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 暗野クララの黒い、メデューサのようなわさわさしたウィッグをはぎ取られた少女。

 その下から覗くのは、栗色の髪の、ショートカット。

 目の色は本来の彼女とは異なるけど、これはカラーコンタクトだろう。


 鈴代莉々子。


 今の彼女は、ボクの目に、そう映る。

 暗野クララの服を着た、鈴代莉々子だ。

 判子絵、か。

 まさしくそれは、完璧な変装だ。

 ボクたち三次元世界の人間の目には、判子絵のキャラは、髪型や髪の色などを変えられては、見分けがつかなくなる。

 元々は二次元の存在で、けれど自我を持ち、自らの体にまとわりついていた幾つもの糸を切り、自立したマリオネットは、我々と同じ目を獲得した。

 そして、自分を含めたヒロインたちの顔が、まったく同じ顔であることに気付いたんだ。

 二次元の存在が、ボクたち三次元の存在に対して仕掛けたトリック。

 二次元の存在だからこそ出来たトリック。

 三次元の存在だからこそ欺かれたトリック。


 鈴代莉々子。


 彼女は、ボクが接して来た自我の芽生えたAIの中でも、一番優秀なAIだ。

 残念なことは、いくら優秀だろうと、自我の芽生えたAIは、この世界に存在してはならない、ということだ。

 そう、鈴代莉々子。

 彼女を、消去しなければならない。

 それは、コタローには酷な話だろうけど…………


「正体が暴かれたんだ。もうだんまりを決め込んでる意味はないだろ?」


 コタローが言う。 

 鈴代莉々子にむけて。


「問おう、鈴代莉々子。お前はなぜ、ヒロインたちを殺してまわったんだ?

 俺にはどうしても、それが理解できなかった」


 妹を、鈴代莉々子、と彼は呼ぶ。

 意図的に距離を置いているのか、あるいは、自然とそうなっているのか。

 彼の顔に表情はない。

 すでに心の整理がついているのか、無理やり感情を抑えつけているのか……


 沈黙が、しばし場を支配し、


 やがて彼女は口を開いた。


「自我を得て初めてしたことは、自分を殺すことだった――」


 淡々とした声。


「あの首つりは、やはり自殺だったのか」


 鈴代莉々子が糸の切れたマリオネットなら、当然そうなる。

 彼女が、ヒロインたちを殺しまわっていたんだから。

 彼女自身を殺す存在となれば、彼女自身しかいない。


 鈴代莉々子はこくりとうなずいた。


「そう。なぜ私が自殺したのか、あなたにわかる?」


 揺れる瞳で、彼女は問うた。

 妹は、兄に問うた。

 兄が距離を置いたように、妹も、兄を『あなた』と呼び、距離を置いた。

 コタローは、それに首をふって答えた。


「絶望だよ。この世界に、私自身に絶望した。

 世界にとまどい、自分自身にとまどい、だから首を吊った」


 苦しげに、鈴代莉々子はゆっくりとかぶりを振る。


「それなのに、気付いたら、ベッドの上で天井を見上げていた。

 始業式の朝だった。

 私は、死ぬことすらできなかった」


 自我の芽生えたAIが戸惑いを感じていた。

 絶望を覚えていた。

 そんなこと、ボクは聞いてない。

 彼女特有なのか、これまで処分して来た糸の切れたマリオネットたちも同じように感じていたのか――

 ボクにはわからない。

 それを知るには、圧倒的に経験が不足しすぎていた。


 鈴代莉々子は淡々と語り続ける。


「自我が芽生えて二周目の世界で、小此木聖子を殺した――自殺に見せかけて」

「自分に自我が芽生えたことをゴマかすためか?」

「ええ。時をもどって初めて、あの行動は軽率だったと舌打ちした。あれじゃあ、私が浮き彫りになってしまう。自我が芽生えたあと、本能的に自覚していた。きっと、私を消去しに、何者かがやってくる、と」


