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「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
飛び起きる。
びっしょりと汗をかいていた。
肌に張り付く下着が気持ち悪い。
……飛び起きる?
違和感を覚え、まわりを見まわす。
今はもう見慣れた部屋。
見慣れたベッド。
ここは……俺の部屋だ。
「………………?」
あれ?
どーゆーことだ?
確かに俺は、リリの部屋で……リリの死体を見た。
その光景は、はっきりと脳裡に焼きついている。
あれが夢だったとは思えない。
なら――これはなんだ?
なぜ俺はリリが死んだと言うのに……首を吊ったというのに、のんきに眠りこけているんだ?
……いや、そもそも眠ったか?
ベッドに入った記憶はおろか、リリの部屋の前から動いた記憶がない。
リリの死体を見た俺は、しばらく呆然としていたはずだ。
現実として受け入れることが出来なかった。
悲しくて、悔しくて、なぜこうなったのかわからなくて――
たぶん、何十分も、何時間も、その場に突っ立って、ただただ、ぷらぷら揺れるリリの首つり死体を見つめていた。
そこまでだ。
俺の記憶は、そこで、ぷっつりと途切れている。
次の記憶は、今さっき、叫び声をあげながら目覚めたものだ。
なぜ……なぜこんなことに……?
部屋を見ればわかる。
ここは、恋愛シミュレーションゲーム「ケイオス・ラブ」の世界だ。
だから、俺がゲーム世界に入ったのは、夢ではない。
なら、一体、何が夢で、何が現実なのか――
カレンダーを見る。
四月某日。
この日は……始業式の日だ。
初めてこのゲーム世界に来た日付。
そして時計を見れば、前回俺が、リリに起こされた時間をまわっている。
この時間にリリが俺を起こしにこないのはおかしい。
「………………」
今までの俺が、ゲーム世界に入った上で、リリが自殺した夢を見ていたのか。
それとも今の俺が、リリがなくなった現実を受け入れることが出来ず、リリが亡くなる前の夢を見ているのか。
……いや、そんなことはどうでもいい。
とりあえず、俺が今やることは、リリの安否を確かめることだ。
リリさえこの世界にいてくれるなら、存在してくれているなら、どっちが夢でどっちが現実だろうがどうでもいい。
リリだ。
俺にはリリが必要なんだ。
ベッドを飛び出し、乱暴にドアをあけると、階段をかけおり、キッチンへ。
「リリ!」
「きゃっ!」
間髪を入れずあがる叫び声。
リリが、エプロン姿で、キッチンに、立っていた。
安堵と共に、疑問が襲ってくる。
「リリ、生きてたのか!」
「い、生きてた? な、なにを言っているのお兄ちゃん?」
リリが不安そうな目で俺を見てくる。
「……あ、いや、その、だって、ほら、リリ……今日起こしにこなかったじゃないか」
「あ、ごめんね。今日、ちょっと寝坊しちゃって」
ぺろっと、いたずらっぽく舌を出す。
こんな時ながら素直に可愛いと思ってしまう俺がいる。
リリは眉を寄せながら、
「私が寝坊しただけで死んだと思ったの?」
「あ、ああ、いや、違うんだ。その……いやな夢を見たみたいで」
「嫌な夢?」
「ああ。嫌な夢だ。リリが……いなくなっちゃう夢だ」
言うと。
リリが、微笑んだ。
「馬鹿だなぁ、お兄ちゃんは。私はどこにも行ったりなんてしないよ?」
そう言ってくるリリは、キッチンの窓から射し込んでくる陽光を受け、キラキラと輝いていた。
リリは無事だった。
それが現実だ。
夢だったのか、あるいは、ゲーム的な現象……エンディングを迎えることで、ゲーム開始時点にもどったのかはわからない。
いや、正確にはエンディングは見ていないが、まぁ、ルートに入ったヒロインが死んだらそこで終わりだろう。
夢でもなんでもなく、リリは本当に死んでいて、その後、ゲーム的なシステムでスタート地点にもどされたのかもしれない。
真相は俺には分からない。
そもそも、ゲーム世界に入っている時点で、俺の理解など、遥かに超越しているのだから。
だから、今は、リリは生きている。
その事実を、素直に喜ぼうと思う。
夢だか何だか知らないが、リリの首つり死体を見てしまった俺には、それがなによりの贈り物だ。
リリさえ生きていてくれるなら、その原因がなんであろうと、もう、どうでもいい。
だからこれから俺がするべきことは、万が一にもリリに首をつらせないことだ。
そのためにすることと言えば……カンタンだ。決まってる。
リリルートには入らない。
あれが現実だったと仮定すると、リリはなぜ首を吊ったのか、という疑問に、シナリオを進めて、エンディングに入ろうとしたから――
という一つの推測が成り立つ。
なぜ、リリのエンディングを見ようとするとリリが首を吊るのかはわからない。
だけど、このまま再びリリルートに進むのはよろしくない気がする。
死ぬかもしれない可能性があるのに、リリルートに進めるものか。
だから、今回の俺はリリルートには進まない。
他の女の子を攻略する。
リリをしあわせにしたいと思ったのは嘘じゃない。
リリ以外の女の子と結ばれるのは違和感があると思ったのも本当だ。
けれど。
こうしてスタート地点にもどってしまった以上、女の子を攻略するしかないじゃないか。
なにせ、ここケイオス・ラブの世界――
ギャルゲーの世界なのだから。
リリ以外なら誰のルートでもいい。
――ただし只野、てめぇはダメだ。
リリと只野以外なら、だれと結ばれようともかまわない。
それで、リリが無事でいてくれるなら、俺は心を鬼にして、ほかの女の子と付き合うよ。




