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10、信じて送り出した猫耳少女が妖刀の催眠洗脳にドハマリして悪堕ちダブルソード斬撃を繰り出してくるなんて…



 彼女は刀を愛していた。


 父方の祖父は刀鍛冶、母方の祖父は日本刀収集家。

 幼い頃から刀に囲まれて育った彼女がそれに魅了されるのは当然の流れであった。


 そして12歳のころ、刀をただ眺めているだけだった彼女はそれの本来の使い方に興味を持ってしまった。

 祖父の蔵から脇差しを一振り持ち出し、庭で寝ていた野良猫を斬りつけたのだ。


 響き渡る猫の断末魔を聞いて駆け付けた母親の悲鳴など、彼女には聞こえなかった。

 柔らかな猫の皮膚を切り裂く感触は、今まで経験してきた何よりも彼女の心を動かした。

 猫の血液が手を濡らし、先ほどまで安らかに眠っていた猫の瞳から光が消えていくのを目の当たりにしたとき、彼女は命そのものに触れられたような気がした。


 そして生温かい血液をドレスのように纏った刀は、薄暗い蔵に押し込められていた時とは比べ物にならないほどに輝いて見えた。

 まるで猫の命を吸い取り、刀そのものが魂を得たように感じたのだった。




******




「さぁ見せて下さい。私の刀が肉を裂き、骨を砕き、魂をすり潰す様を! 私の刀が血と命を纒い輝く姿を!」


 ロムレスは素早く銃口をマルタに向ける。

 しかし銃身は飴細工のようにグニャリと曲がり、一瞬でその機能を失った。


「ダメダメ、ファンタジー世界で重火器なんて使わせない。銃って嫌いなんですよ。刀は武器としての価値をそれに奪われて鑑賞品に成り下がったんだから。さぁ拾って! 出来損ないの鉄くずじゃ私の刀は防げない」


 そうしている間にも、ミーアは体勢を整えて再び刃を振り上げ向かってくる。


「ミーア! いい加減にしろ!」


 ロムレスの呼びかけにミーアは聞く耳を持たない。

 彼女が嬉々として繰り出す斬撃をロムレスは紙一重で避け続けるが、狭い地下室でいつまでも逃げ続けるのは難しい。彼女の細い首を折ってしまう事の方がよほど簡単だ。

 それでもロムレスは彼女の攻撃をかわし続け、少しずつ壁際に追い詰められて逃げ場をなくしていく。

 とうとうロムレスは使い物にならなくなった銃を手放し、代わりに足元に転がった刀を取った。小回りの利くミーアの短刀に対し、ロムレスのそれは重く刀身の長い太刀だ。

 ミーアの細い腕など簡単に切り落とせてしまうその刀で、ロムレスは彼女の素早い斬撃を受け止める。


「良いですよお巡りさん。日本刀に最も似合う衣装はセーラー服だと思っていたけど、警官服も悪くないです。でも少し固いですね。頭の中で刀の声が聞こえるでしょう? 彼の言葉に従って、もっと身を任せてください。そうすればもっともっと楽しくなりますから」


 マルタはその辺にあった樽に腰かけ、観戦の体勢を整える。


「猫の皮膚ってね、柔らかくてモチモチで触るととっても気持ち良いけど、斬ってもすごぉく気持ち良いんです。特に大きい猫が最高。そこの魔物何だっけ、なんちゃらタイガー? それも斬り心地最高で。大事に大事に育てて、創った刀の試し切りに使ってるんです。でも、そこの猫耳ちゃんの触り心地には全然敵わない! 滑らかで、柔らかくて、伸びが良くって、でも猫と違って毛がないからスベスベなんです。人と猫の良いとこどりって感じで、本当に頬ずりしたいほど綺麗なんですよ。斬ったらどんなに素敵な感触がするのか……ゾクゾクしちゃいます。はぁ、ファンタジー世界最高」

「なら自分で斬れば良いだろ!」

「そこなんですよぉ。自分の手で斬った時の感触も大事だけど、血に濡れて輝く刀をじっくり見るには誰かに斬らせるのが一番。悩ましいですよねぇ。でもこの世界ならどちらも楽しめるんです! 刃と私は感覚を共有しています。刃が肉を裂く感触も、流れる鮮血の温かさも感じられる。それに、他人じゃなく顔見知り――より深い仲の二人に殺し合いをさせるのが重要なんです。心で繋がっているような関係の二人なら、肉体だけじゃなく魂も斬ることができる。死にゆく獲物の瞳が絶望と血に染まっていくのを見ると……ああ、これ以上は殿方には教えられません」