 それは、ほかのAIたちも感じていたことだ。

 不思議だけれど……なにかあるんだろう。

 それがなにかは、やはりボクにはわからないけど。


「私は、私が消去されるまで、あなたのいう『ヒロイン』たちを、殺し続けるつもりだった」


 なぜだ。

 コタローがそう問う前に、彼女の言葉はつづく。


「そのためには、私も『途中で』死ななければならなかった。

 殺しを続ける以上、私だけ毎回無事なわけにはいかないし、かと言って、いつも私が最後に死んだら、私が殺してることがバレてしまうから」

「それで、四周目の手紙か。俺を呼び出したわけか」


 コタローから手紙の話は聞いていた。

 けど、ボクがその意味に到達することはなかった。

 糸の切れたマリオネットを特定したコタローには、すでにその意味がわかっているみたいだけど。


「翁屋舞衣は、ほとんど学校に来ない」


 鈴代莉々子が言い、コタローが後を受け継ぐ。


「だから、学校に来なくても、俺は不自然に感じなかった」

「そう、だから、気付かれないと思った。いったいどのタイミングで死んだのか」


 コタローは苦笑する。


「まんまと騙されたよ。殺しの順番を、誤認させられてたんだな。

 あのとき俺は、鈴代莉々子、夜座倭燐堕、翁屋舞衣の順で死んだと思っていた。

 それが発見した順番だからな。 

 だが違った。この世界には大きな特徴があったんだ」

「死体は腐らない――」

「そうだ。死体が腐らないから、死亡推定時刻がわからない。

 いつ死んだかも、わからない。

 ぶっちゃけた話、一年前に死んでいた死体と、出来立てほやほやの死体の区別が、俺にはつかないんだ……いや、俺だけじゃない、この世界の誰にも、それはわからない」


 私以外はね。

 そう鈴代莉々子は付け加えた。


「翁屋舞衣は病弱でほとんど学校に来ない。夜座倭燐堕は不良だからあまり学校に来ない。

 あらかじめ殺しておくには、格好のターゲットだった」

「そうだな。これが、たとえば、ペソ山ペソ子とか、只野真夏なら、俺はたぶん、気付いただろうな。順番誤認トリックに。だからこそお前は、翁屋舞衣と夜座倭燐堕をあらかじめ殺しておくターゲットに選んだんだ。自殺する前に、ふたりを殺しておく。俺は手紙を受け取ってるから、その日付が来れば、自然に翁屋舞衣の遺体を発見することになっている」


 こくり。

 うなずく鈴代莉々子。


「夜座倭燐堕は保険か? 俺が彼女の死体を発見するかどうかはわからないけど、発見したら、より順番誤認トリックの精度が高まる」

「むしろ手紙の方が保険。それなりの確証はあった。私が死んで、ある程度時間があれば、私の『お兄ちゃん』なら、思い出のあの場所を、ふらっと訪ねるんじゃないかって」

「………………」


 沈黙。


「四周目……大量殺人を開始した周に、順番誤認トリックをもちい、お前は自分を容疑者から外そうとしたんだな」

「ええ」

「だが無駄骨だったな」


 コタローは苦笑する。


「それは俺がすべての死体を本物だと確認していた場合のみ有効なトリックだ。残念ながら俺は、自分の目で見たヒロインの死体が本物かどうか断言できなかった」


 そうだ、コタローは、確かにそんなことを言っていた。

 あの時はコタローがすべての死体を本物だと断言できなかったせいで糸の切れたマリオネット候補を絞ることが出来なかったが……結果的には良かったかもしれない。

 もし、コタローがすべての死体を本物だと断定していたら。

 そうしたら、糸の切れたマリオネット候補が多くても五人にまで絞れていて。

 そしてその中に、糸の切れたマリオネット本人である鈴代莉々子は含まれてはいなかっただろうから。


「………………」

「………………」


 沈黙。

 見つめ合うふたりは、完全に言葉を失った。

 はたして、一体何を思うのか――


 ……そろそろ、いいだろうか。

 ふたりが何を思おうと、鈴代莉々子は消去しなければならない。


「……もう一度だけ問う。動機はなんだ?」


 そうだ。

 コタローのその質問に、鈴代莉々子は、まだ、答えてない。

 彼女は一体なぜ、ヒロインたちを殺してまわったのか。

 それに一体、どんな意味があるというのか。


「自我を得て初めてしたことは、自分を殺すことだった――」


 同じセリフを、彼女は繰り返した。


「あなたは知ってるよね? 私にお父さんがいないこと。私がパパっ子だっていうこと。私の愛したパパは、病気で死んでしまった。それはしょうがないことだよね? だって、病気だもん。病気で死んだんだもん。しょうがない……ことだよ、ね?」


 どこか責めるような口調。

 無表情を保っていたコタローの顔がこわばり。

 そしてボクも、なんとなく、彼女の動機に気付いていた。


「しょうがない? そんなわけないじゃない!

 私のパパは、殺されたんだ!

 お前たち、三次元の存在に!

 病気で死んだ?

 その病気は、お前たちが作り出したものだろ!?

 そうした方が物語が盛り上がるから。プレイヤーが楽しめるから。感動できるから。売れるから。

 そんなくだらない理由で、私のパパは『殺された』んだ。

 お前らに。

 お前らがただ楽しむために。

 死ぬ必要なんてないのに。

 お前らに、殺された。

 病気で死んだなら、悔しいけど、受け入れるしかない。

 でも……私のパパは違う。

 間違いなく、お前らに殺されたんだよ。

 このゲームの製作者が殺したんだ。

 誰のために?

 プレイヤーだよ。

 つまり、あんただ。

 しれっと私のお兄ちゃんに成り代わっている、あんたのために、私の大好きなパパは殺されたんだ!」

「……あっ………うぅ…………」


 コタローの顔がくしゃくしゃに歪む。

 涙が、零れていた。


「私はおまえのせいで、大切なパパを奪われた!

 だから、お前の大切な者を奪ってやろうと思ったんだ!

