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20、謎の粉ダメ絶対



 唖然とするミーア、表情を変えないロムレス。

 そして当のセアルは、落胆しきった表情のまま力なく顔を上げた。


「言葉には気を付けた方がいい。兄さん達が聞いたら怒り狂うよ」

「冥界にいれば怒りようがありますまい。先の戦禍で魔王様をはじめ、偉大な名将の多くが勇者の毒牙に倒れました。ご兄弟への被害も……」


 ゴブリンは悲痛な面持ちでゆっくり首を振る。


「しかし爺は現状に絶望してはおりません。セアル様、貴方はお兄様たちに力こそ敵いませんでしたが、知恵は誰よりもありました。だからこそ、ご兄弟からの襲撃に耐え、あなたはここまで生き残ってこられたのです。魔王に必要なのは腕力ではなく、部下を率いていく統率力。爺は昔からセアル様こそ魔王に相応しいお方だと考えていました」

「……ま、兄さんたちは脳筋だったからね」


 セアルはそう言って息を漏らすように笑う。

 ゴブリンは満足げにセアルを見上げ、部屋の隅から彼の手には余る大きな箱を取り出してきた。


「さぁセアル様、今こそ魔王として我々を率いてください。ここには百を超える魔物を収容しています。そして王都もすぐそこだ。ここにいる客たちを捕えて人質にすることだってできる。準備は既に整っている。必要なのは我々を率いる統率者のみ。さぁセアル様、我々にご命令を」


 そう言って箱を開くゴブリン。

 紫のクッションに包まれるようにして出てきたのは、魔王の紋章が描かれた黒く光る王冠。


「城も焼け、民も死に、先祖代々の財宝も奪われましたが、これだけは勇者の手に渡しませんでした。さぁ、セアル様」


 ゴブリンは跪き、セアルに箱を差し出す。

 その様を、ロムレスは射貫くような視線でじっと見つめる。口は堅く閉ざされているが、その手は拳銃をしっかりと握り、引き金には指が添えられている。

 みんなの視線を集める中、セアルは王冠に手を伸ばし、そしてそれを弾き飛ばした。

 王冠が地面を転がる金属音が虚しく反響する。


「魔王なんて脳筋に任せておけばいい。お前らと心中なんてまっぴらだ」

「セアル様! 今がチャンスなんですよ。今なら王都を火の海に変える事だってできるんです。勇者だって、今なら油断しているはず」

「確かに今奇襲を仕掛ければ王都にダメージを与えることができるだろう。だが、それは結局追い詰められたネズミがドラゴンを噛んだというだけのこと。勇者もすぐに準備を整えて残党狩りに精を出す」

「なにを弱気な事を! 命をかけてでも、憎き人間共に我らの力を見せつけましょうぞ! 例え勇者の首を取れずとも奴らの記憶に恐怖を刻みつけてやるのです」

「そんなことをして何になる。僕らを取り巻く環境は何も変わらない。それより……そんな事より……!」


 拳を握りしめ、肩を震わせるセアル。

 燃えるような緋色の瞳を揺らめかせ、ゴブリンに詰め寄る。


「どういう事か説明してもらおう。言ったはずだ、妹を頼むと。お前はそれに了承した。なのにこれはなんだ。我らの城を焼いた勇者と同じ異世界人に、己の魂のみならず同胞を……妹を売り渡したな」

「ち、違います……違うのです!」


 ゴブリンはそう言って、セアルに縋りつく。


「わが魔王軍に足りないのは魔王様への忠誠心と団結力です。勇者の圧倒的な力を前にして逃げ出した魔物はおろか、敵側に寝返った魔物すらいたと聞きます。ですが彼の力を使えば、命を投げうってでも命令に従う最強の軍団が作れます!」

「……あれがそうか」


 ロムレスは獣のような鋭い目でスライムの上にまぶされた粉を見る。

 異世界人はそれを今度は口から啜り、「ほう」と息を漏らす。そして締まりのないニヤケ面で辺りを見回した。


「ああ、すっごいぜぇ。一吸いでスッキリ気分爽快、眠気も取れて勉強も仕事もドンドンできる。ダイエットにもなって、おまけに疲労もポンと取れる。お巡りさんもどう? みーんなやってるぜ」


 男は両掌をすり合わせ、スライムの上に白い粉の山を作りながら続ける。


「生き物ってのはサァ、脳の奴隷なんだよ。生きていくために必要な、あるいは子孫を残すための行動をするとご褒美に気持ちよくなれる汁をくれるってわけ。栄養価の高い飯食ったり、女抱いたりな。でもさ、そんなことしなくても、“気持ちよくなれる汁”を外から摂取すればもっともっと楽に気持ちよくなれるんだぜ? しかもこれは脳が作るような雑な汁じゃなくて、さらに純度の高い代物だ。こんなもん目の前にぶら下げられたら、たとえ向かう先が崖だろうと迷わず突っ込んでいくだろうさ」

