9、過激派刀剣ガール
「なんで私なんです? おかしくないですか? 気が狂ったかと思いました」
銃弾を纏わせたまま、マルタは無表情で尋ねる。
ロムレスは銃を構えたまま、薄っすら笑った。
「魔物がうろつくこんな田舎で、夜に出歩いて、刀を持った血塗れの男がカンテラもって歩いてるのを見た? 咄嗟に作った話にしても粗が多すぎる。血塗れの男がなんでわざわざ外なんかに出る。カンテラなんて持ってたら余計目立つのに。考えられるとすれば死体の処理だが、死体は処理されずここにある」
「それだけ? それだけで撃ったの?」
「もっと聞きたいのか? 細かな違和感を上げたらキリがない。まずこんな田舎に住んでいながら人面樹の実を知らないこと。人面樹の生息地に住む人間は親から人面樹の果実への注意を耳にタコができるほど聞かされますから。それから普通のナイフでは毛皮を貫通させることもできない魔獣を小柄な女性であるあなたが捌いてシチューの具にしていたこと。そもそもこんな田舎で若い女性が一人暮らししていること自体が不自然だ。家も一人暮らし用とは思えない。鍋も机もデカすぎる。あの老人の家か? ……奥さんもお前が殺したか」
「……大した観察眼ですね。でも私じゃないですよ。あのお爺さんが殺ったんです。二人に刀を持たせてね、戦わせたの」
マルタがクスクス笑うと、部屋の隅に佇んでいた老人の体が大きく跳ねあがる。
「想像できます? 数十年連れ添った夫婦が殺し合う光景。壮絶だったなぁ。スキルで作った刀で暴走状態にしたのに、やっぱり少しの理性は残っててなかなかとどめを刺さないんです。だからいっぱい傷ついて、いっぱい血を流して、いっぱい痛がって、いっぱい苦しんで……そうそう、ちょうどあんな風に喚いて。ふふ」
老人は糸で縫われた唇の隙間から息を漏らす。それは隙間風のような音を立てながら老人の乾いた唇を揺らすが、悲鳴と呼べるほどの音量にはならない。
彼には悲鳴を上げる自由すらないのだ。
「さ、聞かれたことは答えました。もう良いですよね、次は私の番。警官コスプレの理由とか、ファンタジー世界であえて銃を武器にした理由とか、聞きたいことはたくさんあるけど……何しに来たんですか? 私を殺しに来たんだとしたら無駄ですよ。私は殺せない」
「いいや、殺せるさ。1発当てた」
ロムレスはそう言って、マルタの腕を指さす。
ロムレスが放った銃弾はマルタの体に纏わりつくように浮いているだけに思えたが、一発だけ彼女の二の腕のあたりにめり込んでいた。
その指摘に、マルタは不機嫌そうに眉をしかめる。
「1発当ててどうなるって言うんです?」
彼女はそう言って、人差し指を腕に当てる。指をゆっくり離すと、めり込んでいた弾丸が引っ張り出されるように排出された。
言葉通り彼女の腕の傷はみるみる塞がり、弾丸がめり込んでいたという事実すらが曖昧になっていく。
マルタが指をすい、と動かす。宙に浮いていた弾丸が急旋回し、ロムレスの頬を切り裂いた。流れ出る血を見るなり、彼女は目を丸くする。
「なんだ、異世界人じゃないんですか? そんなもの持ってるから、てっきり私と同じだと思ったのに。ならまぁ、少しは役に立つかな」
言いながらマルタが合図すると、通路の陰から見覚えのある少女が耳をピンと立てながら姿を見せた。
「ミーア! 馬鹿、隠れてろ!」
ロムレスが慌てて声をかけるが、ミーアはこれまで通り彼の言葉に従おうとはしない。
それどころか彼女は腰に差した小刀を二本両手に持ち、風のように襲い掛かった。
マルタに、ではなくロムレスに。
「なっ……お前」
容赦なく突き立てられるミーアの小刀を銃身で受け止めるロムレス。じりじりと迫る刃を力任せに跳ね除ける。
「痛ッ……」
マルタは不愉快そうに眉間に皺を寄せ、部屋に飾られていた太刀をロムレスの足元に投げた。
「使ってください。というか、使わないと死にますよ」
そう言ってマルタはクスクスと笑う。
「この瞬間はいつも胸が躍ります。さぁ殺し合ってください! 刀は美術品なんかじゃない。人を殺すための道具なんですから!」