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ケイオス・ラブでは、平日は休み時間と放課後に学校内の各種場所から行きたいところを選択し、そこにいる女の子(誰もいない場合もある)と会話し、好感度をあげ。
休日は、女の子とデートに出かけたり、都市の各種スポットを午前と午後の計二回選択し、一人で出かけ女の子と出会ったり好感度をあげたりする。
会うだけで好感度はあがるようになっているが、時折選択肢が出るようになっている。それにより、好感度がさらにあがったり、逆に下がったり、現状維持だったりする。
そして、ある程度好感度をあげたヒロインの中から一人を選び、さらに親しくなっていく。それが個別ルートだ。
個別ルートに入っても他の女の子は登場するが、当然、その子のルートには入れない。
個別ルートに入るためには、狙ったヒロインとのイベントで、正しい選択肢を選べばいいのだが、そのイベントが起こる期間が、十一月下旬~十二月の間になっている。
でもって今は、十一月の後半。
リリを巧みにかわした俺は、べつの女の子と仲良くなっていた。
「しぇんぱ~~~い! おまたせですぅ」
甘ったれた声が、待ちあわせ場所にいた俺にかけられる。
てててっ、とこちらへ向けて駆けて来るのは、リリと同学年――つまり、一年生、俺より一つ下の女の子。
小此木聖子。
ピンク色の髪は子供っぽいツインテール。
目の色は金。
服装は、黒いヒラヒラのドレス――ゴシックロリータ、すなわち、ゴスロリだ。
子供っぽい彼女にはぴったりのファッション。
「やぁ、聖子ちゃん。遅かったね」
言うと、不安そうな……けれど、どこか媚びるような目で、彼女は問うてくる。
「しぇんぱい……怒ってますぅ?」
「怒ってないよ」
「キレてます?」
「キレてないよ」
俺をキレさせたらたいしたもんだよ。
「ほっ。よかったですぅ。しぇんぱいにきらわれたら、聖子、生きていけないかもですぅ」
このセリフからもわかるように、小此木聖子は他人への依存心が強い。
ひたすら主人公にあまえてくる。
転んだからと泣きついてきて、お母さんに怒られたからと主人公を家に呼び出し慰めさせ、買い物へ行けば主人公にたかり、飼っている犬の散歩までさせる始末。
その性格と名前からプレイヤーには寄生子とあだなされ、大変愛されている――もしくは嫌われている。
だが待て。これで終わりじゃあない。
人の話は最後まで聞くもんだ。
これだけなら、小此木聖子はたんなるウザキャラで終わってしまう。
違うんだな、これが。
通常バージョンはウザキャラで、とくに数少ない女性プレイヤーには親の仇のように嫌われているものの、個別ルートに入ってしばらくすると、それは一変する。
主人公と距離を縮め、言葉を交わすうちに、彼女は次第に、自分のことを恥じてくるのだ。
このままじゃイケナイと、必死に変わろうとする。
主人公に相応しい女性になりたい、と。
それは決して平たんな道のりではないが、多大な苦労を乗り越え、彼女はやがて、成長する。
エンディングでは、「しぇんぱい」が「センパイ」に代わり「聖子」が「あたし」になる。
その成長っぷりに、多くのプレイヤーは感動を抑えきれないのだ。
めっちゃ素敵やん?
もっとも、自立した聖子――通称自立子より、寄生子の方が可愛くって好き、という甘えたがられなプレイヤーも少なくはなかったが。
俺? どっちも好きだよ。
一粒で二度おいしい、的な。
現在の聖子はもちろん寄生子の方だ。
寄生子を脱し自立子になろうとするのは、もうちょっとばかり先の話。
正直、俺は楽しみでならない。
このあまったれな寄生子が、立派……といえるかどうかは微妙な線だが、曲りなりにも自立子になる、その日が。
まるで娘の成長を見守る父親のような気分。
――独身だけどね。
「しぇーんぱい、うふふー」
聖子が腕をからめてくる。
ゲームでは文字で見ただけなのでべつなんとも思わなかったが、こうして実際腕を組んでこられると、感触やらぬくもりやらで、もうタマランちんどもとっちめちんですよ。
「じゃ、いきまっしょい、しぇーんぱいっ」
「そうだね、行こうか」
なんてクールを気取る。
内心どっきどき。
外見ボッキボキなのだがね。
前かがみはご愛嬌。
さて、移動開始。
目的地は、都市最大のテーマパーク。
一回転するのに三十分かかる観覧車があったりめっちゃ長くて怖いジェットコースターがあったり他にもまぁなんやかんやあったりして、た~のし~んだぜ!
ゲーム中では待ち合わせ場所から一瞬で目的地に到着するんだけど、現実ではそーはいかない。
……いや、ここが現実なのか、っつー哲学的問題はとりあえずうっちゃって。
がやがやがやがや。
街は人で賑わっている。
街をゆく一人一人に、実在感がある。
とてもゲームの中の世界とは思えない。
ほんと、どーなってるんでしょうねぇ。
「あ、赤信号ですぅ」
駅ビルを通り過ぎたところで信号にひっかかり、立ち止まる。
目的地はすぐそこだ。
「しぇんぱーい、信号、青ですよー」
聖子に腕をひっぱられ、歩道を渡りだす。
その、直後だった。
異変が起こったのは。
「――えっ?」
思わず、立ち止まる。
立ち止まるしかなかった。
だれだってそうなのではないだろうか。
イキナリ視界が真っ白に染まれば。
「……………ぱい」
遠くから、声が聞こえてくる。
「ねぇ、しぇんぱーい、おーだんほどーで立ち止まったらめーですよぅ」
瞬間、世界に色がもどってくる。
俺以外誰も存在しない真っ白な世界が存在したのは一瞬のことで。
すぐに、世界は、元通りとなった。
「……聖子ちゃん」
なにごともなかったように必死で立ち止まった俺の腕をひっぱってくる聖子に問う。
「――今、何か起こらなかった?」
「なにか?」
聖子はきょとん顔。
それが、答えだった。
「あ、いや、なんでもない。そうだね、早く行こうか」
「はいですぅ!」
そして俺たちは歩き出す。
さりげなく人ごみを窺うが、そこに、俺のように戸惑っている人間は、ただの一人も存在していないように見えた。
その後、俺たちは、楽しい一日を過ごした。
「ふぅ、楽しかったですぅ。しぇーんぱいっ、また誘ってくださいですぅ」
「いや、今日誘ったのは、聖子ちゃんでしょ」
「ありー? そだったですぅ? じゃあ、今度はしぇんぱいから誘ってにぇー」
「おっけい。連絡するよ」
「ですぅ❤」
最寄りの駅まで聖子を送り、帰宅した。
部屋に入ると、どんぴしゃのタイミングで聖子からメールが送られてくる。
まるで測ったようなタイミングだが、ここら辺、ゲーム的な強制力が働いてるのかもしれない。いや、知らんけど。
しぇ~んぱい、今日は聖子、すっごい楽しかったですぅ。
シンプルな文章。
聖子の性格をあらわしていて、単純だけど、どこか微笑ましい。
ゲームで見なれた文章だ。
「……ん? なんだ?」
ふと、メールの違和感に気付く。
「楽しかったですぅ」の「か」の字が、一つだけ、大きさが違っていた。
「なんだこれ?」
ゲームではこんなことはなかった。
これまでに他の子からメールを貰ったことは何度もあるけど、こんなことは初めてだ。
するとこれは、聖子の打ち間違えかなにかだろうか。
――って、それ以外何があるってんだ。
あほらしい。
そう結論付けると、俺はケータイを放り投げた。