でっかい葉っぱ
いつぞや見た夢を衝動的に小説にしたものです。連載作品の合間に書いたものですが、何分元ネタが作者の夢ですので整合性も何もありません。
ジャンルはパニックになっているかと思いますが、別にパニックは起きません。天災、というのも違和感がありますしコメディでもホラーでも日常ものでもありません。分類不能です。どうしたものか。
流石に少し反省していますが、せっかくなので投稿させて頂きました。
時は一九九六年七月八日、所は東京都日野市旭ヶ丘五丁目にて。
高層ビルも縮こまるような、規格外に巨大な葉っぱが出現した。
その葉っぱの外観は蕪の葉に類似しており、地下水脈を吸い上げているというわけでもないのにそれはそれは見事な瑞々しさを誇っていた。同時に付近を歩く人々に安らぎすら覚えさせる爽やかな香りの風を八方に振り撒き、唐突に現れたにも拘らず日野市民の心を掴んで離さない。
街の名物となるまでに時間は要さなかった。
それはそれとして明確な異常事態である。
ブラウン管の向こう側で訳知り顔の専門家は語る。
「あれは突然変異が生み出した化け物である。何? 膨大な量の水や栄養分は何処から得ているのかだと? 知らん、そんなのは俺の管轄外だ」
「いやさあれは並行世界から転移してきたに違いあるまい。今にきっとチート能力を十全に使いこなしてハーレムを築き上げる。メスの葉っぱを大量に用意せねば。メスの葉っぱって何だ」
「いやいやあれ程の大きさだ。きっと封印を解かれた妖怪変化の一種だろう。早急に左手に革手袋を被せた小学校教師を派遣せよ。怖い」
程度が知れた。
こりゃいかんと政府は真っ当な思考能力を有する人材で構成された調査隊を編成、これを日野市に派遣して調査を命じた。
頭から『危険な存在』と断じて伐採作業に取り掛かれば調査隊と地元住民との間に生じる摩擦は回避できない。葉っぱが生えている空き地の土に含まれる成分、葉っぱを維持している水分の由来、人間の精神に影響を及ぼす香りがどのようにして生じているか等、無難な調査が二年続いた。
■ □ ■ □ ■ □
カルト宗教の域に達しつつある程に葉っぱを愛して止まない日野市民の中で、唯一「あの葉っぱ美味そうじゃね?」という発想に至ったのは築道初恵という十一歳の女子小学生だった。
否、日野市唯一どころではない。
もしかするとその『ビルみたいにでっかい葉っぱを食べてみたい』というその発想は人類初の欲求かもしれない。違うかもしれない。
とにかく初恵は葉っぱをやたらと有難がっている大人達の目を映画一本は製作できそうな過程を経て掻い潜り、台所の棚からパチってきた包丁で剥き出しになっている茎の部分に刃を叩き込んだ。
涎を垂らしながら巨大な葉っぱの茎に刃物を叩きつける女子小学生なる絵面の酷さたるや、絵画にして売りに出せば一部の変態にそれなりに評価されて値を付けられる前にダストシュートされるだろう事請け合いである。
しかしここで初恵が予想だにしなかった最大の難関が立ち塞がった。
葉っぱの茎が想定外に硬い。単純な植物性細胞壁を構成する所謂セルロースという素材で構成されているならばまだしも、彼女の刃を受け止めたのはカーボンナノチューブ――ダイヤモンドよりも頑強と言われるグラフェンを筒状にしたものだったのだ。
由来不明の水分で形状を維持する葉っぱはその生態も未だ謎が多い。例えば何らかの手段でこのままでは捕食されると悟り、未知なる手段によって自己の炭素代謝効率を変動させて内部にグラフェンを生成するという離れ業を行使したとしても今更何の違和感も無い。
結論として、ステンレス製の包丁では傷一つつける事叶わなかった。
それでもどうにかならんものかと大人達にバレない程度の勢いで体当たりしてみたりドロップキックしてみたり旋回式ホディアタックしてみたりティミョパンデトルリョチャギしてみたりと色々試していると、「ちょっとちょっと」と肩をポンポンと叩きながら声をかけてくる何者かがいた。
すわ大人に見つかったか、と振り返ると同時に右手に持っていた包丁の刀身を左手で掴んで弾くように刃を放つ。横一文字を描く渾身の袈裟切り、包丁という戦闘に適さない武器を用いた指パッチンの要領で再現される付け焼刃上等な神道無念流居合い術モドキであった。
