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5、未知の妖刀




 酒場のテーブルに下ろされた血塗れの男を見下ろし、女店主はその端正な顔に影を落とす。


「これは酷いですね……一体誰がこんな事」

「ん」


 自らに向けられたミーアの指を素早く掴みながら、ロムレスはしおらしい表情を作る。


「異世界人の手掛かりを握ってる重要人物なんです。完治とは言いませんが、せめて喋れるようにしてもらえると助かります」

「ええ、それはもちろん」


 女店主は小さな拳で豊かな胸を叩き、さっそく作業に取り掛かる。


「えいっ……よいしょ!」


 可愛らしい声と太ももギリギリミニスカナース服に似合わぬ手際のよい処置で、血まみれだった男がみるみる清潔な包帯に包まれていく。


「何この人。ただの娼婦かと思ったら意外とやるんだね」

「失礼なことを言うな!」


 何気なく呟いたミーアをロムレスは慌てて制止する。

 しかし彼の行動に、ミーアはますます大きな目に宿る疑いの色を濃くした。


「っていうかお兄さん、あの人とどういう関係? ヒモ?」

「違うわ!」

「違いますよ」


 特に気を悪くした様子もなく、女店主は男に青い液体を飲ませながら柔らかな表情を二人に向ける。


「私は彼の――そう、支援者パトロンです」

被支援者ヒモじゃん」

「ヒモじゃねぇって! 異世界人送りの援助をしてもらってるんだ」

「異世界人送り? ……えっ、まさか異世界人殺しまわってるってこと?」

「殺してるわけじゃない。ヤツらの魂を元の世界に戻してやってるんだ」

「んー? なにそれ」


 大きな目をくりくりさせながら首を傾げるミーア。

 ロムレスは悩むように視線を伏せたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「異世界人ってのは女神が作った対魔族用の生物兵器だ。ここじゃない別の世界の人間の魂をこちら側に持ってきて、スキルと呼ばれる神の奇跡を付与された物。この世界の人間の魂は神の与える奇跡に耐えられず潰れてしまうが、異世界人のそれは随分と強靭らしくてな。その上、ヤツらは神製の器を与えられている。その頑丈さはお前も目にしただろう」

「ふーん?」

「厄介なことに、ヤツらはそんな強力な力を有していながら人間としての自我も欲望も持っている。異世界人の活躍により魔王が討伐され、この世界が平和になったのも事実だ。だが今度は異世界人が我々の生活を脅かしつつある。俺はヤツらをこの世界に繋ぎ止める鎖を破壊し、元の世界に戻すために活動しているんだ」

