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30、神業の医者



 なんとか地下通路に逃げ込んだミーアは、うずくまるロムレスの元へ真っ先に駆け寄った。


「師匠! 師匠大丈夫!?」

「ああ」


 ロムレスは気丈にうなずいてみせるが、腕からの出血が酷く顔色も悪い。


「なんでこんな事! 勇者の腕を斬り落とせばよかったのに」

「万一ナイフを受け止められたら終わりだ。それに……あの状態じゃ、どうせ腕は使い物にならない」

「そ、そうは言っても……」


 ミーアはロムレスよりも蒼い顔でブランに縋る。


「ねぇ、あなた魔導師なんでしょ!? なんとかしてよ!」

「……ああ」


 ブランはそう言って自分の白い衣を破り、ロムレスの腕を縛る。


「なにやってるの?」

「止血だよ」

「魔導師なんだから、腕を生やすくらいできるでしょ!?」

「私だってできるものならやってあげたいが、彼は人間だ。トカゲでも、ましてや異世界人でもない。魔法を使えば切り傷をくっつけたり軽い止血くらいはできる。でも人間にできないことは――千切れた腕を再生させるなんてことはできないよ」

「そんな、そんな……」


 絶望に沈むようにへなへなと座り込むミーア。

 しかしロムレスはミーアよりずっと前向きだった。


「命が助かっただけマシだ。それより……問題は銃だな」

「悪用される可能性は?」

「俺にしか引き金を引けないようになっているはずですが、正直心配です。早く取り返して、ヤツを倒さないと」


 淡々としゃべる大人二人に、ミーアは潤んだ瞳を向ける。


「なんでそんなにアッサリしてるの? 殺されかけて、腕が無くなっちゃったのに!」

「落ち着け、嘆いたって仕方ないだろう。俺は大丈夫だ」

「大丈夫な訳ないじゃない!」


 ミーアは俯き、唇を噛みながら悔しそうに声を漏らす。


「ごめんなさい、ミーアがもっと強ければ……あの時刀で勇者の腕を斬れていれば」

「お前のせいじゃない。相手が悪かったんだ。魔王を殺した英雄だぞ、そう簡単に倒せるはずがない」

「うん。でも挽回する。師匠の腕を取り戻す」


 ミーアの言葉に、ブランは悲しい顔で首を振る。


「気持ちは立派だが、それは難しい。少なくとも今の私たちの技術では」

「この世界の技術じゃ無理でも、異世界の技術ならできるよ」

「……それはどういうことだ?」

「ミーア知ってる。神業としか思えない治療技術を持ってる人。……多分、ここにいる」


 ミーアが静かに呟く中、今まで黙っていたセアルが唐突に口を開く。


「ねぇ、それってもしかしてアイツ?」


 セアルが指さした先にいたのは、高いピンヒールを履きこなした、美人だがややキツい顔をした女。

 彼女はヒールの音を響かせながら、四人の元へと近付いていく。


「メアリー……やっぱり」

「異世界人、か。勇者だけじゃなかったとはな。ミーア、刀を貸してくれ」


 蒼い顔をしているにもかかわらず、無理矢理立とうとするロムレス。

 ミーアはロムレスが伸ばした手を無視し、彼を座らせる。


「だめ。ミーアに任せて」


 そう言って、ミーアがゆっくりと立ち上がった。

 メアリーは彼女の顔を見るなり、嬉しそうに笑う。


「やっぱりまた会えた。そんな気がしていたのよね。あの時助けてよかった」

「ねぇメアリー。あの後、“路地裏の絞殺魔”をどうしたの?」

「……なにいってるの、あなたもう見たんでしょ?」


 メアリーは怪しく笑いかけ、その赤い唇に舌を這わせる。


「私がずいぶん前から飼ってるの。あの子の肝臓は絶品だった。逃げ出した時は焦ったわ」

「あの牧場、やっぱり」

「人間っていうのは雑食でしょう。だからかしら。肉の味も個人差がすごく大きいの。気に入った味を何度も楽しみたい、そんな願いをこの世界は叶えてくれた。私、この世界がとても好きなのよ」

