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14、好奇心は猫をも殺す



 フリージアと共に猫を探しに王都の雑踏へ足を踏み入れたミーア。

 しかし早くも彼女の初仕事は暗礁に乗り上げていた。


「猫探しとかさ、よく考えたら難易度高すぎない? 王都って言ったって広いしさぁ」


 人混みに紛れないようフリージアと手を繋ぎ、ミーアたちは市場を歩いていく。

 人は沢山いる。鳥も少し。しかし猫の姿は全く見えない。


「街中にいるならまだしも王宮の森なんかに逃げ込んでたら追いようがないし……あっ、ちょっと」


 ミーアの手を振り払い、走り出すフリージア。

 彼女が足を止めたのは燻製肉などを並べた屋台だ。


「おおお……」

「なに? 食べたいの?」

「ち、違うもん。ミーヤが好きそうだな、と思って。いつもおやつに干し肉あげてたから」

「……ごめん、ミーヤって猫の名前?」


 こくん、と頷くフリージア。

 ミーアは口をへの字に曲げ、渋い顔をする。


「ほーんと、師匠の言う通り“ミーアにピッタリの任務”だね」


 フリージアは物珍しそうに市場の商品を眺めながら呟く。


「ミーヤ、森にはいないよ。多分」

「なんで分かるの?」

「だってミーヤ、怖がりだし。ごはん自分で獲ったりできないもん」

「なるほど。いつもこんなご飯食べてるなら今さら生の小鳥なんて食べようと思わないか。その猫、テーブルの上の人間の食事横取りしたりしてた?」

「ミーヤはそんな事しないもん」

「なら市場で泥棒猫したりはしてないよね。となると……路地裏かな」


 腕を組んで呟くミーア。

 フリージアは彼女を見上げ、きょとんとした表情を見せる。


「なんで路地裏なの?」

「無力な猫が王都で生きていくにはゴミを漁るしかないわけよ。飲食店の裏のゴミ捨て場近くを見ていけば会えるかも」

「ゴミ……ミーヤ可愛そう」


 沈んだ表情を浮かべるフリージア。

 ミーアは彼女の頭を撫でながら悪戯っぽく笑う。


「案外自由を満喫してるんじゃない?」

「そうかなぁ」

「そうだよ。猫は図太いよ。でもそろそろお家が恋しくなってるかもね」


 肩を落とすフリージアを励ますように笑うミーア。

 彼女たちの背後から、長身の女性が声をかけた。


「お嬢ちゃんたち、路地裏なんか危ないわよ。今日はおうちで大人しくしなさい」


 やや釣り上がった目に、紅を差した鮮やかな唇。

 高いピンヒールを履きこなした、美人だがややキツい顔をしたその女はニコニコと微笑みながら二人に言う。

 だがミーアは女の言葉を鼻で笑った。


「大丈夫だよ、路地裏くらい。ミーアはもっともっと危ないヤツを相手に日夜戦ってるんだから」

「ダメよ。行くにしても、今日はやめておきなさい」

「ん? なんで?」


 首を傾げるミーアに、女はそっと顔を近付ける。


「“路地裏の絞殺魔”よ」


 店主はその一言で相手がすべてを察することを期待していたようだが、ミーアとフリージアは顔を見合わせキョトン顔である。


「……まぁ、子供が知らないのも無理ないわね。数年前の事件だもの。あの時は王都中大変だったのに、あれをしらない世代が出てきたのねぇ」

「良いから早く教えてよ。なんなの絞殺魔って」


 ノスタルジーに浸る女に業を煮やしたミーアが促すと、彼女は神妙な表情を浮かべて重々しく口を開いた。


「王都を騒がせた連続殺人鬼よ。それも狙いは子供ばかり。一時は王都の路地裏で毎日子供の絞死体が見つかってたの。その死体がまた酷いものでね。男の子も女の子も関係なく……とにかく、殺された子のご両親が可哀想でならないわ」

「数年前ってことはそいつ捕まったの?」

「犯人の顔は割れたんだけど、ついぞ捕まらなかった。どこかへ逃げたのか、隠れたのか、目撃情報はもう何年もなかったの」

「……その絞殺魔がまた出たってわけ?」


 ミーアの問いかけに、女はゆっくりとうなずく。


「見つけたのはあなた達くらいの子供だったわ。冒険者ごっこに興じていた彼らはある空き家の地下室に忍び込んだ。埃っぽいただの地下室だったら良かったんだけれど、運が悪い事に彼らが足を踏み入れたのは凄惨な殺人現場だったの。おびただしい血の量、大量の肉。綺麗に解体されていたから身元はハッキリしないけど、大量の人間が殺されたことは明白だそうよ」

「待ってよ、全然絞殺じゃないじゃん。性癖変わったの?」

「さぁ。でもヤツが関わってるのは間違いないわ。その地下室を飛び出していく絞殺魔の姿を何人もの人が見てるの。それから、地下室で二人の子供の絞死体も見つかった。地下室をこじ開けた子供がヤツの餌食になったのね」


