第3話
時刻は夜、場所はガストラル帝国の暗殺部隊総長のジラボック・グーファンの部屋。
王座に足を組んで座る細身の男は、手に黄色い液体のついたナイフをにやにやしながら見つめていた。
その男の王座の前でひざまずいている貴族の女が一人。
貴族の女は体中が傷だらけで血を流している。その傷には黄色い液体が垂れるほど付着していて
顔を赤らめて、こう言った。
「お願いしますジラボック様、そのナイフでもっと切り刻んでくださいまし」
「ふふっふ、ククク。いいよ」
ジラボックと呼ばれた男は玉座から立ち上がると、女のアゴを片手の平で軽く持ち上げた後
手持ちのナイフで貴族の女の首をスッと切った。深く切り口を入れた所為で血しぶきが飛び散る。
しかし、女はとても満足そうで恍惚な笑みを浮かべながら絶命した。
ナイフについた血をペロリと舐める、深い海のような青い髪の毛に返り血がついた
ジラボックは、またにやりと笑う。
「貴族の女は戦争で役に立たないからねぇ、使い道があってよかったね?ははは!」
そこへ、髪の毛のないローブを着た男、トーレイ・ルイドが忍び寄るように歩いてくる。
「ご機嫌だな、ジラボック」
「あぁ、トーレイ。いやぁ~この媚薬最高だね!
嫌がる女を切り刻んで殺すのも楽しいけど、みんな嬉しそうに自分からボクのナイフを
求めてくるんだ」
床の白いカーペットは女の死体と血で赤く染まっていく。
トーレイは嬉しそうな顔をしながら話し始めた。
「皇帝陛下からの連絡だ、ある娘を殺すためにお前の部下を数人借りたい」
玉座でひじをついていたジラボックは前のめりに顔を出し、楽し気に
「女の子?いくつ?どこに住んでるの?」
青い髪を片手で掻き上げながら叫ぶ。
トーレイは再び口を開く。
「たしかに女だが、真っ向勝負すればお前のかなう相手ではない」
その言葉に少しイラッとしたジラボックだったが、感嘆した。
「へぇ、ボクが相手にならないほど強いんだその子。
皇帝陛下の命令なら仕方ないね。3人ぐらいでいい?」
玉座から立ち上がり、貴族の女の死体の背中を踏みつけながら
ジラボックは笑う。
「それで構わない、この毒の弓矢をボウガンにつけて
撃ち込ませるだけでいい」
続けて。
殺せたなら、また生贄となる女を用意しよう。
とトーレイは話した。
………
……
…
天気のいい朝、森の動物たちも元気よく走り回っている。
お気に入りの水辺、そこでエテリアは足を組んで岩の上で座っていた。
うさぎがぴょんぴょんと跳ねて、小鹿がエテリアに近づいてきて離れようとしない。
甘えているようだ。
「ほら、よしよし」
小鹿の頭をなでるエテリア。風が舞い、草木が踊るように揺れる。
いい朝だ、そう思っていた。
ここはエテリアが縄張りにしている場所、たとえ肉食動物でも
草食動物に手を出すことは許されない、もし手を出すことがあれば
エテリアが今日の食料にするからだ。
そして、エテリアは顎に手のひらを添えて考える。
「あのくだものというのは、美味かったな。
この森にはないものだ」
だが、幼少期に食べたことがエテリアにはあった。
あれは何年前だろう、もう何十年と前に……。
それからアレスという男、あの男の笑顔が自分の目から離れなかった。
「べ、別に私はお前たちのために……」
眉間にしわを寄せ、空を見る。
そう、エテリアが戦いに参加したのは本当にうるさかったからだ、
まぎれもない事実、しかし感謝されるのは予想外だった。
そんなことを考えていたエテリアだったが、
次の瞬間、茂みの奥に殺気を感じた。
勢いのいい音とともに草むらからボウガンの矢が飛んでくる
