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31、人形劇開幕



「大丈夫ですか、勇者様」


 勇者は従者の問いかけに答えるようにニッと笑って口を開く。

 だが口から出たのは声ではなく血の泡だった。


「ああ、こんなになって可哀想に……でも大丈夫です。より良い素材を見つけましたよ。ほら、とってもセクシーですよ」


 従者はそう言って、今落ちたばかりの新鮮な腕を見せる。

 警官服の袖に包まれたその腕は健康的な筋肉に覆われ、拳銃まで握っていた。


「勇者が銃なんて変かしら。でも貴方のガンアクションも見てみたいです。うふふ、きっと素敵だわ」


 従者はそう言いながら、針と糸で勇者の体に腕を縫いつけていく。

 その時、二人だけの静かな空間に木の軋む音が響いた。


「嫌だわ。ネズミかしら?」


 従者はそう言って、物音のした大きな洋服ダンスの取っ手を引く。


「――まぁ、大きなネズミだこと」


 洋服ダンスの中で震えるフリージアを見下ろし、従者はほとんど感情の感じられない冷たい声で言った。


「あ……勇者、さま」


 従者の後ろに見える、変わり果てた勇者にフリージアは息を飲む。

 勇者はぎこちない動きで体を起こし、半分吹き飛んだ頭をフリージアの方に向けて、縫いかけの腕で手を振る。


「ぶ……ぶぐぐ」


 笑顔で口を開くが、彼の口から出るのはやはり血の泡だけ。


「ヒッ! ヤダッ、お化け――」


 悲鳴を上げようとするフリージアの口を掴み、従者は目をひん剥いて抗議する。


「勇者様は戦いで傷ついて、今凄く疲れてるの。彼を傷付けるような発言は許さない」

「ごめ……ごめんなさい、ごめんなさい」

「私じゃなく彼に謝って」


 フリージアの首根っこを掴み、従者は勇者の前に彼女を連れていく。


「さぁ。さぁ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんな……うっ、ううっ」


 勇者の吹き飛んだ頭部を目の当たりにし、幼いフリージアは嗚咽を押さえることができない。


「……やっぱりダメね」


 従者は吐き捨てるように言うと、フリージアを地面へ転がす。


「人形劇の裏側を知る人間がいてはならない。たとえそれがお姫様でも」

「ヤダッ! 助けて……」


 震えるフリージアの細い首に、従者の手が迫る。

 その時だった。


「うらあああああッ!」


 従者の眉間から、日本刀の刃先が飛び出す。目の焦点が乱れ、動きが一瞬止まった。

 茫然とするフリージアの意識を戻したのは、聞き覚えのある声。


「来て、フリージア! 今度はちゃんと助けるから」

「お姉ちゃん!」


 ミーアは従者の脳天から日本刀を抜き、彼女の背中を蹴り飛ばす。

 そのままフリージアの手を取って立たせ、壁に開いた小さな穴から地下通路へと逃げ込む。


「ありがとう、お姉ちゃん……」


 今にも泣きそうな声で呟くフリージア。

 しかしミーアの足は止まらず、その表情も依然として固いまま。


「まだお礼を言うのは早いよ。そろそろ来る」


 ミーアの言う通り、従者はあきらめたわけでも、ましてや死んだわけでもなかった。

 二人の後方から爆発音と聞き間違うような凄まじい轟音が響く。宝物庫の壁を蹴破り、勇者と従者が地下通路へと侵入してきたのである。


「やっぱり……!」


 とはいえ、勇者の体の“治療”は完璧とは程遠い。

 脚を撃たれたためかその歩みはギクシャクとしており、子供二人に追いつくことすら難しい。

 とはいえ、今の勇者の武器は剣ではない。


「ネズミが増えましたね。でも大丈夫ですよ、新しい武器の練習をしましょう。さぁ?」


 勇者は縫い付けたばかりのロムレスの腕を使い、引き金を引く。

 銃口から発射された銃弾は二人から遠く離れた壁に当たった。


「あら、銃って意外と難しいんですね。でも初めてにしては良いですよ。さすがは勇者様。どんどん練習していきましょう」


 勇者たちはゆっくりと歩きながら、二人の小さな体を狙って引き金を引く。

 銃の扱いに不慣れなこと、縫い立ての腕のせいで標準が定まらないことから、なかなか銃弾は二人に当たらない。

 とはいえ、背後から銃を向けられた二人の恐怖は相当なものだ。

 特にミーアはロムレスの銃弾の威力を知っているだけに、銃声が響くたびにもうダメだと心臓が縮む思いだった。


 だから銃声が響いた直後にフリージアが転んだときは、本人よりも大きな悲鳴を上げた。


「フリージア!? 大丈夫!?」


 ミーアは大慌てで突然転んだフリージアの体を調べる。

 しかし撃たれた形跡はなく、出血もしていない。


「脚がもつれただけ……でも、もう走れないよ」

「何言ってるの、大丈夫だよ」

「ダメだよ、追いついちゃう。お姉ちゃんだけでも逃げて」

「大丈夫、大丈夫だから。十分時間は稼いだ」

「え?」


 ぽかんとするフリージア。

 しかしミーアは口元に笑みを浮かべて勇者たちを見つめる。


「勇者様、獲物の動きが止まりました。今がチャンスですよ。良く狙ってください」


 銃口を二人に向け、狙いを定める勇者。

 集中するあまり、彼らは壁をすり抜けて背後に迫った刺客に気付かなかった。


「重……さぁ行け、腰が限界だ!」


 ブランの背から飛び降りたロムレスは、素早く勇者に斬りかかる。

 虹色に輝くミスリルの短剣は、数時間前まで自らのものだった勇者の腕を貫いた。




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