第5話
太陽がのぼり、とてもまぶしい光が差し街をきらめかせる。
ここはミメルト王国の王宮。
その妃の部屋である。
そこでメイド長に衣装を着せられている獣人の女性、エテリア。
今、着ているのは薄い紫のドレスだ。
「おい、動きにくいぞ……これ」
「陛下の側を歩かれるのです、これぐらいの格好をしていただかなければ……」
すると、ふいにビリビリとドレスの太ももの部分を両手でやぶり始めるエテリア。
下着しか着ていなかったときと比べて、動きにくいのも当然である。
「ぎゃあああ!なんてことを!」
メイド長が叫ぶのも当然である。
そのドレスは上流階級の貴族が身にまとうもの、当然高級品だ。
しかし、その高級なドレスはエテリアという獣娘を前に敗れ去った。
そこへ、アレスが扉をコンコンとノックする。
「メイド長、エテリア。準備はできたか?」
メイド長は「どうぞ、お入りください……」と続けたあと
救いを求める目でアレスを上目遣いで見た。
アレスは最初に状況がわからなかったが、
エテリアがドレスの太ももから足元までの部分を破り
「これでもまだ動きづらいな……」
といっている姿を見て状況を察した途端、笑いが込み上げてきた。
軽く笑った後、アレスは
「メイド長、貴族のものではなく一般の衣装はあるか?」
………
……
…
城下町に出たアレスとエテリア、アレスの後ろをエテリアが歩き
不思議そうに周りを見渡している。
エテリアの衣装は露出の多い茶色の革のビスチェに短い白いスカート。
彼女本人が動きやすいと納得してくれたのでこれに決まった。
「エテリアはずっとあの森にいたのか?」
「あぁ、私は外の世界に出たことがないし興味もなかった」
キョロキョロと周囲を見回しているエテリア、その耳、尻尾がふりふりと揺れている。
城下町の庶民も獣人を見るのは珍しく、エテリアの……特に尻尾に注目がいく。
しかし、エテリア本人はまったく気にせず辺りを見回している。
森から出たことがなかったエテリアにとって、全てが新鮮に見えるのだ。
いつもの商店街を通る途中、果物屋のおばさんから声をかけられた、
気持ちが高まっているのか手を振っている。
「ちょいと、旦那様!」
エテリアが後ろについてきながら、アレスは果物屋のおばさんと話す。
「とうとう決まったのかい!?……しっかし、獣人の子なんて珍しいねぇ」
「いや、その……いろいろあってね」
すっかりその気になっている果物屋のおばさんは、アレスとエテリアを交互に見ながら
ニヤニヤと笑っていた。
それに対して、エテリアには会話の意味がわからない。
「なんの話をしているんだ?」
「はぁー!近くで見るとベッピンさんだねぇ!……貴族の女どもに負けるんじゃないよ」
頭の上に疑問符を浮かべているエテリア、そこへ小さい子供たちがやってきて
アレスの手を引っ張った。
「お兄ちゃん、いつもみたいに遊んでよ!」
「わぁ、尻尾があるー!」
6歳ぐらいの少年と少女に声をかけられ、アレスはそのまま子供たちに連れていかれ
果物屋から少し離れた広場で縄跳びをすることになった。
「……」
_わぁ、尻尾がある_
その言葉が気になったエテリア。
眉間にしわを寄せ、考え事をしていた。
エテリアの不穏な空気を察した果物屋のおばさんは、独り言のように語り始めた。
「昔は獣人追放や差別なんていうものがあったから、この街から獣人は
みんな追い出されてしまったけどねぇ、アレス陛下がその構造を変えてくれたんだよ」
腕を組んで立っているエテリアはアレスの方を見ながら横目でおばさんを見ていた。
淡々と語り続けるおばさんは、続けて語った。
「前国王のエギル・ミメルト陛下は獣人の追放や取り締まりが厳しかった。
それに庶民よりも貴族優先だったから大変だったんだよぉ。
アレス陛下が即位してからすべて変わったけどね」
「そんなに、すごいのか……?」
エテリアが感嘆する。
「差別の撤廃、貴族優先制度の廃止、一人ひとりの人々を大事に扱う。
