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23、ね?簡単でしょ?



 たまらず、異世界人は悲鳴を上げた。


「ぎゃああああああッ!? なんだこれ、気持ち悪ッ……」


 取り乱せば乱すほど、嫌悪に悲鳴を上げれば上げるほど、触手は男の元へ集まってくる。

 肩を貫かれ、胸を貫かれ、脚を貫かれ――まるで男の体から触手が生えているかのように見える。


「どーお、触手の味は? いや、答えなくても良いよ分かってるから。スライムの強酸で皮膚が溶けるなら、沼地の腸吸いの消化液だって効くはずだよね? そうでしょ?」


 ミーアは触手を刺激しないよう、囁くように尋ねる。

 そして彼女は、鉢植えに生えた紫の草を抜いてみせた。土の中から出てきたのは、マンドラゴラではなくただのラディッシュ。


「あんな危ないの、持ってくるわけないでしょ? さすがにこの距離で悲鳴上げられたら耳栓してても死んじゃうよ」

「うう……うぐっ……くそがぁッ! うっ!?」


 怒りに顔を赤くする異世界人。しかし怒りに身を任せて声を上げれば上げるほど触手を呼び寄せる結果になる事に異世界人はまだ気付いていないようだ。


「さすがに頑丈だね。そこまでされても死なないんだ。やっぱ人よりは溶けにくいのかな」


 異世界人はじっとりした視線をミーアに向け、肩で息をしながら触手を掴む。

 そして。


「フンッッ!」

「……は?」


 ミーアは笑みを浮かべた顔を引き攣らせる。

 異世界人の腕には、ビチビチと跳ねる活きの良いもぎたて触手。


「いってぇなぁ。流石に刺激が過ぎるぜ」


 体中を貫く成人男性の腕よりも太い触手を、異世界人は次々引き千切っていく。それも素手で。


「分かってる? 触手責めして良いのは触手責めされる覚悟のあるやつだけだぜ?」


 異世界人は引き千切った触手を手に持ち、ゆっくりとミーアに近付いていく。

 乾燥した泥人形のごとく体中ヒビだらけではあるが、触手に穿たれた穴自体はもうすっかり塞がっている。


「惜しかったな子猫ちゃん。今回は俺の勝ち。そして再戦はない」


 ミーアは慌てて懐からミスリルの短剣を取り出す。


「バケモノ……!」

「手が震えてるぜ。第一、俺と接近戦する気なの? それ本気? てか正気?」


 男は囁くように言いながら腕を広げる。

 その体は強酸の粘液に塗れ、ぬらぬら輝いている。


「俺に拳の一発でも当てられればお前の体に大穴が開く。なんなら素手で触ってもアウトだ。この粘液はお前の皮膚を簡単に溶かすぞ。悲鳴を上げてもアウト……だろ?」


 男はそう言って手に持った触手をこれみよがしに掲げる。


「銃を持ってるならまだしも、短剣それじゃあ勝負は見えてる、大人しくしな。ちょうど魔物園にも飽きてきたところだ。薬漬け獣人の紳士向け展示ってのも悪くな――」


 その時。

 耳をつんざく銃声が上がると共に男のにやけた目元が吹っ飛んだ。

 嗅ぎなれた硝煙の匂いにミーアは勢いよく振り向き、そして泣いているような笑っているような表情を浮かべる。


「し……ししょお……」

「悪くない働きだった。あとは任せろ」


 ロムレスは銃口と視線を異世界人に向け、ズンズン歩く。そしてさらに数回、引き金を引いた。

 弾丸は異世界人の体を穿ち、彼をよろけさせる。

 しかし異世界人は、尻もちをつきながら上半分を失った顔でケラケラと笑った。


「馬鹿め。そんなデカい音立てたらダメだろ?」

「師匠! 腸吸いが」


 笑う異世界人、慌てるミーア。

 しかしロムレスは眉一つ動かさず、向かってくる触手に視線を向ける。


「ミーア、お前はマンドラゴラで触手の注意を引いたんだな。悪くない手だ。だが、敵の倒し方は一つじゃない」


 ロムレスはそう言って、地面を蹴った。

 彼は走りながら、異世界人に銃弾を撃ち込み続ける。

 そして音に反応して次々襲い来る触手を踊るように避け、避け、避け、避け、ジグザグに進みながら沼地の腸吸いの檻へと近付いていく。

 そしてすれ違いざま、ミーアの手からミスリルの短剣を奪った。


「借りるぞ」

「えっ、ちょっと!」


 雨のように降り注ぐ触手。

 頬をかすりながら地面に突き刺さった触手の一つに飛び乗り、ロムレスはぬるぬるしたそれを器用に駆けのぼっていく。

 沼地の腸吸いの本体、触手の生え際まで上り詰めたところでロムレスはようやく足を止めた。


「ミーア、見てろ! ここがコイツの弱点だ。ハラワタ吸いのハラワタがここに詰まってる」

「わ、分かったから早くして! もう見てらんないよ」


 ミーアの心配をよそに、ロムレスはなんの躊躇も感動もなく腸吸いの“弱点”にミスリルの刃を突き立てた。

 刹那、滑らかに蠢いていた触手が跳ね上がるように痙攣し、そして浜辺に打ち上げられた魚類のようにへなへなと萎れる。

 しばらくウジのように地面を這っていた触手も、やがて動かなくなった。


「え……すごっ……」


 触手の上を立ったまま滑り落り、呆然とするミーアの前まで来たロムレスはケロリとした表情で言う。


「と、まぁこういう風に倒すこともできる」

「できるか! それできるの師匠だけだから! ってか逆になんでそんな事できるの?」

「ま、色々な方法があるということだ。これは返す」


 ミーアは刃先からボタボタ滴る粘液に顔を顰めながらミスリルの短剣を受け取る。

 そしてロムレスは、右手に持った銃を改めて異世界人に向けた。

 男の体は原形を保てているのが不思議なほどにあちこちヒビだらけ。吹っ飛んだ顔もまだ再生できていない。まさに虫の息といったところである。


「とどめだ。安心しろ、死ぬわけじゃない。元の場所に戻るだけだ」

「あはは、それ全然安心できない」


 異世界人は口だけで力なく笑い、そして急に口角を下げる。


「……マジな話、本当に俺を殺す気? 俺、薬ならなんでも作れるよ。未知の病に効く薬も、兵力強化のためのドーピング剤も、どんな毒物も分解する解毒剤も。俺を殺すのって、割と本気で人類の損失じゃない?」

「で、お前はその素晴らしい力を何に使ったんだ?」


 突き放すようなロムレスの言葉に、異世界人は思わず口を閉じる。

 数秒の沈黙の後、ロムレスは噴き出すようにして言った。


「なんてな。本当はそんな事関係ない。お前がその力を何に使っていようが結末は変わらないんだ。その力は本来この世界になかったものだからな。もともとあるはずない能力がどうにかなったところで、損失も何もない」


 ロムレスはそう言うと、引き金に手を掛けた。


「それじゃあ、さよならだ」


 静かになった園内に数発の銃声が響き、異世界人は砂になって消えた。


「……おわった」


 緊張の糸が切れたのか、ミーアはへなへなと座り込む。

 だがロムレスは辺りを見回し、ため息を吐いた。死屍累々を体現したような園内にロムレスは頭を抱える。


「終わったもんか。面倒なのはこれからだ」



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