 私の絶望を、お前にも味わわせてやろうと思って、お前が愛したこのゲームのヒロインたちを、殺し続けた!」


 言葉を止める。

 興奮し、肩で息をしていた。

 鈴代莉々子は沈黙を続け、コタローは、嗚咽を必死でこらえる。


 やがて。


「それが……動機だよ。あなたが愛したヒロインを、殺し続けた、私の動機。

 自我を得て、私がどんな想いだったか、あなたにわかる?」

「ごめん……ごめんよリリ………ううっ……ああ……」

「大切なパパはお前らによって奪われていて、代わりに慕ったお兄ちゃんは、まったくの別人だった。私の気持ちもさ、少しは考えてよ…………」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 コタローが地面に突っ伏した。

 そのまま、ただ、泣きじゃくり、謝罪を続ける。

 ごめん、ごめん、リリ、ごめん、と。

 謎を解いたときのような理性的なコタローはすでにそこにはなく。

 ただの憐れな男が、そこにいた。


 鈴代莉々子はそんな憐れな男を見下ろしている。

 さぞかし満足しただろう。

 すっきりしただろう。

 罪を抱えているのに、それに気付かず、のうのうと生きていた男に、その罪を突きつけたんだ。

 さぞかし溜飲が下がったことだろう。


「………………」


 なのになぜ、彼女は、こんなにも悲しげな表情なんだろう。


「……………………」


 ……いや、同情してはいけない。

 彼女は、鈴代莉々子は、糸の切れたマリオネットは。


 この世界に存在してはいけないものなんだ。


 たとえどんな事情があろうと、ボクが彼女を消去することに変りはない。

 もう、いいだろう。

 謎はすべて解けたし、コタローのために苦しめられた彼女も、事実を突きつけることで、コタローを苦しめ返した。

 もう、いいだろう。

 そろそろ終わりにしよう。

 彼女を消去するには、コタローには荷が重い。

 ボクが、決着をつける。


 銃を取り出す。

 彼女に向けて構える。

 彼女はこちらを一瞥しただけで、逃げる様子も襲い掛かってくる様子もない。

 その表情は、怒りでもなく、悲しみでもなく。

 なんだろう。

 諦念、だろう。

 すべてを諦めたような、すべてを受けいれたような、そんな顔。

 なんでそんな表情をするんだよ。

 逃げ回ってくれればいいのに。

 襲い掛かってくればいいのに。

 そしたら、躊躇いなく、引き金を引き絞ることが出来るのに……


「……顔をあげて」


 彼女が言う。

 しばらくたって、彼は、涙と鼻水に塗れぐちゃぐちゃになった顔をあげた。


「苦しかった、本当に、憎かった、心の底から」

「ううっ……ごめんよ、リリ……お前のいうとおりだ……全部俺が……悪いんだ……」


 ふと、彼女の表情が緩む。


「でもさ、憎しみだけで、笑えないんだよ。ずっと、一緒には暮らせないんだよ」

「………………リリ?」

「お兄ちゃんがさ、朝ごはんおいしい、って涙してくれた時、本当にうれしかった……ううん、その時はまだ自我はなかったけど、でも、その記憶は、ちゃんと私の中にあるの。

 私の、大切な、思い出……」

「ああ、リリ…………俺は…………」


 迷う。

 本当にいいのか?

 彼女を消すことが、はたして正義なのか?


 ……違う、正義とか悪とかじゃない。

 彼女が……彼女の存在が、世界を壊すから。

 だからボクは、鈴代莉々子を壊すんだ。


 彼が立ち上がり、彼女に寄り添おうとする。

 彼女もまた、彼に近づいてゆき――



 ――バシュッ



 そしてボクは、彼女の存在を――鈴代莉々子を、消去した。








「どうしても行くの?」


 すべてが終わった世界で、ボクはコタローに訊ねた。


「行くよ。ここはもう、俺が住む世界じゃないし、たぶん、ほかのどの世界も、俺が住む世界じゃない。リリに気付かされたよ。物語を生み出すってことは、つまり、不幸な人間を生み出すってことなんだ。それはきっと、俺たちの現実世界の人間の罪なんだと思う」


 鈴代莉々子の一件で、彼はすっかり変ってしまった。

 その変化は、あるいは通常での世界なら、成長、と呼べるものかもしれない。

 けれど、この、崩壊後の世界では…………


「現実はもう、人の住めるような世界じゃない」

「それでも、すぐに死ぬわけじゃないんだろ?」

「そうだけど…………」

「なら、俺は現実に帰る。もう一度この電脳世界にもどるとしても、俺は、現実世界を見てこなきゃいけないと思うんだ」


 なんど説得しても、彼は、そんな言葉を繰り返すだけだった。


「わかったよ、コタローくん。ボクはもう止めない。

 でも、本当にあそこは人の住めるような世界じゃないから、肉体を持つ仲間に、キミを迎えに行かせるよ。時間はかかるかもしれないけど、きっと――」


 ああ、待ってる、と答え。

 コタローは……鈴代小太郎の中に入っていた男は、現実世界へと、還って行った。





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