そんな王国にしてくれたのは、誰でもないアレス・ミメルト国王陛下なんだよ」
真剣な話をしているエテリアとおばさんだが、
広場ではアレスが縄跳びの縄に引っかかり、子供たちにダメ出しされている。
そして、とても楽しそうに笑っていた。
鎧もマントも脱いでいないアレスにとって縄跳びは少し難しかった。
その姿を見たエテリアの眉間のしわは、そっと消えていった。
じーっと、アレスの笑顔を見つめている。
縄跳びを終えたアレスはこちらにその笑顔を向けて、手を振っている。
その笑顔を見たエテリアは何か、心にときめくものを感じ視線をそらした。
「エテリア、そろそろ行かないかー!」
子供たちに礼をし、子供たちもアレスに礼をすると手を振って広場を去って
アレスはエテリアのほうに歩いてきた。
果物屋のおばさんは最後にエテリアにリンゴを渡した。
「……?いいのか?」
「餞別ってやつだよ、もっていきな」
「さぁ、次のところに行こう」
リンゴを握りしめたエテリア。
アレスはエテリアの手を握り、次の場所に連れて行こうとするが
握った手を振り払われる。
「さ、さわるな!お前に引っ張られなくても歩ける」
手を振り払ったエテリアは商店街の奥へと歩き始める、
クスクスと笑うおばさん。
しかし、エテリアは街がどういう構造なのかわからない。
まるで森の中へ迷い込んだ小動物だ。
「お、おい。どこへ行けばいいんだ!?」
苦笑しながら、アレスはエテリアの方へと歩いていく。
振り返ったアレスはおばさんに
「ありがとう」
と一言、告げると
「がんばるんだよぉー!」
とおばさんは叫んだ。
果物屋を後にしたアレスとエテリア。
エテリアは先ほどもらったリンゴを片手にいい音をたてながら
丸かじりしている。
「そのリンゴ、おばさんにもらったのか?」
「別に、欲しいと言ったわけじゃない」
「……そっか」
思わずクスッとアレスは笑ってしまった。
「な、何がおかしい……!」
「いや、なんでもないさ」
商店街の出口付近にある酒場で立ち止まるアレス。
「いきなり止まるな」
「エテリア、お腹空いてるだろう?ここに寄っていこう」
先ほどまでエテリアが食べていたリンゴはもう影も形も残っていなかった。
どうやら種も含めて食べてしまったらしい。
残っているのはリンゴの汁が付いた手と口だけ。
アレスはエテリアを連れて酒場へと入った。
この街ではそれなりに有名な酒場だ、昼と夜でメニューが違う。
酒の類は夜しか出してくれない。
昼に酒を飲むのはやけ酒の場合が多いという国王陛下の決まりらしい。(すっとぼけ)
座席に座るアレスとエテリア、もう夕方になりかけている時間だが
まだ夜ではないので酒は出してくれない。
というか、そもそもアレスは酒を飲まない、おそらくこれからも。
もちろん、エテリアにも酒を飲ませる気はない。
「いらっしゃ……あぁ、旦那様!いらっしゃいませ!」
「やぁ」
威勢とガタイのいい声の店主が白いエプロンに帽子をかぶって挨拶にきた。
それに対してアレスは軽く対応する。
店には数人だけ先客がいる、お年寄りが多いようだ。
紅茶を飲んでいたみたいだが、その手を止めて
やはり、エテリアの方をじっと見ている。
_あの尻尾と耳は……獣人だ_
と、いわんばかりに。
「お連れの方がいるとは……で、何にします?」
何も気にせず、アレスは平べったい長方形のメニューを取ると……。
「この、ブロッコリーとえびのシチューを二人分頼む」
「かしこまりました」
厨房へと入っていく店主、後は料理が来るのを待つだけだ。
「なぁ……この後なにが始まるんだ?」
「なに、ちょっとしたテストだよ」
エテリアはテーブルの上にひじをついて疑問符をまた浮かべていた。
客も少ないし、店員が厨房に一人いるが見たところ忙しい感じではなかった。
料理もすぐ来るだろうと思っていたら、数分で店主が自ら料理を運んできた。
「はい、おまちどうさまです」
アレスとエテリアの前にシチューが二人分並ぶ。
