードを落とし、道路の途中で停止した。後ろも続いて止まる。
工場の手前にある信号が赤になったのだ。
「オッケー! うまいこと停まった! 後ろに忍び込むよ!」
「よしきた」
俺と鷹見は一番後続のトラックの荷台へ回り込む。俺が荷台の観音式扉に貼り付きながら、力ずくでこじ開ける。すると人一人分の隙間が空いた。
「よし、入れ!」
「ありがと、矢守!」
鷹見が荷台に乗った後、俺も続いて中に入り、扉を閉める。
「やっぱりだ。この形のトラックはちょっと古い型式になってるはずだから、こじ開けることができるんだよね。うまくいって良かった」
「後はこのままトラックに乗り続けて、搬入口の中まで行けばいいな。荷物が下りきって、トラックが出口近くまで移動したら荷台から降りればいいってわけだな」
「ふふん。完璧だね」
これが鷹見の作戦だった。
信号待ちで停まったトラックに乗り込み、荷台に入って、搬入口まで運んでもらう。
監視カメラに引っ掛からず、搬入ゲートを超える手段だった。




