3、ファンタジー世界で火器をぶっ放す男
立ち込める硝煙の匂い。
男の眉間には型でくり抜いたような大穴。
「あ……?」
自らの眉間を睨むように黒目を上に向け、そのまま眼球をひっくり返し白目を剥く。
重力に引っ張られるよう後ろへ倒れこむが、後頭部を地面に叩きつけるより早く足を引いて体勢を立て直した。
「あっ……ぶないな。なんで異世界に銃があるんだ」
男はやや驚いたような表情を浮かべ、額をさする。眉間の大穴はすでに塞がっていた。
「まさかお前も異世界人か? だとしたらセンスなさすぎだよ。銃なんか出したらファンタジーが台無しだろ――うがッ!?」
呑気に話しかけてくる男に、ロムレスは容赦なく弾丸を撃ち込む。
「やめ……やめろよ! は、話聞けよ!」
ロムレスは機械的に引き金を引き、男の体に風穴をあけ続ける。
「頭おかしいのかお前!? もう良い、死ね! “スキル”!」
そう叫びながら振り上げた左手を、ロムレスは容易く撃ち落とした。
手首から吹っ飛び、転がった掌から巨大な火柱が上がる。
「アアアアアァァァァッ!? 手がっ!」
男は銃弾の雨から逃れるように鉄のベッドの陰に転がり落ちた。
次にロムレスの前に姿を現した時、銃弾により開けられた風穴はすべて塞がっていたが、その体は乾いた粘土人形のようにひび割れだらけであった。
ロムレスは再び銃を構えるが、引き金を引こうとはしない。
男の太い腕にミーアが抱えられていたからである。
「ま、待て! そんなにバカスカ撃ってると、この女に当たるぜ」
「……お前、自分の奴隷を人質にする気か?」
「そうだよ! でもこんな可愛い女の子、撃てないだろ? この娘は異世界人じゃない。そんな大口径の弾、まともに当たれば助からないぞ」
「本当に異世界人ってのは勝手なヤツばかりだな。反吐が出る」
悪態をつきながらも、ロムレスはトリガーを引こうとはしない。
にらみ合う両者。やがてロムレスが静かに口を開く。
「延髄……首だ。異世界人といえど、そこをやれば数秒は動けない」
「させるかよ」
男はそう言うと、膝を少し曲げ、亀のように首をすくめてミーアの小さな体に自分の急所を隠す。
ミーアの柔らかな耳の陰からチラチラとロムレスの様子を伺う男。右耳からロムレスを覗き、次に左耳からロムレスを覗く。まるでふざけているようだが、彼の表情は至って大真面目だ。
ロムレスへの警戒は十分であった。しかし彼はすぐそばの脅威を軽んじていたのだ。
「あっ……!?」
男は目を見開いたまま石のように固まる。視線をゆっくり、ゆっくりと自分の足元に落とす。
視界に映るのは、魚の鱗のごとく七色に輝く刃、大きな刃に似合わぬ小さな手、そして主人に一矢報いたミーアのしたり顔。
「可愛いのはもちろんだけど、ミーアは可愛いだけの女の子じゃないよ」
「な……んで……だって……」
男は眼球だけを動かし、肉片と血で満ちた桶に視線を向ける。
そこには確かに、さきほどミーアが男の目に突き立てた、魚の鱗のごとく七色に輝く刃が浮かんでいた。
「……武器屋から盗まれたのはミスリルの双剣だった。まったく、自分の奴隷の管理ぐらいしっかりしておくんだな」
吐き捨てるように言いながら、ロムレスは銃を構えたまま男にゆっくりと近づいていく。
「ま、待て! 待ってくれ」
男は悲鳴にも似た声を上げ、今にも泣きそうな顔で言う。
「だいたい、俺が何やったって言うんだ。俺が、俺の家で、俺の奴隷で遊んでただけだろうが。お前らの都合で、こっちの世界に無理矢理連れてこられたんだぞ。そうだ、俺はっ……俺は女神の意思でここにいるんだ。お前なんかがどうこうして良い存在じゃねぇんだ!」
「そうだな。神様ってのは自分勝手でテキトーで気まぐれだ。お前らを召喚した女神は、今度は俺にコイツを与えた」
自嘲気味に笑うと、自らの持つ拳銃を軽く持ち上げた。
そしてロムレスは男に銃口を向ける。
「な、なんだよ……いらなくなったからって、殺すつもりかよ」
「大丈夫、死ぬわけじゃない。もとの世界に戻るだけだ。起きたら元通りの世界が待ってる。この世界でのことは全部夢だったんだよ」
男はその青い顔に一層絶望の色を浮かべる。
震える唇を不器用に開き、痙攣でも起こしたように体をバタつかせた。
「い……嫌だ……なら……なら! ならいっそ殺してくれよ! 今更あんな世界に戻りたくない!」
「神様って残酷だよな」
「嫌だ! いや――」
男の命乞いはロムレスの銃声でかき消される。
雨のように降り注ぐ銃弾は男の体を粉々に破壊していく。やはりいくら銃弾が男を貫いても血は一滴も出ず、まるで人形を破壊しているようだ。
しばらくはロムレスから逃れようと身をくねらせていた男だったが、やがてくねらせる体もなくなり、男の体は本格的に崩壊を始めた。
もはや肉片となった男の体が、まるで乾いた砂のようにサラサラと崩れていく。
「マジ……? 異世界人って人間ですらないの?」
砂となったかつての“ご主人様”に埋もれたナイフを拾い上げながら、ミーアは怪訝な表情を浮かべる。
だがミーアの疑問に答える者はいなかった。
この地獄のような空間に、ロムレスの姿はもうどこにもいなかった。
「なんなの、どいつもこいつも……」
ミーアは頬を膨らませながら、桶に浮いていたナイフを拾い上げ、刃に付いた血を払う。
その双剣は相変わらず芸術品のような輝きを放っていたが、ミーアの視線はもはや別のものに向けられていた。
「あの武器……凄かったなぁ。欲しいなぁ」