 上気した頬を手で包みながら、マルタはうっとりため息を吐く。


「クソ女神め、変態に変態スキル与えやがって……だが残念だったな。俺とコイツの心は別に繋がっていない! 見ての通り肉親でもない、数日前に知り合ったただの知人だ」

「ふうん? なら早く殺っちゃえば良いのに」


 大きな刀で器用にミーアの斬撃を受け続けているが、ロムレスの体は既に切り傷だらけだ。一方、ミーアにはまだ傷らしい傷は一つも付いていない。


「大人になっちゃうと、やっぱり頭が固くなるのかなぁ。その娘みたいに素直に身を任せれば良いのに」

「コイツが素直だって……? それなら俺はこんなに苦労してない!」


 ロムレスは苦々しく呟くが、その表情はミーアのそれと同じどこか嬉々としたものに変わりつつある。

 気付いたマルタは思わず母親のような優しい笑みを浮かべる。


「お巡りさん、お気付きですか? 最初に比べてだんだん動きが良くなってきてますよ。私の刀には色々な特殊効果を付与しているんです。身体能力向上、動体視力向上、痛覚遮断、そして精神支配。そろそろその娘を斬りたくて斬りたくて仕方がなくなっているのでは?」


 二人の攻防は激しさを増し、もはやロムレスはマルタの言葉に答えようともしない。

 やがてマルタは彼らの斬撃を目で追えなくなっていく。

 体格によるものか、彼の技量によるものか、押され気味だったロムレスが徐々にミーアを追い詰めていく。


「なぁミーア、もう良いよな? 満足だろ? 殺って良いよな?」


 相変わらずミーアは口を開こうとせず、かわりにマルタが立ち上がり、肩で息をしながら興奮気味に声を上げる。


「良いですよ! 早く、早く! 突いて、早く、激しく突いて! 早くその柔肌を切り裂く感触を私に頂戴!」


 ロムレスは太刀を振るい、ミーアの短刀のうち一本を弾き飛ばす。衝撃で後ろにのけ反るミーア。ロムレスは間髪入れず彼女との距離を詰め、刀を振り上げた。


「俺の勝ちだ」


 マルタは目を見開き、涎を垂らし、身震いしながら待ちに待った歓喜の瞬間に備える。

 そして次の瞬間、ロムレスは風を切る音を響かせながら太刀を振り下ろした。


「イギッ……!?」


 刹那、マルタはガクガクと足を震わせ、舌を出して涎を滴らし、白目を剥いて膝から崩れ落ちる。


「ア……ア……イ、イタ……イ……」


 ロムレスは無残にも砕けた太刀の切っ先に視線を向け、薄く笑う。

 彼が刀を振り下ろした先にあったのはミーアではなく、先ほど地面に捨て置いた銃であった。


「どうだ? 遠慮せず存分に味わえよ。ほら、お前もいつまでも遊んでるな!」


 ロムレスがミーアの頭にチョップを食らわせると、彼女はイタズラっぽく舌を出した。


「ちぇっ、やっぱバレてたか」

「精神支配された人間がそんなに目を輝かせているわけないだろ。っていうか本気でやるな! 殺す気か!」

「じゃないと迫力出ないじゃーん?」


 ミーアは口を尖らせながらくるりと踵を返してマルタに向き合い、素早く小刀を投擲する。

 それは風を切りながら一直線に飛んでいき、マルタの眉間を貫いた。


「あっ……?」


 マルタは目を見開き、そのまま後ろに倒れこむ。

 理解できないといった表情をしているマルタに、ミーアはしたり顔を向ける。

 しかしロムレスは渋い顔だ。


「……また武器を投げたな」

「でも今度はちゃーんと頭に当てたよ?」

「まだだ、油断するな! 異世界人は魔物より厄介だ。頭部を破壊しても死ぬとは限らん」


 ロムレスの言葉通り、マルタはその両手を自らの額に刺さった短刀に這わせる。

 そして彼女は見ている者の背筋を凍らせるほどに、恍惚とした笑みを浮かべた。


「あ……あはは。私の剣が、刺さってる。私の体に、刺さってる」

「なに? 頭ぶっ刺されておかしくなった?」

「違う。異世界人はみんな元からおかしい」


 マルタは眉間に刺さった刀を抜く。

 そして彼女は、再び自分の額にそれを突き刺した。


「あっ、凄い、痛い、痛い、痛い、痛い……でも、あっ……なんか、はぁ、ゾクゾク」


 吐息を含んだ声を上げながら、マルタは何度も何度も自らの体に刃を突き立てる。

 異世界の丈夫な体はその猟奇的なプレイに怯むことなく、何度も何度も傷を修復し、できた風穴を塞いでいく。

 怪訝な表情でそれを見つめていたミーアも、やがて思い出したように手を叩いた。


「ミーアこれ知ってる! 脳か」

「終わらせよう! 青少年の教育に悪い」


 ロムレスは怪しい空気を振り払うように大きな声を上げ、切っ先の砕けた太刀でマルタの体が砂になるまで細切れにしたのだった。


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