29、忘れ物
石造りの壁に囲まれた部屋に響き渡る銃声。
「あ……」
銃弾は勇者の肘を貫く。
大口径の銃弾に穿たれた肘は重さに耐えきれず、持っていたカンテラごと千切れるように落ちた。
床に叩きつけられたカンテラがカシャンと澄んだ音を響かせるのと同時に、熟れた果実が落ちたときのような生っぽい音を立てて勇者の腕が地面に転がる。
明らかに異世界人の腕を撃った時とは違う反応だ。
違和感はそれだけではなかった。
「うっ……なにこの臭い」
周囲に広がる腐臭に、ミーアは思わず鼻を押さえる。
「師匠! どういう事!?」
「血が出ている。異世界人じゃない」
「そんな、人違い!? 影武者!?」
焦るミーア。
しかしセアルは憎き敵の顔を決して見間違えたりはしていない。
「あれは確かに勇者だ。一体どうなって……」
困惑する中、勇者は肘から血を滴らせたまま棒立ちになって悲鳴すら上げない。
代わりに悲鳴を上げたのは、勇者の後ろに控えていた従者であった。
「あああっ! 勇者様、勇者様!」
従者は髪を振り乱しながら半狂乱で勇者の腕を拾い上げる。
ロムレスはその従者に銃口を向けた。
しかし引き金を引くより早く、勇者が弾かれたように動き出してロムレスに迫る。
「くっ!」
引き金を引き、弾丸が勇者の脚を穿つ。
しかし勇者の動きは全く鈍らないどころか、どんどんと素早くなっていくようだ。
とうとう、勇者は銃を持ったロムレスの腕を掴んだ。
ロムレスはすぐそばに迫った勇者の額に銃口を突きつけ、引き金を引く。
顔の上半分を吹き飛ばされながら、勇者は言った。
「彼女は傷付けさせない」
勇者はロムレスの腕をへし折り、あらぬ方向に腕を捻じ曲げて銃口を地面へ向けさせる。
「くっ……」
「師匠を離せッ!」
武器を封じられたロムレスを助けるべく、ミーアは果敢にも日本刀を抜き、勇者に立ち向かう。
だが魔王を倒した英雄をそうやすやすと殺せるはずもない。
ミーアは勇者に一蹴され、壁に叩きつけられる。
「痛たた……バケモノめ……」
「もういい、お前ら逃げろ!」
勇者と組み合ったままロムレスが叫ぶ。
既に四人の足元にはセアルの影が広がっていた。
「そいつを突き放せ!」
影の中に沈みながらセアルが叫ぶ。
ロムレスの右手を掴んだ今の状態では、勇者も一緒に影の中へ入ってしまう。
しかし力づくで勇者を振りほどければこれほど苦労していない。
「師匠、これ使って!」
ミーアの投げたミスリルの短刀を左手で掴み、ロムレスはそれを振り上げる。
しかしロムレスが振り下ろしたのは勇者の腕ではなく、へし折れておかしな方向にねじ曲がった自らの右腕だった。
「な……師匠!?」
悲鳴と共に、四人は影の中に沈んでいく。
ロムレスの切断された右腕と、握りこんだ銃を残して。