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「行ってらっしゃい、お兄ちゃん。車に気をつけてね」
リリが玄関先まで見送りに来てくれる。
これは始業式である今日限定のイベントだ。
明日からは、一緒に登校したり、あるいは妹が部活で先に出かけたりするから、見送ってもらえるのはこの日一日だけだ。
「行ってくるよ、リリ」
手を振ってくる妹に軽く手を振りかえして、学校へ。
……って、学校ってどこだ?
作中で家から学校までの具体的な道が示されているわけではないから、戸惑う。
うーん、やっぱゲームと、ゲームの世界に入るのとじゃ、全然違うんだな。
本当、ありえないことなんだよ、これは。
現実世界の人間が、ゲーム世界に入るだなんて……
ま、その辺、深く考えてもムダそうなので、とりあえずほっぽっとくか。
学校への道のりはわからないが……適当に歩いてりゃ、そのうち同じ制服姿の高校生を見かけるだろう。その後を付いてきゃいいか。
そんなわけで、テキトーに歩く。
ちなみに、今日は始業式編といって、チュートリアル、またはプロローグみたいなもの。
学校へ行って、何人かのキャラにあうだけで一日が終わる。
本格的にゲームが始まるのは明日からなんだけど……でも、ゲーム世界に入ったらあまり関係ないのかな?
その辺どうなんだろう。
わかんね。
とかなんとか考えていると。
「お兄ちゃん! 忘れ物だよ!」
リリの声が追ってくる。
間違いなく、リリの声だ。
「え? 俺なにか忘れた……」
ゲーム中の主人公のセリフをそっくりそのまま口にだしながら、振り返る。
するとそこにはリリが――――――いない。
そこにいたのは、リリではない、別の少女だった。
「私だよっ」
その少女は、ぺろっと舌をだしながら、いたずらっぽく言う。
七色声。
ムラサキ色の髪で、腰元まで伸びる長い髪を、頭の左で、シュシュで留めている。
目の色は緑だ。
俺と同じ高校の女子の制服を着ている。
彼女とは一年生から同じクラスで、ゲーム開始時で、それなりに親交がある。
職業は、高校生――兼、現役声優。
そう、声優だ。
しかも彼女は物まねの達人で、作中のすべてのキャラの声をだすことが出来る――という設定。
もちろん、それぞれのキャラの声は現実ではそれぞれのキャラ担当の声優さんが出しているんだろうけど、ゲーム世界では、それはない。
今、リリの声をだしたのは、紛れもなく、目の前にいる、彼女だ。
「なんだ、声かよ」
主人公は七色声のことを下の名前で呼ぶ。
だから俺も真似してそう呼んだ。
現実世界で女の子を下の名前で呼んだことはないから、ちょっとドキドキするけど……ま、ここはゲーム世界だからこれが普通だしな。
しゃーないしゃーない。
「えへへ、してやったり!」
右手をあげて、ぴょこん、と飛び跳ねて喜ぶ声。
そうまで喜んでくれるなら、あえて騙されたかいがあるってもんだ。
主人公はここでまんまと騙されるが、このゲームのプレイヤーである俺が騙されるわけがない。
ゲーム内のイベントをそっくりそのまま再現しただけのことだ。
こんなイベントがあるくらいだから声はリリのことを知ってるんだろうけど、作中では特にそれを示唆するようなイベントはない。
だから俺は、街中でふたりが偶然であい、偶然共通の知り合いがいて仲良くなった――と解釈している。
七色声の両親は二人とも有名人で、父親が有名な俳優、母親が人気声優だ。娘がこの若さで声優という職につくのもある種当然、と言ったところか。
彼女は偉大な父と母を持って悩んでいる。
彼女には他にやりたいことがあるのだが、親の期待を受けて、嫌々声優をやっているのだ。
彼女のシナリオでは、彼女と両親の間に入って、彼女の本心を伝え、彼女が本当にやりたいことをやれるようにするのがメインとなる。
ちなみに、エンディングを見ても、彼女が本当にやりたいことがなんなのかは判明しない。
……ほんと、いい加減だよなぁ。
ケイオス・ラブ。
本当にカオスなのは、おそらく、製作者の頭の中身だろう。
「じゃ、私は先に行くね。また、同じクラスになれるといいね」
声はそう言って、すたすたと歩いてゆく。
その後ろ姿を見送りながら、思う。
会話の内容を聞いていると、かなり親しい関係なんだよな、声と主人公。
なら、ここでわかれないで一緒に登校しろよ、と思うが……まぁ、しょせんゲームだしな。しょうがないか。
