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「ミサキ、まず家の中へ入って、確認してくれ」
ボクの問いには答えず、そんなことを言ってくるコタロー。
「確認?」
「ああ、確認だ。この中に……死体が転がってるハズだ」
「死体が……」
なるほど、それでわかった、この状況。
たぶん、コタローは、見張っていたんだ。
この、実はこっそり生きていた、暗野クララを。
そして、彼女が行動を起こすのを待った。
言い訳出来ないようにだろう。
でもって家の中に入り、出てきたところを確保し、ボクに連絡してきたんだ。
「行ってくる」
家の中へ入る。
土足でまわると、畳部屋に四十代くらいの男女の死体があり、二階の部屋に、夜座倭燐堕の遺体があった。
本命は夜座倭燐堕で、両親と思しき男女を殺したのは、ただたんに、見られたからとか邪魔されたからとか、そんな理由だろう。
三つの死体を確認し、すぐに外に出る。
「あったよ。コタローくん。夜座倭燐堕の遺体と、両親と思しき男女の死体が」
それは予期していたことだろうに、コタローは、夜座倭燐堕の名前を聞いた時、苦しげな表情を、ほんの一瞬、覗かせた。
彼は、本当に、ケイオス・ラブが……そのヒロインたちが、大好きなんだろうな。
ボクにとっては単なる出来のいいAIに過ぎないのに。
彼にとっては、彼女たちは、紛れもなく、人間、らしい。
「オッケー」
コタローはうなずいた。
「間違いない、お前が犯人だ」
暗野クララに向けて言う。
ボクは確認の意味を込めて聞く。
「その子が犯人って本当なの?」
「ああ」
「暗野クララが?」
「違う」
「……どっちだよ」
こんなときにふざけているのだろうか?
コタローくんに腕を掴まれている暗野クララは、ピクリともせず、また、一言も発しない。
動かないのはともかく、言葉を発しないのは、そういう設定だったか。
こんなときでもそれを守るのか。
「暗野クララが犯人なんだろ?」
ボクはイラつきを抑えきれず、乱暴に聞いた。
「だから、違う」
「その子は犯人じゃないのか?」
「いや、犯人だ」
「おい、いい加減にしなよ、コタローくん。さっきから言ってることがめちゃくちゃだ」
コタローは、暗野クララの腕を掴んでない方の手で、自らの目を指さした。
「目だよ、目。ミサキ、目だったんだ。目が、重要だったんだ」
「目?」
「そう、目だ」
「……電話でも言ってたみたいだけど……なんだよそれ? 意味がわかんないよ」
落ち着け、というように、コタローが、ボクに向けて手のひらを差しだしてくる。
「まず、一つ言っておこう。暗野クララは、死んでいる」
「暗野クララが死んだ? そう思ってたよ、ボクだって。でも、じゃあ、今キミが腕をつかんでいるのは、一体誰なんだよ?」
「別人だ」
「別人?」
「そう、別人。暗野クララではないまったくの別人が、暗野クララになりすましている」
それを聞いて、思うところがあった。
「双子ってこと? たしかに、それなら……」
「違う。そうじゃない。暗野クララに、姉妹はいない」
「じゃあ、その子はいったいなんなんだよ!」
「変装だよ」
「変装?」
「ああ。暗野クララに変装した、ほかの誰かだ」
「変装……」
言われてボクは、暗野クララを見る。
じっと見る。
凝視する。
つま先から頭のてっぺんまで。
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も、穴が開くくらい、暗野クララをじっと見つめた。
そしてボクは首を振る。
「ダメだよ、コタローくん。その理屈は通じない。彼女は、どこからどう見ても、暗野クララだ。変装でどうにかなるレベルじゃない」
「目だよ、ミサキ。だから、目なんだ」
「だから、それが一体どうしたんだよ!」
怒鳴る。
いい加減、堪忍袋の緒が切れそうだった。
けれどイライラの募るボクとは対照的に、コタローは酷く冷静に、
「この間、俺はお前の事を、男だって、見抜いたよな」