「……狂った異世界人は見慣れたと思っていたが、上には上がいるものだな」

「あなたが“警察官”ね。リンゲンの妖刀を製造してる女を殺したの、貴方なんでしょ? 素晴らしいわ」


 睨みつけるロムレスに、メアリーは笑顔で拍手を送る。


「……ねぇメアリー、あなたなら師匠の怪我を治せる?」

「ええ、もちろん。でもタダで、とはいかないわよ。言ったよね、“次はお代をいただくわ”って」

「異世界人との取引には応じない」


 冷たく言い放つロムレス。

 しかしメアリーは彼の言葉を無視して続ける。


「腕の治療の対価は“勇者の抹殺”よ。悪い取引じゃないと思うけど」

「……どういうこと? 同じ城にいるのに、敵対関係なの?」

「そういう訳じゃないわ。彼女との関係は良好よ。彼女に頼んで城の端の隠し部屋を提供してもらったんだし。ただ……なんていうか、方向性の違いがあって」

「待ってよ、“彼女”って? 勇者は女なの?」


 セアルの言葉に、メアリーは薄笑いを浮かべる。


「あら、まだ気づいてないのね。あの赤い髪の“勇者”は彼女の人形よ。彼女は人形遊びが大好きで、この世界を自分の箱庭だと思っているの」

「人形……か。なるほどな、どうりで腐臭がしたわけだ。死体から作ってるんだな。なら異世界人は、あの従者の女か」

「さすがに勘が良いわね。まぁ死体とは限らないけど。あの牧場は食肉用だけじゃなく“勇者”の替えパーツ製造用の人間も飼育してるの。気に入ったパーツを組み合わせて、自分だけのナイトを作ってるってわけ」

「じゃあ“彼女は傷付けさせない”とか、自作自演だったの?」

「自分の好きなタイミングで好きな言葉をかけてくれるイケメンのナイトなんて、女の子の憧れでしょう? 彼女、ロマンチストなのよ」

「随分と肩を持つんだね。じゃあなんで殺そうとするの?」


 ミーアの言葉に、メアリーの顔から笑みが消える。


「私ね、この世界が本当に大好きで守りたいと思ってるのよ。でも平和な世界じゃ勇者は輝かないでしょう? だから、なんとかして争いを起こそうとしてるのよ。奴隷という被差別階級を作って対立を煽ったり、人の正気を奪う妖刀を兵に配給しようとしたり、王都の近くに魔物園を作ったり。せっせと争いの種を作ってた……ね? あなた達にとっても勇者を殺したほうがお得でしょ」

「何言ってる、お前だって十分に悪質だ」

「二兎追うものは一兎も得ず。私とはまた今度遊びましょう」


 メアリーはそう言って、ロムレスの負傷した腕に触れる。

 刹那、腕は青い光に包まれる。


「これが神の与えた奇跡か……恐ろしいね」


 引き攣った笑みを浮かべながらブランが呟く。

 まるで最初から千切れてなどいなかったように、ロムレスの腕は元通りになっていた。


「はい、元通り」

「……ッ!」


 ロムレスは新しい腕で、隠し持っていたミスリルの短剣を取り出し振り上げる。

 しかしメアリーに突き立てるどころか、彼は振り上げた短剣を落としてしまった。


「くっ」

「呆れた。ほんとに血気盛んね。でもまだ大人しくしてなきゃ駄目よ。千切れた腕が生えるなんて本来あり得ないことなんだから、身体にかかる負荷も尋常じゃない。まだ立つことすらできないでしょう? しばらく休んでないと」

「……だが、銃を早く取り戻さねば」

「大丈夫よ、勇者だって今はボロボロだし。あれはメンテナンスに時間がかかるわ。しばらくは宝物庫から出てこない」

「宝物庫……? なぜ宝物庫なんだ」


 ブランの言葉に、メアリーは首を傾げる。


「さぁ。滅多に人が入らないからじゃないかしら。あそこは勇者のメンテナンスルームになってるわ。使っていたのは専ら深夜だったけど」


 ブランは顔を蒼くさせ、わなわな震えだす。


「宝物庫は姫の……フリージアの秘密基地だ」

「だとしたら急いだ方が良いかもね。もう手遅れかもしれないけど」


 メアリーがサラリと言った言葉に、地下通路は重い沈黙に包まれる。

 それを破ったのはロムレスだった。


「宝物庫はどこですか」

「すぐ先だ。災害時に宝物を運び出せるよう、地下通路と繋がっている」

「分かりました。すぐ案内してください」


 ロムレスが立ち上がろうとするのを、ミーアが静止する。


「待ってよ! そんな体じゃ戦えないでしょ。私が行く」

「何言ってるんだ、俺なら大丈夫だ」

「聞いて!」


 ミーアは立ち上がろうとするロムレスの肩を押さえつける。

 たったそれだけで、ロムレスは身動きを取ることができない。


「……適当に言ってるんでも、大人ぶって闇雲に言ってるんでもないよ。ちゃんと作戦があるの」


 いつになく真剣なミーアの顔に、ロムレスは目を丸くし、そしてほんの少しだけ笑った。


「話してみろ」



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