「ほーん……」

「さては興味ないな!」


 鋭い爪をいじりながら気のない返事をするミーアに、ロムレスはため息を吐く。


「まぁ、細かいことは良い。俺が伝えたいのは異世界人との接触が極めて危険だという事。そして俺の仕事が死と隣り合わせだって事だ。もう異世界人には関わるな」


 ロムレスの言葉にミーアは片眉を上げ、露骨なまでに不機嫌そうな表情を浮かべた。

 背の高い椅子に飛び乗り、酒場のカウンターに肘をつく。


「葡萄酒」

「……なんだ?」

「お酒頼んでるの。だってここ酒場でしょ?」

「お前、怪我人がいるってのに」


 呆れるロムレスを横目に、女店主は満面の笑みを浮かべる。


「問題ありませんよ。処置は終わりましたし、ロムレスさんのためにもいっぱい稼がないと!」

「ヒモ感を醸し出す発言はやめてくださいよ……じゃあ一杯だけだぞ」

「なんの権限があってそんな事言うの? ミーアお客さんだよ? お兄さん注文してないどころかテーブル血塗れにしてんじゃん」

「うっ……そ、そういうことじゃなくてだな。俺はただヤツらの被害を少しでも減らすために」


 ロムレスは風を切る音が聞こえてくるほどの勢いで血に濡れた手を背中に隠す。既に隠し切れないほどの大きな血だまりが足元に広がっていることには気付いていないようだ。


「っていうか勘違いしないでくれますぅ? そもそも、ミーアは別にお兄さんに付きまとってるわけじゃないもん。たまたまミーアのいくとこにお兄さんがいるだけだもーん」

「あのなぁ」

「お待たせしました! 葡萄酒です」


 女店主がハツラツとした笑顔で差し出したグラスを受け取り、ミーアはそれをほんの少し口に含む。


「本当に飲んでるよ。お前がいると話ができないんだ。それ飲んだらさっさと帰れよ」

「…………」


 ミーアはグラスに口をつけたままうつむき、返事をしようとしない。

 異変を察したロムレスはゆっくりとミーアの肩に手を伸ばす。


「なぁ、聞いてるか? ……おい、大丈夫か」


 ミーアの手からグラスが転がり落ちる。

 床に広がる葡萄酒が血液と混じり合うのに視線が向く中、彼女は素早くロムレスの手を鷲掴みにし、そして。


「にゃーん♡」


 喉を鳴らしながら、頬ずりをした。

 ロムレスは石化したように動きを止め、首だけをぎこちなく女店主へ向ける。


「マタタビでも入れました?」

「ごめんなさい。出来心で」

「……ま、まぁ、かえって良かったです。これで本題に入れる」


 ロムレスは腕にミーアを引っ付かせたまま、さび付いた歯車のような動きで女店主に白い布の塊を差し出す。

 広げた布から出てきたのは、無残に折れた白銀の刃。


「この男が持っていたものです。ミスリルの剣を砕いたので、やむを得ず銃身で破壊しました」

「これは……」


 女店主は白い布に包まれた刀身を手に取る。彼女の顔が映るなり、刃が物欲しそうにギラリと光った。


「力を感じますね。それにこの形。歪曲した片刃、刃に浮かぶ特徴的な模様。ええと、確か名前は――」

「日本刀」


 そう声を上げながら店内へと足を踏み入れる男。こぼれた葡萄酒と同じ紫髪、床に広がる血だまりと同じ緋色の目。

 ロムレスは彼を見るなり怪訝そうな表情を浮かべる。


「お前……この間の」

「うんうん。上手くやったみたいだね。情報屋冥利に尽きるよ。しかもまた新たな異世界人の手がかりと遭遇とは。君は本当にツイてる」

「お前一体何者だ?」

「君に必要なのはそんな情報じゃない。それだろ?」


 男はそう言って、へし折れた剣を緋色の瞳に映す。


「リンゲンという都市を知ってるかな? 良質な鉄がよく取れ、金属工業の盛んな土地。剣や甲冑から小型のナイフまで作る伝統的な“王国の武器庫”だ。でも最近リンゲンでちょっと変わった剣が作られるようになってね。両手で扱う片刃の剣。そりゃあ、職人たちだって同じ形の剣ばかり作るのは飽きるだろう。でもこれは、既存の剣と違いすぎる。ここまで革新的で完成された剣を短時間で作り出すのは無理だ。この世界の技術ではね」


 ロムレスはハッとしたように目を見開き、それから波が引いていくように目を細める。


「情報屋ってのは情報と引き換えに対価を得る稼業だろう。なにが望みだ?」

「君を試したいのさ」

「試す?」

「……ま、余計なことは考えず僕の厚意に甘えると良いよ。少なくとも今はね」


 人のよさそうな笑みを浮かべる男。

 ロムレスは彼の真意を探るように緋色の瞳をじっとのぞき込むが、そこに映るのは疑いの色に染まった自身の顔のみ。


「嫌なら良いよ。僕は情報を伝えるだけ。それをどう咀嚼してどう使うかは君次第だ」


 男はそう言って薄笑いを浮かべる。

 まるでロムレスがこの情報に飛びつかないはずがないと確信しているような笑顔であった。


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