 脅かすような口調と怖い表情を携えて二人の少女を交互に見つめる女。

 彼女は怪談噺のオチを話すような口調で二人を窘める。


「良い? しばらくは絶対路地裏へは行かないことよ。できるだけ家から出ず、やむを得ない時も必ず複数で人通りの多い場所を歩きなさい」

「はぁい、お姉さん。これ食べたら帰るよ」


 満面の笑みでうなずくミーア。

 彼女は燻製屋から燻製肉を一袋買い、フリージアの手を引いて歩きだす。


「お姉ちゃん、もうミーヤ探してくれないの?」


 フリージアは今にも泣きだしそうな顔でミーアを見上げる。

 だがミーアの瞳はどう考えても殺人鬼に怯える少女のそれではなかった。


「んふふ、そんなわけないじゃん。むしろ俄然やる気出てきた。師匠にミーアの実力を見せつけるチャンスだもんね」


 ミーアは唇の端から牙を覗かせるようにしてニタリと笑う。

 彼女はきょとんとした表情を浮かべるフリージアの視線に気付き、誤魔化すように咳払いをする。


「も、もちろん猫ちゃんも全力で探すからね」


 そう言って彼女が取り出したのは、先ほど燻製屋の店主から買った干し肉である。


「これ、友達の大好物なんでしょ? これを持ってれば向こうから寄ってきてくれるかもしれない」

「…………!」


 フリージアは干し肉を見るなり、アイスブルーの瞳を宝石のように輝かせる。


「あの……それ、ちょっとだけ食べちゃダメ?」

「え? お腹空いた?」

「そうじゃないけど……それ、前から食べてみたかったの。ミーヤがあんまり美味しそうに食べるんだもん。でもメイドさんたちが“猫の餌なんて食べちゃダメ”って言うから」

「メイドさん……フリージアってお金持ち?」


 ミーアは干し肉の袋を取り出し、フリージアに差し出す。


「食べながら探そ。猫ちゃんもきっと一緒に食べたくて出てくるよ」


 フリージアは蕩けそうな笑みを浮かべ、差し出された袋から干し肉を一つ取り出した。


 肉を齧りながら路地裏散歩に興じる二人の姿はまるで姉妹のようでもある。

 猫はなかなか見つからないが、様々なガラクタで道を塞がれた王都の薄暗い路地裏は子供の冒険心を良い塩梅に刺激する。


「冒険者になったみたい」


 通路を塞ぐ用途不明の木材の下を潜りながら、フリージアは悪戯っぽく笑う。

 彼女の目には、薄暗い路地裏が神秘的な古代の遺跡のように映っていた。

 酔っ払いの吐瀉物を毒沼に見立てて飛び越え、チョロチョロ這い回るネズミをモンスターに見立てて蹴散らし、砕けたガラス瓶が僅かに射し込む光を反射しキラキラ輝くのをうっとり眺める。


「探せばお宝あるかも」

「探すのは猫でしょ」


 ミーアは苦笑しながら先を歩いていく。

 だが、フリージアは動かない。


「何やってるの? ガラスは危ないから触っちゃ」

「聞こえる」


 フリージアはそう言ってキョロキョロとあたりを見回す。

 ミーアも彼女に習い、その大きな耳をヒクヒクと動かした。


 ――シャリン、シャリン。


「鈴の音?」

「ミーヤのだ!」


 フリージアは弾かれたように駆け出した。

 狭い路地を駆け抜け、彼女たちは徐々に鈴の音に近付いていく。

 曲がり角を飛び出した先で、フリージアの足は止まった。


「あ……ミーヤ……?」

「見ちゃダメ。下がってて」


 ミーアは汗ばんだ手でフリージアの目を覆い隠し、自分の背中へ彼女を隠す。

 しかし鼻をつく血の匂いまでは隠せない。


 魔獣と退治した時とは違う、じっとりした恐怖がミーアの毛を逆立たせる。


 くちゃ……ぴちゃ……


 不気味な音が静かな路地裏に響く。

 男が、黒い猫の腹に顔を埋めている。男の手の中で猫が揺れ、首輪に付いた鈴が音を立てていた。


 男はゆっくり顔を上げる。

 ぬるぬるした太い紐のようなものを噛み切り、口の周りを血塗れにし、焦点の合ってない目をギョロギョロと二人に向ける。


「だからさぁ、絞殺はどうしたの絞殺は!」


 ミーアは背負った刀を抜き、勇ましく男に切っ先を向ける。


「その猫を離しなさ――うっ」


 男の払った血が、ミーアの視界を一瞬奪う。

 次の瞬間、彼女の口から出たのは勇ましい言葉ではなく、血と呻き声だった。


 フリージアが悲鳴にも似た声を上げる。背中に隠れていた彼女にも、ミーアの身に何が起きたのか分かった。

 男の携えたガラスの破片がミーアの首を切り裂き、フリージアの鼻先に血を滴らせたからだ。


「お、お姉ちゃ……」


 フリージアにはどうすることもできないまま、ミーアは路地裏に倒れた。


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