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 現実になんてもどるんじゃなかった。

 帰還してわずか一時間で、俺はそう呟いていた。

 今ならわかる。

 なぜ、あんなにも必死でミサキが引き留めたのか。

 彼の言う通り、ここは、もう、人の住む世界じゃない。

 俺の想像以上に、ここは、厳しい世界だった。

 寒い……とにかく寒い。

 強化ガラスの丸い窓の外に見えるのは、一面雪景色。

 ここがどこかはわからない。

 けれど、ここには俺以外誰もいない。

 現実世界に戻っても、俺の記憶は戻らなかった。


 燃料や食料はあるが、いつミサキの仲間が迎えに来てくれるかわからないから考えなしに消費するわけにはいかない。

 最初はその日の内に迎えが来るかと思ったが、一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日が過ぎ………………一か月が過ぎても、ミサキの仲間は現れなかった。

 トラブルだろうか。

 まさかミサキが俺をたばかったとはおもえないから、そうなんだろう。


 俺は、この酷い世界で、もう少し、生き抜かなければならないようだ。





 ……寒い。

 とにかく寒い。

 俺はあまったれていた。

 あの電脳世界が酷く残酷な世界に思えた。

 けれど、リリが俺に悪意をぶつけたあのときですら、今のこの状況に比べれば、しあわせだったんだと思う。


 ここは――地獄だ。

 人が生きていくような世界じゃあ、ない。


 俺は結局のところあの世界から逃げ出して、けれど安息の地など現実世界のどこにもなく、さらなる地獄に足を踏み入れてしまっただけだった。

 あるいは現実世界へと戻ることが、カッコイイことなんだと、あの時の俺は、自分に酔っていたのかもしれない。

 ……馬鹿げた話だ。





 燃料と食料が底を突いた。

 俺は閑散とした無機質な建物で、寒さと喉の渇きと空腹とを誤魔化すため、一人、ゲームをプレイしていた。

 ケイオス・ラブ。

 この建物にも、それがあった。

 最初見つけたときは、二度とプレイすることはないだろうと思ったが、そんな意思は、あっさりと覆った。

 ゲーム世界から逃げてきた俺は、しかし、ゲーム世界に逃げ込んでいた。


 あの日、俺がプレイしたゲームが、そっくりそのまま、そこにはあった。


 俺が愛したキャラが、なんら変わらない姿で、画面の中に生きている。


 そこには当然リリの姿がある。

 きっとそれはあの世界のリリとまったく同じ存在で、でも、まったく別の人間なのだろう。

 それでも俺は、画面の中のリリに救いを求めた。

 画面を通して彼女と接している時だけが、この酷い現実を忘れることが出来た。





 ……助けは本当に来るのだろうか?

 もう、半年以上経っている。

 俺は虫やら草やらわけのわからないものを口にし、なぜかまだ、生きていた。

 なぜ生きてるのかもわからない。

 あるいはとっくに死んで幽霊にでもなっているのかと思ったが、ガラス窓には、がりがりに痩せたみすぼらしい男がはっきりと映っていた。


「リリ……」


 呼んでみる、愛しい妹の名を。

 あの、電脳世界で一緒に暮らした、妹の名を。

 思えば。

 俺の人生で一番しあわせだったのは、リリと暮らし、エンディングを迎えそうになった、あの一周目だ。

 あの時が、永遠に続けばよかったのに。


 それなのに、なぜ、こんなことになってしまったんだろう。


「………リ………………………リ………………」


 時は流れ、やがて俺は、体の感覚をなくした。

 かろうじて絞り出した声は、乾いた無機質な空間に消えた。

 俺はこれからどうなるのだろう。

 意識が朦朧として来た。

 もうとっくに限界を超えている。


 なのに。



 助けは、まだ、来ない。




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