咄嗟の奇襲は完璧に近い速度で振り抜かれたものの、一瞬の確信を裏切るように空振りに終わる。
おや、とよく観察してみると肩に置かれた手は地面から伸びる白く長い腕に接続していた。
何だ地縛霊の類かと腕の根元の地面を強かに踏んづけると、「痛いっ」という声と共に人間の頭らしき物体が初恵の足の隣りくらいににょきりと生えた。
顔自体は端整な美少年なのだが、髪も肌も何もかもが不自然に真っ白で人というよりも人型の根菜である。最近は野菜も地縛霊になるのか、いや死んだら誰しもこんなものなのかと幽霊慣れしていない少女の心は揺れに揺れる。
とりあえずスカートの中を覗き見られている可能性が著しく高いため、今度は生えた頭を蹴り飛ばす。
「痛いってば」
少年の溜息交じりな声と共に土が隆起して、初恵の二倍はあろうかという長身痩躯が露わになった。
首から上の時点で既に人間に似ているだけの芋という有り様だったそれの全様は、正しく人の形を簡易に象っただけの根菜である。
その体を見た初恵は以前友人に見せてもらった二股大根を思い出していた。
「あのね、さっきから君は何なの。どうして人が気持ち良く寝ている横で葉っぱの茎に向かって体当たりだのドロップキックだの旋回式ボディアタックだのティミョパンデトルリョチャギだのをかましてるのさ。しかも止めに来た僕に斬りかかったよね? アレ僕が地面から出てなかったら死んじゃってたかもしれないんだよ? その辺わかってる?」
「そこの葉っぱが美味しそうだったから食べに来た」
「いや何を期待してんのか知らんけど食いもんじゃないよソレ」
何だ、と落胆した初恵は嘆息して元来た道を戻ろうとして、立ち止まる。
「ていうか、アンタ誰。大根の妖怪か何か?」
「僕かい? 僕は地底人だよ」
あっけらかんと少年は言う。
「大昔に迫害された挙句全員まとめて生き埋めにされた一族の末裔でね。親戚中と相談を重ねた結果、こう、あれね。地上侵攻を始めようぜってなって」
「何か楽しいのソレ」
「言われてみれば別に楽しくてやってるわけでもないな。でも皆は地上に復讐して、これまで奪われた分と受け取るべきだった分を全部まとめて取り返すために戦うって躍起になってるよ」
「ふーん。大変だね」
「大変だねぇ」
少年が肩をすくめる。いかにも面倒と言わんばかりの態度だが、これまでの言動に復讐や侵攻に対する否定的な意見は見受けられない。
望んでもいないが嫌というわけでもない、そんな雰囲気が彼にはあった。
「じゃあこの葉っぱは何なの」
「これは地上の人間達を隷属させるための催眠物質を作り出す地底科学の結晶、まあ生物兵器工場兼要塞だと思ってくれれば良いや。それの香りを嗅ぐと人はとっても気持ち良くなって、僕らのような侵略する側に対して反抗しようという気持ちが薄くなる。今は少しずつ範囲を広げていって、最終的には地球の表面を全てこの香りで覆い尽くす予定さ」
「食べ物じゃないんだ」
「寧ろ食べようとしないでよ。何考えてんだ最近の子供は」
今度こそ初恵は十一年という長くも短くもない人生の中で最も大きな溜息を吐いた。
この葉っぱが出現してから元来能天気だった母親が余計に能天気になってしまい、父親以外の男について行ってそのまま帰って来なくなった。彼女が二度と自分の前に姿を現さないであろう事は初恵も承知している。
父親も父親で母の不在を嘆く事もせず家事を一切手伝わずに昼は馬券場、夜は風俗店に入り浸って仕事はいい加減に済ませるようになった。一昨年も去年も降格して嘗ての部長が今では窓際族。娘としては情けない限りだ。
そして今、人類の危機とそのどうしようもなさを見せつけられている。
何より救いようがないのは、地上侵略の最前線にいるのがこんなやる気の欠片も見受けられない地底人という事実であった。こんなんに地球は侵略されるのか、どうせなら宇宙人の方がロマンもあろうにと宇宙に思いを馳せつつ仰臥する。
もう、何日も食べていない。
「ん? こんな場所で寝るのかい?」
「うっさい」
星々を眺めて気を紛らわせようと試みるも都会の夜空は真っ暗だ。その黒一色の視界に、わざとらしいまでの緑がちらつく。
「…………でっかい葉っぱ」
馬鹿な大人にくたびれた子供の心は、爽やかな香り程度では癒せなかった。