ここはゲームの世界。
あくまでゲームにそって物語は進行しているんだろうし。
ま、俺が彼女に一言いえば、一緒に登校できたかもしれないけれど……
と、そこまで考えて、ふと、俺は我に返る。
「そういや俺、学校の場所知らないんだった……」
マヌケがここに、一人。
声とわかれ、しばらく歩いていると、見なれた(作中では)少女を発見。
少女は俺に気付くと、逃げるようにささっと、いずこかへと消えてゆく。
うん、これでいい。
彼女を見かけるのは作中ではここが最初だが、知りあうのは、もう少しあとになる。
彼女とあった、ということは、学校につくまで、もう一人、少女と出会うことになる。
なら、その少女と一緒に学校へ行けばいいか。
てか、俺の記憶が確かなら、少女の方からそう言ってくるハズだ。
俺はそう思い。
そして実際、その少女と会った。
「おい、おまえ」
正確に言うなら、横から声をかけられた。
「そこのおまえじゃ」
幼い声ながら、口調はババアじみている。
「だれだ?」
俺はまた、作中の主人公のセリフを借りながら、声のした方を向く。
するとそこには誰もいない。これもまた作中どおり。
ゲーム画面には、ここでは誰も映らないのだ。
「ここじゃ、ここ」
声は、存外に下の方から聞こえてくる。
ゲーム内では、ここで画面が下へスクロールして、幼稚園児ほどの大きさのキャラがあらわれる。
ここはゲーム世界ではあるけれど、ゲームそのものではないので、画面はスクロールしない。
なので、首を下に向け、そのキャラを確認する。
「ここじゃ、ここ」
そこに、幼女がいた。
いや、正確には幼女ではないのだが。
マンガやアニメ、ゲームではありがちな、「実年齢の割に幼いキャラ」だ。
仏滅学園のセーラー服を着ているが、どう見ても園児です。
本当にありがとうございました。
他のキャラは大体同じような体型、同じ様な背格好なんだけど、この子ともう一人の特殊なキャラだけは、大きく見た目が異なっている。
セーラー服を着た園児は、ぷりぷり怒っている。
彼女の名前は小山内稚魚。
その名のとおり、幼いキャラ。
金髪。頭から、アホ毛が一本。緑色の目。
髪は長く、ボリュームが凄い。
地面にまで着くモコモコの髪で、後ろ姿は、人のそれじゃあない。
不思議な動く金色の塊だ。
「おい、おまえ、名前はなんだ?」
舌足らずの幼い声が問うてくる。
「鈴代小太郎だが……おまえは誰だ?」
俺は言う。ゲームのセリフそのままに。
返ってくる言葉は、もちろんわかってる。
「むっ。なんじゃお前は。センパイに対してその口の利き方は!」
目と眉をつりあげて、稚魚は言う。
うん、ゲームそのまま。
作中の主人公はここではじめて稚魚が三年生だと気付く。
リボンの色が、学年で異なっているのだ。
そのやりとりを見て、当時の俺は内心つっこんだものだ。
……いや、こんなちびっ子が同じ学校にいたら嫌でも気付くだろう、と。
ゲーム開始時点ですでに一年、同じ学校に通ってるんだし。
どんなマンモス校だよ、と。
実際は主人公の通う学園はマンモス校でもなんでもなく、極々普通の学園。
だから気付かないのはゲームだから、という他ない。
まさしくカオス。
製作者の考えのなさがうかがい知れる素敵な場面だ。
「す、すいません、年上だとは思わなくて……」
主人公をまねて、あせあせと言い訳をする。
……まぁね。
誰もこの子を見て年上だとは思わないんだろうな。
俺だって、言われなきゃ気付かなかったよ。
さて、ここでなぜ稚魚が主人公に声をかけてきたかと言えば、
「わらわは疲れたぞ。おい、コタロー。わらわを学園までおぶってゆく権利をそなたにさずけよう」
との理由からだ。
まぁ、おこちゃまだしね。
学園までの道のりを歩くのはキビシーんだろうさ。
「あ、はい、わかりました」
そして俺は稚魚を肩車する。
「よし、イケイケー!」
他人の視線があつまる中、俺は稚魚を肩車し、学校まで行くことになった。
ああ、視線が痛い。
それは主人公のセリフだが、そっくりそのまま、今の俺の心境だった。
それにしても……ビミョーにリンクしてるような……ゲーム内のイベントと、学校がどこかわからない俺の状況が。
ま、偶然だろうけど。
……ちなみに、画面がスクロールするのはこのシーンだけで、次の稚魚の登場からは、稚魚は他のキャラよりも小さいながら、フツーに画面に収まっている。
常に台か何かに乗っているとでしょうか?
やはりカオス。