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21、ラリニートから突然の転職宣言




「グオオオォォォォォォォッッ!!」


 地響きのような咆哮を上げながら、ゴブリンは二人に向けて勢いよく腕を振り下ろす。

 緩慢な動きであったため避けるのはそう難しくなかったが、二人の立っていた床には通常サイズのゴブリンがすっぽり収まるほどの穴が開くこととなった。


「なにあれッ!? ゴブリンがオーガになった?」

「いや、筋肉が膨張してるんだ。さっきのカプセル、筋肉増強剤の類か」

「そんなレベルじゃないでしょ!?」


 体の急な膨張に耐え切れず、ゴブリンの皮膚はあちこち裂けて血を滲ませている。

 それを見て、異世界人は子供のように歓声を上げた。


「うおーッ! スゲーェ。俺やっぱ製薬の才能あるわ。そうだな“タカハシ製薬のムキムキン”とかって名前つけて売るか」


 異世界人は腹を抱えて高笑いをする。しかしその声は銃声にかき消された。

 数発の弾丸が異世界人の肩を吹っ飛ばし、ボトリと音を立てて腕が転がる。

 その衝撃で抱えていたスライムも共に足元へ零れ落ちた。


「あ……?」


 ポカンとした表情で、地面に落ちた自らの腕に視線を落とす異世界人。

 ロムレスはさらに銃弾を撃ち込むべく狙いを定める。

 だが引き金を引くよりも早く、立ちはだかるゴブリンの巨体が彼の視界を覆い隠した。


「くっ……ミーア、ターゲット確保だ!」

「オッケー! おいでスライムちゃん」

「ピィ!」


 駆け寄るミーア。

 スライムもまた、ゲル状の体をうねらせてミーアの元へと這っていく。

 だがスライムの歩みはあるところでピタリと止まった。千切れて転がった異世界人の腕が、スライムの体を鷲掴みにしたからである。


「痛ぇな!」


 異世界人は不機嫌そうな視線をミーアに向けながら、落ちた腕をスライムごと拾い上げる。


「思い切った真似するなぁ。こっちは人質……じゃないな、スラ質いるってのにさ。っていうかこれどうすんだよ、もう」


 異世界人はブツブツ言いながら、吹き飛んだ肩に腕を添えてみる。

 するとまるで磁石が引き合うように腕と肩が連結し、やがて切れ目すら消えた。


「ふう、マジ焦った。っていうか銃とか反則っしょ……そうだ」


 異世界人はハッとしたように目を見開き、軽快に手を叩く。


「俺、テイマーになるわ」


 呟くように言うと、異世界人は弾かれたように駆け出した。

 追いかけようと足を踏み出すも、ロムレスの前には壁のようなゴブリンが立ちはだかる。


「待て!」

「ふはは、誰が捕まるか間抜け! やっちゃえゴブサーカー!」


 扉を飛び出していった異世界人の高笑いがどんどんと小さくなっていく。

 ゴブリンが無茶苦茶に振り回す拳を軽やかに避けながら、ロムレスはミーアに呼びかける。


「追え! 俺もすぐ行く」

「分かった!」

「あ……ちょっと待て」

「え?」


 ゴブリンの股の間を滑り込み、ロムレスは小屋を飛び出していこうとするミーアの腕を掴む。

 怪訝な表情を浮かべるミーアの顔をのぞき込み、ロムレスはいたって真剣に言った。


「戦闘は素人だろうが、あんなのでも異世界人だ。力では敵わない。組み付かれるなよ。ヤツの粉にも気を付けろ。無理そうなら深追いするな。それから――」

「分かった分かった! 逃げられちゃうからもう行く!」


 ロムレスの腕を振り払うようにして、ミーアは駆けだす。遠のいていく小さな背中を眺めながらロムレスはため息を吐いた。


「心配だ……なぁ、俺もあっち行かせてくれないか? お前なら分かるだろう?」


 背後に迫るゴブリンの太い腕による薙ぎ払いを、ロムレスは視線すら動かさずに銃で受け止める。

 殺気と生温かい獣の息を感じながら、ロムレスは渋い顔をした。


「そうだよなぁ。そうもいかないよなぁ」


 もうすっかり見えなくなったミーアの背中から、醜い顔のゴブリンへ視線を移す。

 ロムレスは銃を押し切り、ゴブリンと距離を取った。

 小柄なミーアとそれほど変わらなかったゴブリンが、今やロムレスが見上げるほどに大きい。


「分かった。来いよゴブリン。今楽にしてやる」


 言葉とは裏腹に、ロムレスは銃を懐にしまいながら言った。




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