テンション・グラビティ
異能というものが一般的になって百年ほどらしい。
火を吹いたり、氷を発生させたり、電撃をはなったりと多岐にわたる種類を見せるそれだが中には変わったものも存在している。
そういったものは難しい。
百年といった長いようで短い年月はある程度の異能の使用について指導できるぐらいにはなったが、あくまである程度でしかなく、稀少で独自性の強い異能ほどそういった指導が難しくなる。
上月幽玄もその独自性に苦しめられる異能者だった。
【テンション・グラビティ】、そう名付けられた異能はその名の通りに幽玄のテンションによって重力を書き換えるものだった。
気分が上がれば浮くし、気分が下がれば沈んでいく。
異能のなかでもさらに異なっている。
そういった異能者を集めたのが異能学園Sクラスという集団だった。
その異質さは幽玄にとっても、他のクラスの連中にとっても救いだった。
マイノリティー同士の小さな結束感がよもや自分を縛る鎖になろうとは思ってもいなかった。
人とは異なることに苦しんで、つながりを求めることを諦めて、諦めた先で手に入れたものが自分を雁字搦めにしていく。
だから、幽玄は学年最優秀生徒の前に立っている。
事の始まりは単純なこと。
食堂の席取りで学年最優秀生徒のいるクラスと揉めたらしい。
どちらかが譲ればいいものを妙に意地張って口論になって、遂には異能まで飛び交ったらしい。
片や最優秀と呼ばれる生徒のいるエリートクラス。
片や異質で扱いづらい異能者を集めた問題児クラス。
まともに異能の扱うことすら試行錯誤の人間と優秀な教師が多くお手本となる異能が山ほどある人間、結果は火を見るほど明らかで。
幸いというか教師が止めるのが早かったおかげで、怪我人は出たものの軽傷で済んだ。
それで治まりがつくならば青春にフラストレーションはないし、反抗期なんてあるはずもない。
異能者のほとんどが卒業してしまえば軍属になる。
だからなのか、学園は驚くほど力を振るうことに寛容だ。
こうしてクラス対抗の異能戦の許可が下りた。
エリートクラスは今度こそブッ潰すと気炎を上げ、問題児たちも見下した態度が気に食わなかったのだと唾を吐き捨てた。
そして始まった異能対抗戦、流石にクラス全員入り混じっての乱戦になれば危険極まりないとの判断から代表者による五対五の個人戦になった。
結果は多くの予想を裏切ってのそれぞれが二勝を上げ、大将戦となった。
幽玄も含めてそこまで驚きはしなかった。
確かに幽玄たち、Sクラスの異能者は特殊な能力を持つ者が多い。
しかし、それは裏を返せば対策が取りにくいことと同義だった。
異能が一般的になった現在ですら実在が証明されていない幽霊をどうやって防げというのだ。
突発的な異能戦は難しくとも状況さえ揃ってしまえばこうやって勝つことも難しくない。
それでも相手はエリート、二勝が限界だった。
そして、幽玄は最優秀生徒を前に立つ。
「キミも災難だね。正直、食堂での件は申し訳なく思ってる。けど最優秀生徒としての意地もある」
―――だから勝たせてもらう。
そう静かに宣言する最優秀生徒は輝いて見えた。
ああ、そうだろう。この学園で、その称号は栄光を意味するし、それは将来多くの人々を守ることになるだろう人間としての証明でもある。
さめざめと、痛みすら伴う悲しみが心を支配する。
こうして希望に輝く人間の前に立つ自分の惨めさ。
きっと相手は色んな人の想いを胸にここに立っているだろうに、なんと自分勝手な理由で自分はここにいるのだろうか。
戦いの始まりを教師が告げる。
ぼろぼろと涙が零れる。
相手がギョッとした様子を見せる。
周りからもざわめきが広がる。
クラスメイトが慌てたように何か叫んでいる。
ああ、哀しくて悲しくて、涙が止まらないのだ。
想いはあふれて重くなる。
相手も流石に異常に気付く。
慌てたように氷を槍のように飛ばそうとする。
素晴らしい異能だ。
