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17、任務達成のご褒美



 王都の繁華街に軒を連ねる“栄光の女神亭”。

 ロムレスは昼間からカウンターに額をつき、ブツブツと呟いている。

 しかしグラスを満たしているのはただの水であり、彼は決して酔っぱらっているわけではなかった。


「あー……どうするかなぁ、困ったなぁ」


 素面なのに管を巻くロムレスに、女店主はグラスを磨きながら言う。


「良いじゃないですか、連れて行ってあげれば」

「簡単に言わないでくださいよ。まだ子供ですよ」

「確かに経験は少ないかもしれませんが、最初はみんなそうでしょう? あの子ならきっと大丈夫ですよ」

「あなたの大丈夫は信用ならないじゃないですか」

「そう言われると困っちゃいますねぇ」


 二人の会話だけが響く静かな店内に、扉に付けられたベルの音と猫耳の少女が飛び込んできた。

 彼女はロムレスの元へ駆け寄り、胸を張って布袋を掲げる。


「見て、師匠! ちゃーんと依頼こなしたよ。これ報酬ね」


 そう言ってカウンターに袋を置くミーア。

 しかしロムレスは袋をチラリと一瞥しただけで、ミーアの目を見ようともしない。


「ああ……ご苦労様」

「ちょっと、なんなのそのテンション? 頑張ったんだからもっとちゃんと褒めてよ!」

「…………」


 頬を膨らますミーアを半目でじっと見つめるロムレス。

 その視線に、ミーアは思わず半歩後退りする。


「なに? どうしたの?」

「……ミーア、依頼は問題なくこなせたか? 依頼人に失礼はなかったか?」


 ロムレスの問いかけに、ミーアは内心ぎくりとする。

 “猫を探す”という極めて簡単な依頼だったはずなのに、思わぬ凶悪犯に襲われ死にかけたのだ。スムーズに依頼をこなせたとは口が裂けても言えない。

 とはいえ、一応目的は果たせたし依頼人に怪我もなかった。ミーアはかなり甘めの自己採点をし、ロムレスの問いに頷く。


「も、もちろんだよ?」

「そうか……」


 ロムレスはさらに少しの沈黙の後、こう続けた。


「お前、もし、もし仮に俺と一緒に仕事をするとなったら……俺の指示が聞けるか? 勝手に突っ走ったり、敵に突っ込んだりしないと誓えるか?」

「え? なに? 仕事? 異世界人?」

「だから、仮の話だ。質問に答えてくれ」

「もちろんだよ! ちゃーんと指示に従って、とても良い働きをすると誓います!」


 ミーアは背筋を伸ばし、自らの胸を叩いて見せる。


「……そうか」

「で? どこ? 今度はどこに異世界人がいるの?」

「…………」


 ミーアをジッと見つめながら、ロムレスは未だ悩むように唇を噛む。


「ロムレスさん、誘うなら早くしてあげないと。ミーアちゃんにも準備があるでしょう?」


 業を煮やした女店主がそう促すと、ロムレスはやっと決意を固めたようだった。


「今度の依頼は色々な意味で危険すぎる。だから俺一人でやるつもりだったんだ……が調査の結果、お前の力を借りた方がスムーズにいくと分かった。できうる限り危険が少ないようにするつもりだが、ゼロにすることはできない。それでも、一緒に来てくれるか」

「もちろん! 今度はどこへ行くの?」

「魔物園だ」

「魔物園……?」




*****




「大人一枚、中人一枚ください」


 ロムレスが窓口でチケットを購入し、ミーアに手渡す。

 今日のロムレスはグレーのコートを着込み、警官制服は封印されている。


「なるほど、一人じゃ来にくいわけだね」


 ミーアも今日は女店主から貰ったローブを脱ぎ、可愛らしいワンピースでおめかししている。

 パンフレットを小脇に抱えたミーアの目の輝きを見れば、彼女たちが警察官であるとは誰も思わないだろう。


「ミーア、動物園ってのは話に聞いたことあるけど魔物園は初めて。魔物なんて飼えるんだね」

「……いや、魔物の家畜化はこれまでにも何度か試みられてきたが、長期間の飼育は基本的には無理だ。人には慣れないし、餌も難しい。裏で異世界人が関わってる可能性は高い。気を付けろよ」

「ふうん。それも異世界人のスキルなのかなぁ」


 ミーアはさして興味なさそうに言いながら、従業員にチケットを渡し足取り軽く入場口をくぐる。

 目の前に広がる光景に、ミーアはため息とも歓声ともつかない声を上げた。


「すっごい……!」


 見渡す限り続く広大な敷地に設置された巨大な檻。

 一番近くにあった妙にテカテカ光る鉄製の檻の前へ駆け寄り、ミーアは金色の瞳を中の魔物へ向ける。

 数えきれないほどの細く長いぬるぬるとした触手が呻き、根元の本体を覆い隠している。


「気持ち悪い! なに? なんなのコイツ?」


 グロテスクな魔物を眺めてキャッキャと騒ぐミーア。

 だが彼女の問いに答えたのはロムレスではなかった。


「これはねぇ、密林に潜む触手淫魔だよ」


 ミーアを囲むようにして、若い男が二人スッと近付く。

 彼らはまるで旧知の仲であるかのように馴れ馴れしい態度で、ミーアの顔を覗き込んだ。


「コイツは繁殖に人間の女を使うんだ。近付いてくる女の子をひん剥いてさ、へへ。でもこの消化液、服は溶かすけど皮膚は全然傷付けないんだって。ほら、試しに触ってみなよ」


 男はニヤニヤしながらミーアの手首を掴む。

 しかしもちろんミーアは不快そうに首を振る。


「えっ、ヤダよ気持ち悪い」

「良いから良いから。その粘液催淫効果があるんだぜ。催淫って分かる? へへ」


 男たちは力ずくで檻に付いた粘液にミーアの指を近づける。

 しかし彼女の指が粘液に触れる前に、ロムレスが男の腕を振り払った。


「やめろ、他人の指を溶かす気か」


 男たちは突然入ってきたロムレスに怪訝な表情を向けた。

 邪魔するなとでも言いたげな様子で、吐き捨てるように言う。


「はぁ? これだから何も知らないヤツは……この粘液はな、服の繊維しか」

「違う、こいつは“沼地の腸吸い”だ。沼地に潜み、近付いた獲物を沼に引きずり込む。あの触手を獲物の腹にぶち込み、消化液を注入しドロドロにしたハラワタを啜って食うんだ。指なんか突っ込んだら当然溶ける」

「はっ!? ……危なっ」


 ミーアは顔を引きつらせながら指を自分の背中に隠す。


「う、嘘だ。知ったかぶりしやがって」


 なおも食い下がる男たちに視線すら向けず、ロムレスは彼らに背を向けた。


「そう思うなら確かめろ。自分の指でな。行くぞミーア」

「はーい」


 ロムレスに促され、二人の男の間をすり抜けるミーア。

 すれ違う瞬間、ミーアは男たちに向けて舌を出した。


「……あんた達さ、ナンパしたいならもっと勉強してきてよね」


 吐き捨てるように言うと、顔を真っ赤にした二人の男に背を向けロムレスの背中を追うのだった。


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