中央にエビと周りを囲むように小さなブロッコリーが添えられたシチュー。
「こ、こいつは……!」
エテリアが少し警戒した後、アレスを見る。
「おいしいから、食べてごらん」
ニコニコしながらアレスはエテリアにシチューを勧める。
ぎこちない動きの手でスプーンをグッと握ると
顔を少し近づけてそっとすくいあげて、息を吹きかけ冷ましてから
食べた。
「んん!おいひい!」
目をきらきらさせながらシチューをむさぼるエテリアに
かわいらしさを感じて吹き出してしまったアレス。
幸いなことにまだアレスはシチューを食べていなかった。
店主は少し疑問に思い。
「獣人みたいだけど、田舎の子かい?」
と、たずねてきたが
「まぁ、そんなところだ」
と、アレスは返した。
シチューを食べ終わった二人。
そこで何かを思い出した店主は、
「あ、そうだ」
といって厨房に戻ると、二人のテーブルに戻ってきた。
「これ、サービスね」
丸い緑色の小さな球体。エメラルドのように輝く、飴玉だ。
「なんだこれは……?」
不思議そうに緑色の飴を見つめているエテリア。
アレスが見本を見せるために口に含んで舐めて食べると
エテリアに教えた。
するとエテリアも口に飴を含んだとたん
「おい、これおいし……」
エテリアが叫んだ勢いで飴がアレスの顔に砲弾のように当たる。
「あ痛っ!」
「あっはっは!」
額に飴玉が当たったアレスに対し店主が豪快に笑う。
砲弾の弾丸は当たらなくても、エテリアの飴はアレスに当たるらしい。
そして代金を払った後、二人は店を後にした。
店から出るときに、店主に小さな声で
「幸せにな」
と一言いわれた。
………
……
…
もう夕方だ、時間がすぎるのは早いと思いつつ
アレスは夕日を見つめていた。
「この後は、この先に行けばいいのか?」
「いや、ここから先は城下町の出入り口だ」
また商店街を通って城に帰ることになる。
来た道を戻るアレスとエテリア、
そこに一人のローブを着た大柄の男がすれ違った。
瞬時に、エテリアがその男を呼び止める。
「……おい、待て!」
大柄のローブを着た男が立ち止まる。
年齢は50代ぐらいだろうか、年相応老けた顔をしている。
「私に何か……?」
「お前、あの時の……」
大柄の男は少し驚いた顔でエテリアを見る。
「どうした、エテリ……ブラムスと知り合いなのか?」
駆け寄ったアレスが立ち止まる。
「陛下……このようなところでお会いするとは」
「その呼び方は、ここではやめろ」
失礼しました旦那様と、一言いって謝罪をすると
ブラムスと呼ばれた男は事情を説明しはじめた。
「私はブラムス・ドレゴン。学者をしています。
獣人の少女と出会ったのは10年ほど前です。
そのころ、放浪の旅を続けていた私は
森で、銀髪の少女の姿をした通り魔が出るという話を聞いて
調査に出ました」
うつむいて、じっと地面を見るエテリア。
「通り魔……?」
「……昔の、私のことだ」
ブラムスは少し言いづらそうに話を続ける。
「私は銀髪の少女を説得し、洞窟に作っておいた
住居を与え、その場を去りました」
「それが、エテリア……」
話が続く。
「旦那様、お知り合いだったんですね」
「最近、だがな」
「……それと、これは重大な情報なのですが
巨人兵の正体が判明しました。
どうやら帝国の庶民を素材に錬金術で作られているもようです」
「何……!?」
アレスとエテリアが同時に驚いた表情を浮かべる。
「ミメルトとガストラルが建国される前の、タリアス共和国時代の
錬金術だと思われます、おそらく相手は……」
そこまで話した途中に遠くから男の声で叫ぶ声が聞こえてきた。
「大変だ!子供が水路に!!」
「なんだって!?」
ブラムスに一言
「すまない、ブラムス。また!」
と告げたアレスは商店街の水路のほうに走り出し、
エテリアはそのあとを追った。
デートですね、エテリアがとても可愛いです。
しかし、最後の最後で子供が水路に……。
この後どうなってしまうのでしょうか?
次回へ続く。