けれども、無意味に変わる。
氷の槍は悲しみに潰される。
食堂の件で怪我をしたのは幽玄の恋人だった。
その場にいたからといって何かが変わったわけではないだろうが、それでも代わりに怪我を引き受けるぐらいはできたはずだ。
それを想えば、また悲しくなる。
恋人の腕についた小さな傷を想う。
自分の異能は自分の心に強く作用する。
だから、かかわりを持つことを諦めた。
だって、人と繋がってしまえばきっと自分は強く想ってしまう。
想えば異能は強くなる。
恋人と触れ合うほど異能が強まるのがわかった。
だから、こうして自分の恋人に傷を付けた異能学園における最優秀生徒があっけなく潰れる。
悲しくて悲しくて、どうしようもないほど沈んでいく。
ああ、もうすべて沈めてしまおう。
昔の人は自分の墓に人を埋めたらしい。
だから、自分も恋人にすべて捧げよう。
すべてを墓穴として沈めてしまうのだ。
「お前は大魔王か何か」
ぺしん、と頭をはたかれる。
振り返れば、恋人がいた。
「……かしわ」
「おう、お前の可愛い彼女のかしわ様だぞ」
桜前かしわ、彼女もまたSクラスの人間だった。
【キャットウォーク】、どこでもどんな環境だろうと歩ける。ただそれだけの異能。
ただそれだけの異能が幽玄にとっては救いだった。
「お前、いくつ食ったよ」
「?」
「ああ、頭回ってねぇのナ」
ちっ、しかたねぇ。
そう呟くとおもむろに顔を掴まれ、キスされる。
沈んでた気分が戻される。
否が応にもテンションは引きあがる。
「ったく、手のかかる癖して単純なんだから」
ぺちん、と今度はデコをはたかれる。
そう言ったかしわは笑っていて、それがどうしようもなく愛おしくて。
―――重力は反転する。
あらゆるものが宙へ浮く。
先ほどまで潰れてたものも、周りにいた他の生徒もすべて。
けれども、そんなものはどうでもよくて。
ただ、ただかしわが笑っているのが嬉しかった。
「やっぱお前の異能、あたしは好きだぜ。お前がいればあたしは空だって歩けるんだから」
技術向上のため感想などあったらください。
いつでもお待ちしてます。
登場人物紹介
上月幽玄
異能【テンション・グラビティ】
その異能が一番危険だったのは赤ん坊のころ。
腹が空けば沈め、うんちすれば沈め、夜泣きすれば沈める。
そのせいで両親からは距離を置かれていた。
異能がある程度コントロールできるようになっても変わっていなかった。
そのため愛が重い。
うっかり恋人に傷でも付こうものなら国が第六大陸の二の舞になるぐらいには想い。
異能の評価:EX~C
振れ幅がデカい。
作中では出してないが異能特殊兵装というものがあり、それぞれの異能をサポートしたりするものがあったりする。
幽玄の場合はアッパー系とダウナー系の向精神剤。ギリギリ合法。
桜前かしわ(さくらまえ・かしわ)
【キャットウォーク】
変わり者が多いSクラスのなかでは比較的まとも。
でも割と気まぐれなんで今回は保健室で寝ていた。しかし、暴走した幽玄を止めるため幽霊に起こされて悲鳴を上げる。
幽玄が暴走すれば飛んでくるぐらいには幽玄のことは好き。
異能評価:B、胸もび(カエルが潰れたかのような声
特殊兵装は靴。どれだけ歩いても疲れない、どっかの通販であったような?
最優秀生徒
ぶっちゃけ最後の下りがしたかっただけなんで吾輩は猫である。状態
能力は氷の発生と操作。割と万能だが重力の影響をもろに受ける。悲しいなぁ。
異能評価:A+
特殊兵装はスノボ
死霊魔術師
一人だけジャンルが違う。
能力発覚当初、関係各所騒然。
異能?異能!?みたいな反応多数。
本人があまり能力を使わないから謎は多いまま。
お正月特番で霊能力者相手に無双したせいで、異能者のなかでも特に有名。
異能評価:???(異能であるとはっきりと認められないため)
特殊兵装はなし。
特殊兵装開発関係者の声「主任!? この藁人形ってなんですか?!」