32、小さな捕食者
「また自分の腕を斬ることになるとは、なんだか変な気分だ」
ロムレスはミスリルの短剣が突き刺さった勇者の腕を眺め、苦笑する。
「なぜ腕が生えて……まぁ、それならそれでいいわ」
勇者は左手に銃を持ち換え、思い切り振り上げる。
「あなたを殺してからまた腕をもらう」
銃を力任せにロムレスに振り下ろす。
ロムレスは咄嗟に腕で銃を受け止めるが、その威力に顔を顰めずにいられない。
間違いなく骨にひびが入っていた。
「ふふ、彼は接近戦の方が得意なのよ。ねぇ、あなたは魔王より強いのかしら?」
余裕の表情を浮かべる従者、しかしロムレスは冷や汗をかきながらも薄く笑う。
「そんな訳ないだろ。だからこういう手を使うんだ」
そう言って、ロムレスは小瓶の中身を勇者にぶちまける。
輝く白い粉は一気に舞い上がり、二人を包んだ。
「ゲホッ、なにこれ、煙幕……? 姑息な手を! 逃がさないわ」
だが、ロムレスは逃げるために粉を撒いたのではない。
彼の本当の狙いを、従者はすぐに知ることとなった。
「な、なに……?」
気が付くと、彼らは地面を覆う灰色の塊に囲まれていた。
塊にはおびただしい数のつぶらな瞳が付いており、その一つ一つが勇者に向けられている。
よくよく見ると、それが小さなネズミの集団であることに従者は気付いた。
「なによ、気持ち悪い! どけっ、どけっ!」
従者は足でネズミを蹴散らすが、ネズミは次から次へ、地下通路の隙間という隙間から這い出てきてどんどんと増えていく。
「ここのネズミは腐臭のする肉が大好物なんだ。その特性パウダーを振りかけるとさらによく食べる」
ニッと笑うロムレス。
顔を引き攣らせる従者。
何が引き金となったのか。
ネズミたちは一斉に勇者へ飛び掛かり、その肉を食らい始めた。
「なにやってるの! やめなさいッ、この!」
従者は勇者に集るネズミを必死に払い落とすが、異世界人特有の怪力も大量のネズミ相手には焼け石に水。
腹ペコのネズミたちはみるみるうちに勇者の体積を減らしていく。
二人をのんびり眺めながら、ロムレスは勇者の体から落ちた銃を拾い、従者に向ける。
あとはもう、事務的な作業でしかなかった。
「勇者の最後もあっけないものだな」
砂となった従者と骨になった勇者を見下ろし、ロムレスは呟くのだった。