「そうだね。見抜かれちゃったよ」
「あのとき、俺はお前を信じると決めた。
お前を信じると言うことは、そもそも疑惑を生じるきっかけになった、お前の証言を信じるってことでもある」
「ボクが瀬戸亜麻美を見かけたって証言か。でも、瀬戸亜麻美は、その日、外出してなかった」
コタローはうなずいた。
「ああ。それについて、ミサキは嘘を言ってない。かといって、瀬戸亜麻美が嘘をつく理由も見当たらない。なら、結論はこうだ。両方とも本当のことを言っていた」
さらりと、とんでもないことを言う。
「そんな馬鹿な話が……」
「あるんだな、これが。
瀬戸亜麻美は家にいて、けれど、ミサキは確かに、街で瀬戸亜麻美を見た」
「……目なの? 目が重要なの?」
相変わらずチンプンカンプンだけど、そう口にしてみた。
「そうだ、目だ。目が重要なんだ。
俺はその時、目が重要なある可能性に気付いた。
それに気付くと、犯人――糸の切れたマリオネットの正体をカンタンに暴く方法がわかった」
「というと?」
「合宿所のホテルの受付にいたホテルマンに聞くことだ」
「なぜ?」
「見ていたからだよ、彼が。犯人の姿を。それはもう、ばっちりと、な」
「ホテルマンが……犯人を見ていた?」
「ああ。彼は見ていた……彼しか、見ていなかった。あのとき、犯人を見たのは、唯一彼だけだ。だから、殺された」
「殺されたのか……!?」
「ああ、殺された。犯人に先手を打たれていたよ。
犯人の特徴を聞き出そうとしたんだが、手遅れだった」
なにもかもお見通し、という風に話すコタロー。
彼には一体何が見えているというのか……
「なぜ、あのときのホテルマンが、犯人を見たと?」
「だって、名前が書かれていたじゃないか。
ミサキも見ただろ?
宿帳の、一番上の、犯人が書いた名前を……」
「宿帳の一番上……?」
思い……出せない。
出せるわけがない。
「誰なの? コタローくんは覚えているの?」
「もちろん」
「誰?」
彼は、端的に言った。
「暗野クララ」
条件反射的に、コタローが腕をつかんでいる少女を見る。
……いや、彼女は、暗野クララではないんだったか。
コタローによれば。
「やっぱり、暗野クララが犯人なんじゃないか」
「いや、違う。犯人は、暗野クララに変装し、暗野クララの名前を宿帳に書きこんだだけで、犯人じゃあない」
ボクは頭をかく。
「……ややこしいな。また変装か」
「そうだ、あのときも、犯人は、暗野クララに変装していた」
「だから、気付くだろ? 誰かが、変装してるってことにさ」
「暗野クララに変装した彼女が、大勢の前に姿をあらわせば、気付いただろう。
だが、あのとき、暗野クララを見たのは、ホテルマンを除けば、唯一この俺だけだ」
「そういえば、コタローくんは暗野クララを見たんだったね」
「ああ」
「誰が変装していたの?」
「わからない」
「わからないって……」
「暗野クララに変装した何者かは、完璧に、暗野クララだった」
「そんなわけ……」
目の前の、暗野クララに変装したのだとコタローが言う何者かを見る。
この彼女もまた、完璧に、暗野クララに見える。
「ミサキ」
「なに?」
「俺は以前、お前に言ったな。
この俺が、ケイオス・ラブのヒロインを見間違えるわけがない、と」
うなずく。
「死んだハズの暗野クララをコタローくんが見かけたって話をした時だね」
コタローは一つうなずいて、
「あれは嘘だ」
「嘘……?」
「いや、嘘、というより、俺は思い込んでいた。
ケイオス・ラブを好き過ぎるあまり、俺が見間違えるわけがないんだと。
けど――そうじゃなかった。
好きだの嫌いだの、愛してるだの恋してるだの、まったく関係なかった。
俺の目は、カンタンに、ヒロインたちを見間違えるようになっていたんだ」
コタローは、噛みしめるように、一言一言、ゆっくりと、言った。
「なぜなら、ケイオス・ラブのヒロインたちは、男である只野や、ペンギンのキグルミに見えるペソ山ペソ子を除いて――――――全員、同じ顔、だからだ」




