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「よぉ、また同じクラスになったな」
校門のところで稚魚と別れ、掲示板で念のためクラスを確認――ゲーム内のクラスと一緒だった――した俺は、自分のクラスへと向かった。
学校内のことはまぁ、大体わかる。
で、自分の教室へと入ったとたん、声を掛けて来たのが、親友――という設定の只野だった。
セリフからわかるように、只野も一年からのクラスメートだ。
「おう、また一年、よろしくな」
俺はもう慣れたもので、フランクに只野にそう返す。
そうしながら、目の前の只野を観察した。
只野真夏。
緑色の髪。紫色の目。真ん中わけの眼鏡くんだ。
気さくでいいヤツだが……彼も攻略キャラの一人だ。
真夏、という名前や男にしては可愛らしい見た目から、ひょっとして男装女子か、と多くのプレイヤーは思った。
女の子が、なんらかの事情で男装している、って思うじゃん?
だが男だ。
ゲーム開始時点で主人公に恋愛感情を抱いている。
だが男だ。
妹のリリとは違い、只野真夏とは、ちゃんとした恋愛エンドだ。
だが男だ。
ベッドインしたことをにおわせる描写すらある。
だが男だ。
まさにカオス。
多くのプレイヤーは只野とのエンディングがトラウマになり、「真夏の夜に見た悪夢だと思うことにするよ」という名言だかなんだかも生まれたような、そうでもなかったような。
俺はここに宣言する。
この世界でどんなことがあっても、只野ルートは全力で放り投げる、と。
間違ってもコイツと結ばれてなるものか。
童貞にだって選ぶ権利はあるでしょう……せめて性別くらいは。
「……でさ、アイツこんなこと言ったんだよ……て、どうした? 小太郎」
只野とのたわいない会話の最中、俺は違和感を覚えた。
作中の主人公がそうであったように。
見る。視線の先に――ペンギンがいた。
いや、フツーのペンギンじゃあない。
キグルミだ。
でけぇ、人と同じぐらいの大きさのセーラー服を着たペンギンのキグルミが、何食わぬ顔で教室にいる。
教室にいて、着席している。
着席して、近くの席の女子と、極々フツーに語り合っている。
会話に花を咲かせている。
まさにカオス。
しかも、誰一人としてその状況に違和感を覚えたりはしていない。
俺はすでにその真相を知っているが、主人公のセリフを借り、只野に訊ねる。
「……な、なんだアレは」
「ん? なにが?」
「アレだよ、アレ、視線の先の、アレ」
「アレって…………ペソ山さんのことか?」
「ペソ山?」
「ああ、ペソ山ペソ子さん」
「ペソ山ペソ子……」
「ペソ山さんがどうかしたか?」
「どうかするも何も……おかしくね?」
「なにが?」
「なにがって……いろいろ。見た目とか、名前とか……」
そこで、只野がドン引き。
「お前、見た目や名前の事で人を差別するのはサイテーだぞ」
「い、いや、そーゆーのじゃなくて……」
「それに、ペソ山さんは名前もルックスも、どこもおかしくないだろ?」
「そ、そうか?」
「そうだよ。やめろよな、そーゆーの」
「……………………すまん」
そこで、担任の教師が入って来て、会話は打ち切られた。
うん、ゲーム通り。
謎のペンギンの正体は、このホームルームのあとで判明することになる。
ホームルーム中、俺の席より遥か右斜め前にすわっているペソ子がじっとこの俺をガン見して来ていた。
これもゲームの中のとおり。
ギモンに思っているのだ、彼女は。
この俺に、なぜ彼女の真の姿が見えているのか、と。
「では、これでホームルームは終了です。体育館に集まって下さい」
ホームルームが終わり、教師が出ていくと、
「ちょっと来るペソ」
移動前のちょっとした休み時間に、ペソ子が俺を人気のない廊下の奥まで呼び出した。
「……なんの用だ?」
警戒しつつ俺は訊ねる。
もちろん俺にはこのペソ子の正体も、呼び出したワケもわかっている。
が、そこはそれ、ここはゲーム通りに行動しないとな。
「お前……」
つぶらなペンギンの瞳が俺をじっと見てくる。
「ペソ子の本当の姿が見えているペソ?」
「本当の姿?」
「そう、ペソ、本当の姿ペソ」
本当の姿――つまり、ペンギンのキグルミのような姿のことだ。
この姿が見えているのは俺だけ……つまり、主人公だけなのだ。
ほかの人間には、ペソ子はフツーの女の子……いや、それなりに可愛い女の子に見えている――らしい。
ゲーム中はおろか、ゲーム外でもプレイヤー以外の人間にペソ子がどう見えているかは示されていないのがちょっと残念。
「……………………」
「……………………」
見つめ合うふたり。
素直に言葉に出来そうにない。
「………………はぁ」
やがて、大きくため息をついたペンギンのキグルミことペソ山ペソ子が、さも嫌そうに語り始める。
「これはここだけの話ペソ。いいペソね?」
「……あ、ああ」
「実はペソ子は…………ペソギソ星のお姫様ペソ」
笑うところじゃないよ?
