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1、猫耳奴隷の職質初体験



「どーも、警察です。ちょっと良いですかぁ?」


 紺色の軍服を纏った黒髪の男、ロムレス。

 好青年風のにこやかな表情に丁寧な口調ではあるが、その声には拒否を許さない強引さが含まれている。

 さらに軍服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体が、対峙するものに強い威圧感を与えた。


「け、警察!? なんで警察が……っていうか、職質は任意だよな!?」

「ねぇねぇご主人様ぁ。“ショクシツ”ってなぁに?」


 月を思わせる金色の目を斜め上に向けながら、可愛く首を傾げる小柄な少女。肩のあたりで切りそろえられた、ゆるいウェーブのかかった柔らかな茶色い髪。その頭からは髪と同じ茶色い毛に覆われた猫耳が顔を覗かせている。

 獣人だ。近頃王都でも見かけることが多くなったとはいえ、やはり目立つ存在であることは間違いない。

 少女をさらに目立たせているのは、彼女が腕を絡めている相手だろう。


「最近物騒でね。食い逃げやら窃盗やら露出狂やら。奴隷商が殺されるなんて事件もあって」

「そ、そんなの今に始まったことじゃないだろ。なんで俺たちに……」


 ロムレスの職質にキョドキョドと視線を泳がせる小男。その顔は少年のようにも、中年のようにも見える。

 身長はロムレスの胸のあたりほどしかなく、獣人の少女よりかろうじて大きい程度。しかしその頭は少女の二倍も大きく、横幅はロムレスを覆い隠して余りあるほどだ。

 垢ぬけない容姿に卑屈そうな顔。美しい少女に腕を絡められるに相応しい男とは口が裂けても言えない。

 彼女の首に鎖が付いていなければ、ロムレスは二人の関係を推し量ることができなかっただろう。


「可愛らしい奴隷をお持ちですね。どこの奴隷商から買ったんです? もしかしてご自身が奴隷商とか?」

「あ、ああまぁ。だがミーアはただの奴隷じゃない!」

「と言うと?」

「ミーアは……恋人だ」

「は?」


 ロムレスは職質に必須である笑顔を忘れて顔を固まらせる。

 だがロムレスの反応を嘲笑うように、ミーアと呼ばれた奴隷の少女もまた主人の言葉に同調するように頷いた。


「ミーアが悪い奴隷商に売り飛ばされようとしてるとこをご主人様が助けてくれたんだにゃ。ご主人様は白馬の王子様なんだにゃ」

「へ、へぇ、そうなの……でも、恋人なら首輪も鎖も必要ないんじゃないですかねぇ」

「これは結婚指輪がわりだ。な?」

「うん!」


 屈託のない笑顔で男の言葉に頷く少女。

 本心からなのか、それとも奴隷としての務めを果たしているだけなのか。それを第三者が判断することは難しかった。


「もう良いかな! これからデートなんだ。ミーアも早くドレス買いに行きたいだろう?」

「うん。ご主人様がどんなドレスを選んでくれるのか楽しみだにゃあ」


 猫なで声を上げながら、甘えるように男の腕に頬ずりをする少女。

 緊張と苛立ちで固まっていた男の表情が綻ぶ。


 その隙間を突くように、ロムレスはさらに男に詰め寄った。


「時間取らせちゃってスミマセンねぇ。じゃあ最後に荷物検査だけ良いですか?」

「に、荷物検査? 女子のカバンまで覗くつもりか?」

「そう人聞きの悪いこと言わないで下さいよ。すぐ済みますから」


 言葉とは裏腹に、ロムレスは小太りの男のポケットを、そして奴隷の少女のポシェットをたっぷりの時間をかけて調べ上げ、二人のデートの時間を刻一刻と減らしていったのだった。




******




 大量の荷物を両手に抱えて屋敷に戻る二人を、すっかり傾いた太陽の赤い光が照らし出す。


「まったく、せっかくのデートなのに。全然買い物できなかったな」

「ミーアはご主人様と出かけられただけで楽しかったにゃ」


 ミーアは甘えた声を上げながら豪奢なテーブルに荷物を置き、薄手のコートを脱ぐ。その白い肌には傷も汚れもなく、首輪さえなければ彼女が奴隷であるとはだれも思わないだろう。


「でも怖いにゃあ、殺人に、露出狂に……ええとそれから、武器屋で窃盗? 世も末だにゃ」

「ああ……窃盗犯って武器屋に入ったの?」

「そうだよぉ、聞いてなかったの? お兄さん言ってたにゃ……ん?」


 ミーアは水色のポシェットに視線を下し、首を傾げる。

 そのポケットに小さく折りたたまれた紙を見つけたからだ。彼女はそれを広げるなり、小さく噴き出した。


「うふふ、見て見て。このメモ」


 そう言ってミーアが主人に見せた紙には、走り書きされた住所らしき文字。


「あのお兄さん、ミーアがご主人様にこき使われてると思ったのかにゃ? だとしたら、とんでもない勘違いされちゃったにゃ」


 手に持った紙を音を立てながら破り、ごみ箱へ放り込む。

 そんなミーアを見下ろしながら、男は穏やかに目を細める。


「お前は本当に良い子だね」


 男はそう言ってミーアを――いや、ミーアの座るソファの向こうに位置する扉を見やる。

 あちこちに豪奢な飾りの施された豪邸に似つかわしくない、無機質で冷たい鉄の扉。


 男がそれを見つめている隙に、奴隷はいつの間にかソファから主人の膝へとその居場所を移していた。

 甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らしながら、男の胸に頬ずりをするミーア。

 男は鉄扉に目を向けたまま、ミーアの細い腰に腕を回す。


「みんなお前みたいな素直な子だったらいいのに」

「うふふ。ミーアにあんな紙要らないよ。だって」


 奴隷の少女は朗らかに笑い、柔らかな手で男の頬を撫でる。

 その爪は長く尖り、彼女の薄い唇からは人のそれとは明らかに違う尖った犬歯が覗いている。


「自分で殺れるもん♡」


 振り上げられたナイフと、瞳孔の開ききった金色の瞳に男の間抜け面が映りこむ。

 刹那、彼女はその刃を振り下ろした。


 男の目に映ったのは可愛らしい飼い猫などではない。

 それは獲物を前に舌なめずりをする、空腹の獣であった。




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