その一撃を素手で叩き落すエテリア。
油断していた、普段なら気づくはずの距離にすでに近づかれている。
ボウガンの矢は二発目が飛んでくる
次の一撃はエテリアではなく小鹿を狙っていた。
反射的に小鹿を身を挺して守るエテリア。
肩にボウガンの矢が刺さる。
「っ!」
撃ってきた方角はわかる、動物たちが一斉に逃げ出すと同時に
エテリアは空中5メートルほど飛び上がり、茂みの中に拳を丸めた
一撃を振り下ろした。
茂みの中に隠れていた暗殺者が一人頭をつぶされ、割れたスイカのようになった。
残りは感覚でわかるが二人、その二人の暗殺者は持っていたボウガンを握りしめて
その場から逃げ出した。
エテリアは追おうとしたが、なぜだか力が入らない。
肩に刺さり貫通したボウガンの返しの部分をバキリと折ると引き抜いた。
「チッ!」
頭がフラフラする、まるで世界が回転しているようだ。
めまいがする、気持ちが悪い。ともかくねぐらまで戻らなければ
そう思ったエテリアの足は自然と洞窟まで歩き出していた。
千鳥足で歩いていくエテリアはだんだんと意識が遠くなっていくのを感じた。
今日も様子を見に、アレスは上級騎士の鎧とマントを着て
エテリアに会いに来た、しかし様子がおかしい。
水辺を通るアレス。これは血の匂いだ。
茂みの中を見る、頭をつぶされた紫色のローブをまとう帝国のエンブレムの入った
男が死んでいる。その手にはボウガンが握られていた。
そして水辺の足元に点々と続く血の跡。
嫌な予感がする。そう感じたアレスはエテリアのねぐら、あの洞窟へと走った。
アレスが到着したときは、すでにエテリアは洞窟の前で倒れていた。
「エテリアっ!」
状況は呑み込めないが、とにかく手当てが必要だった。
様子を見るに先ほどの暗殺者のローブを着ていた男が関係しているのだろう。
エテリアの頭と膝に両手を使って抱き上げるそして洞窟の奥まで
勝手に入った。
洞窟の中は、床に敷かれたカーペットがあった。
血の匂いが濃い。こんな場所でいつもエテリアは生活していたのかと
考えさせられる。
茶色のカーペットの上にエテリアをそっと寝かせると、アレスは
エテリアの名前を呼んだ、だが動く気配はない。
死んではいないが、呼吸が乱れている。熱も出しているようだ。
肩に空いた穴と血と、それから紫色の付着した液体。
懐からアレスはハンカチを取り出すと液体をふき取り
自分のマントをビリビリと破り、エテリアの傷口を一度止血した。
何かの毒薬であるのは確かだが、アレスには医学の知識は無かった。
頼りになるとすれば……。
「すまないエテリア、すぐ戻る!」
そういってねぐらからアレスは走り出した。
………
……
…
10年前、まだエテリアが幼かった時だ。
父親と母親に手をつながれ、帝国の城下町を歩いていた。
父親のダグラスは獣人ではあるが帝国では特別に扱われ、それなりの地位についていた。
母親のミレーヌは人間で、ダグラスを愛し結婚した。
そして生まれたのがエテリアだった。
「パパ!今日はどこに行くの?」
「エテリアの大好きな展望台だよ」
顔は狼のような獣の顔をし、体は人間に近い体格
人柄は、お人よしな……そんな父親だった。
「エテリアは町を眺めるの、好きだったものね」
母親のミレーヌはいつも笑顔で、いつも笑いかけてくれた。
その光景を、今のエテリアが眺めている。
「これは……過去……」
次の瞬間、エテリアは頭が痛くなる。
両手で頭を抱え、ゆっくり目を開けると
そこでは大きな筒状の緑の液体の入った巨大な瓶に幼いエテリアは入れられていた。
「やめろ!トーレイ、話が違うじゃないか!