そーゆー設定なんだよ、マジで。
ペソ子は宇宙人で、お婿様を探すために地球に来ている――という設定。
まさにカオス。
地球人とペソギソ人では大きく見た目が異なるので、なんか催眠術的なものでゴマかしているのだが、なぜか主人公には本当の姿が見えてしまう。
なぜなのかは作中で語られることは一切ない。
まぁ、平たく言えば、ご都合主義。
ってことなんだろう。
べつにいいさ。
ゲームにそこまでの説明を求めているわけじゃあない。
「お前にはなぜか術が利いてないみたいペソから本当のことを話したペソ。このことは二人だけの秘密ペソ」
「二人? 一人と一羽の間違いだろ?」
ばち~~~~~~~~~ん!
言い終わったとたん、ペソギソパンチが俺の頬を射抜く。
ぶっとび~~~~~~~~~!
俺は廊下を十メートル飛んだ。
………痛……くない。
本当ならかなり痛いハズなのに……あまり、痛くない。
廊下の壁にしたたかに背中を打ち付けたが、軽い衝撃があっただけだった。
この世界では、味覚も聴覚も触覚も視覚も嗅覚も正常に働いているけど……痛覚だけは、現実とくらべ、かなり和らいでいるようだった。
これなら転んでも泣かないですみそうだ。
「本当のことを話して困るのはお前のほうペソ。どうせ誰も信じないペソ。馬鹿にされるのが落ちペソ」
ペンギンはぷりぷり怒ってそう言って、一人、廊下を立ち去ってしまう。
「あらあら、青春ネェ」
立ち上がった俺に掛けられる声があった。
これもまた、予定通りの展開。
振り返るとそこに、たてセタの上に白衣を羽織った女性がいた。
「メガ姉」
学園の養護教諭――わかりやすく言うと保険室の先生――である丸井眼鏡、通称メガ姉だ。
その名に違わず顔の真ん中にどんっと大きなまあるい眼鏡。
ピンク色のサラサラな髪が腰のあたりまで伸びている。
目の色は赤だが、これは眼鏡を外さないと確認できない。
相当仲良くなってから、主人公も初めて知る事実なのだ。
それを今、この俺は知っている。
ちょっと優越感。えへっ。
メガ姉は主人公とリリのおさななじみ。
近所の優しいお姉さん。
主人公こと「タロちゃん」に並々ならぬ愛情と言う名の執着心を抱き、ゲーム中、これでもかと主人公をあまやかしてくる。
ヒザ枕や耳かきなんて日常茶飯事で、なんだったらお風呂も一緒に入りかねないイキオイだ。
それはさすがに主人公の方が拒否しているが。
――とにかく、ひたすらあまえさせてくれる、優しく綺麗なお姉さん。
彼女にはとくにストーリーというものはなく、出会いを繰り返してひたすら甘やかされればそれでいい。
主人公にべったりだから、妹のリリと対立するかと思いきや、ほとんど絡みは見られない。
一緒の場所にいるハズのシーンですらほとんど会話がなされないため、お互いがお互いをどう想っているのか察することすら出来ない。
やはりカオス。
ここら辺の対立なり葛藤なり描くのが物語っつーもんでしょうに。
「タロちゃーん、さっそく新しく知り合った女の子にツバつけてたのかなー? うふふ、タロちゃんってばモテるんだから」
まったくな。
モテすぎですよ、タロちゃんのヤロー。
だが今はこの俺がタロちゃんなのです。
いやぁ、つらいね、モテる男も。
つっても、ペンギンとのアレはまぁ、完全に誤解なわけですが。
「ち、ちがうって、あれは…………」
「あれは?」
「い、いや、その……」
ここで言葉に詰まるのはもちろんゲーム通り。
真実を言えるわけがないのだ。
アレはあいつがペンギンだから、なんてね。
「んー? どうしたのかなー?」
メガ姉のあまい吐息が俺の頬にかかる。
「いや、その……」
「あんまり女の子と仲良くしてると……お姉ちゃん、その子になんかしちゃうかも」
「………………」
「ふふっ、ジョーダン」
そう、冗談だ。
限りなくヤンデレぽいセリフだが、ザンネン、彼女は普通の人でした。
こんなセリフをプロローグで吐いておきながら、主人公がほかの子と仲良くなってもとくに絡んでくる様子はない。
やはりカオス。
少しは活かせよ、設定やらなんやらを。