「俺はそんな粉欲しさに崖に突っ込んだり、他人のゲロ啜ったりする廃人になるのはごめんだな」


 虫けらを見るような目で山になった粉を見下ろすロムレス。

 しかし異世界人がそれを意に介す様子はない。


「言うねぇ。でもまぁ、別にどっちでも良いよ。この粉を売れば大儲けできるだろうけど、今更金で買える程度の快楽なんかいらない。この粉と、生きるのに最低限必要のあれこれと、あとは“ちょっとした刺激”があれば俺は満足なのさ」

「ちょっとした刺激……だと……?」


 茫然と呟くセアル。

 ゴブリンは盛りのついた犬のごとくセアルの脚に引っ付いたまま激しくうなずく。


「そうですセアル様! 私だってあのスライムを……いえ、この言い方を貴方は好まないんでしたね。妹君のエリザベス様を差し出すことはしたくなかった。しかしエリザベス様一人の犠牲ですべての魔族が救われ得る力が手に入るのです。爺に選択の余地などありませんでした」

「ふざけるなッ!」


 セアルは怒声を上げながらゴブリンを蹴り飛ばすように振り切る。


「都合のいい言葉を並べて、それで誤魔化されると思っているのか!」

「セアル様! 勇者に対抗するには同じ異世界人の力を借りねばならないのです。爺はすべての魔族のため、そしてセアル様のために……セアル様、どうか……どうか……」


 目を潤ませながら、情けない表情でセアルに手を伸ばす。

 しかしセアルがその手を取ることはなかった。


「お前には失望した。こんな家臣を持ったことが……お前自身が、僕が魔王に相応しくない証拠そのものだ」

「そ……んな……」


 ゴブリンは行き場のなくなった手を萎れた花のように地面に下ろした。


「なになに、爺ちゃん落ち込んでんの? そんな時はあれよぉ」


 空気を読まず、酔っ払いのような明るい声を上げる異世界人。

 彼はスライムをクッションのように抱きしめたまま、ゴブリンを見つめる。


「嫌なこともさぁ、アレやればすぐ忘れられるぜ? 前渡したヤツ、持ってんだろ?」


 猫なで声で囁く異世界人。

 ボロボロと涙をこぼしながら、ゴブリンは懐からカプセルを取り出す。

 男がスライムに乗せて吸引しているのとは違う、鮮やかな赤色の粒がつまっている。


「爺ッ! なんだそれは、やめろ!」

「邪魔するな」


 叫ぶセアルに、異世界人は手の中に握りこんだ青い粉を投げつける。


「ぐ……あ……」


 糸の切れた操り人形のごとく、セアルは床に崩れ落ちる。

 それとほぼ同時に、ゴブリンはカプセルを飲み込んだ。


「なにあれ……なんか、嫌な感じがする」


 ミーアは半目でゴブリンを睨みながら、ミスリルの短剣をクルリと回して持ち直す。地面を蹴り飛び出そうと脚に力を入れた瞬間、襟元を掴まれグイッと後ろへ引き寄せられた。

 親猫に運ばれる子猫のごとく宙ぶらりんになったミーアに、ロムレスは言う。


「待て、急に飛び出すな。異世界人のスキルは何が起こるか分からない。よく考えてから行動するんだ。それから、得体のしれない者には近付かないこと。ヤツの出す粉には絶対に触れるな。舞ってる青い粉も吸い込まないよう注意しろよ」

「わ、分かったから下ろしてってば……ん?」


 眉間に皺を寄せ、不快そうに半目にしていたミーアの目が大きく見開かれた。

 子供のように小さなゴブリンの体が、風船のようにブクブクと膨れていく。

 ミーアは満月のような大きな目をパチクリとさせ、手で擦り、もう一度ゴブリンを見る。

 もはやゴブリンは通常であればゴブリンとは呼べない大きさになっていた。


「なにアレ……ヤバ……」


 ゴブリンはゆっくりとロムレスたちの方へ向き直る。

 ミーアは顔を引きつらせながらもなんとかギリギリ笑みと言える表情を作り、ゴブリンに向けて軽く手をあげてみせる。


「こ、こんにちは! セアル君のともだちでーす……」


 するとゴブリンは口角を上げ、青紫にうっ血した歯茎ごと歯をむき出しにする。

 笑顔にも似ているが、それが敵意から来ているものであることが二人にはすぐ分かった。


「ニンゲン、コロス」


 ロムレスは宙ぶらりんにしていたミーアを、ゆっくりと床へ下ろす。


「やめてッ! 下ろさないで!」

「さっき下ろせって言ったろ! 自分の脚で逃げろ!」


 そうこうしているうちにもゴブリンはよろよろと二人の元へと迫る。

 揉める二人の声をかき消すような咆哮が狭い部屋に響き渡った。



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