改造するなら私を使え!」
また、頭痛がする。目の前が肌が焼けるような炎に包まれ、
その炎の中心にダグラスが立っている。
「ミレーヌ!エテリアを連れて、早く!」
「あなたは!?」
「後で追いつく、さぁ、早く!」
幼いエテリアがかすれた声で「パパ!」と叫ぶが
その声が届いたころには、ダグラスは体中に矢を受けて血を流していた。
「パパ……パパ!」
むなしく、少女のエテリアの声が響いた。
帝国の城の外へ幼いエテリアを連れ出したミレーヌだったが、
飛んできた槍に腹部を貫かれてしまう。
抱きかかえていた幼いエテリアを手放してしまい、ゴロゴロと幼い
エテリアが転がる。
槍の刺さった腹部を抑えながら、ミレーヌがエテリアを心配そうに
見つめる。
「エテリア、あなただけでも、逃げて……」
「ママ、ママ……」
駆け寄る幼いエテリア。
「お前は後だ、ガキ」
追いかけてきた二人の帝国の衛兵が幼いエテリアを蹴る。
再び転がり、倒れたエテリアが次見た光景は
ミレーヌが帝国兵に槍で滅多刺しにされ絶命する瞬間だった。
その時、幼いエテリアの何かがキレた。
「や、め、ろ……やめろ!」
幼いエテリアと今のエテリアの言葉が二つ重なる。
ふと気が付くと、その衛兵の首が幼いエテリアの指の爪により
宙を舞っていた。
首のない衛兵が倒れる。
そして、幼いエテリアがその場から去っていく。
それからどれだけの時間を放浪しただろう、
幼いエテリアは目の前に見えるものすべてをなぎ倒し潰していた。
そんな時に会ったのが、ブラムスと呼ばれる学者だった。
そのブラムスという男にねぐらを用意され………。
「エテリア、エテリア!!」
どこからか声が聞こえてくる、沈んでいる意識がゆっくりと覚醒し、
目が覚める。
………
……
…
「大丈夫か、エテリア!」
「……お前、は……」
ここはエテリアのねぐら、エテリアの狭い狭いねぐら。
寝る時ぐらいしか使わないねぐら、
松明はブラムスが錬金術で作ったといっていたが
どういう原理なのかはわからない。
消えることのない火。
その火に照らし出されたのは
あのアレス・ミメルトと名乗った男だった。
私の部屋にあの男が勝手にいる。
そう思ったエテリアは吠えるように叫んだ。
「お前、勝手に……っ!」
肩が痛む、エテリアは自分がボウガンの矢で撃たれたことを思い出した。
「解毒剤はすでに塗っておいた、安静にしていれば大丈夫だろう」
肩にはアレスの破られたマントで止血され、緑の液体が塗ってある。
なんのつもりだろうか、恩でも売ったつもりか?
そう考えていたエテリアだったがアレスは心配そうに見つめていた。
「普通の人間ならとっくに死ぬ量の毒だとノレッジから聞かされた時は
焦ったよ。でも無事でよかった」
「お前の助けなど……!」
起き上がろうとするエテリアだったが、体が痛くてとてもではないが
動けない。
それを静止させようとエテリアをカーペットに戻すアレス。
「ダメだよエテリア、寝てなくちゃ」
「……」
本当に心配しているアレス。
力の入らないエテリア、こうなればただの小娘だと自分で実感している。
「私を、殺せ」
「え?」
「お前にはその権利がある、弱いものは強いものに従う
弱いものに生きる価値はない。私はそういう世界で生きてきた」
続けて
「今の私には何の力もない、お前の自由にしていい」
少し沈黙した後、アレスは声を出して笑った。
「なんだよ、それ」
「この森はそういうルールだ」
「じゃあ、俺の頼みを聞いてくれるか?」
カーペットで、弱気なエテリアをじっと見つめるアレス。
エテリアは相変わらずぶっきらぼうな話し方で
「なんだ、言ってみろ」
「今日は君の側に居させてほしい」
予想外だった、これはお願いだから。とさらに念を押され
エテリアは顔を少し赤らめながら
「勝手にしろ」
といってアレスと反対側を向いて目をつぶった。
アレスはホッと安心したように溜息をついた。
その深夜。
カシャリ、カシャリ。
外から金属が擦れ合う音が聞こえる。
暗闇から真っ赤な瞳が二つ見える。それは数を次々に増し、闇夜の影から
白い面と紫のローブに身を包んだ、カギ爪を付けた男たちがエテリアのねぐら付近まで近づいてくる。
カギ爪を鳴らしながら、ゆっくりとひそかに。
外からくる殺気を感じたアレスは睨むように洞窟の出入り口を見る。
そして、眠っているエテリアは寝相が悪いのか両手を広げて寝ている。
そんなエテリアが何かをつぶやいているのに気づいたアレスは
そっと顔を近づける。
「マ、ママ……パパ……」
エテリアの瞳からしずくがこぼれた。
そんなエテリアを見たアレスはにっこりと笑って
そのしずくを人差し指でふき取った。
「大丈夫」
自信などもとよりない、敵の数もどれだけのものかわからない
でも、それでもアレスはエテリアを守りたかった。
先ほどまでの笑顔が意を決した覚悟の瞳に変わったアレスは
帯剣していた剣を抜き、そっと洞窟の出入り口に向かう。
頭だけを出して、中を覗き見る暗殺者の一人
その暗殺者が洞窟の中を見たとき剣が飛んできた。
剣は暗殺者の頭に刺さり、走ってきたアレスが剣を引き抜いて
同時に暗殺者に蹴りを入れる。
剣を構えるアレス、すでに洞窟周辺は取り囲まれている。
「ここから先へは、行かせない!」
第3話です。
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