38
「……なんで……そう、思うの……?」
もはや答えは出ているようなもの。
だから、これは確認作業だ。
お互いがそれを認めて、前へ進むための。
「それまでも正体のわからない違和感を覚えていたが、大きな違和感となったのは、ミサキがこの世界に組み込まれ、はじめて会った日だな」
「入学式のあと、弓道場に来た日だね?」
「ああ。あの時、ミサキは胸当てをつけないで矢を射ろうとしたよな?
最初は初心者なのかとも思ったけど、ちゃんと的に当てたし、そうは思えなかった。
初心者じゃないのに胸当てを付け忘れる理由――それって、普段は胸当てをつける必要のない者……つまり、男なんじゃないかと思ったんだ」
「たまたま的に当たっただけかもしれないじゃない」
「もちろんその可能性もある。だから『それまでも正体のわからない違和感を覚えていたが』と言ったんだ」
ミサキは黙り込む。
ただじっと、目で、こちらを見ている。
説明を求めている。
「前回、例の場所で会った時、俺が神か、と訊ねた時、お前はこう言ったよな。『それが本当ならどんなに素敵な事か』と。そして、遠い目をした」
こくり、うなずく。
「さらに世界が滅んだことに言及した時、『ボクにとって、そう悪いことでもないんだけどね』とも言っていたな」
こくり、うなずく。
「その後俺が『自分の容姿にコンプレックスでもあるのか?』と尋ねたら、一瞬、表情を曇らせた」
こくり、うなずく。
「その三つの違和感が、ミサキが胸当てを付け忘れたのと繋がった。ミサキが実は男なんじゃないか、との俺の考えを後押ししたんだ。容姿のコンプレックスとは、顔の良し悪しの場合もあるが、性別そのものであるかもしれない。神様なら、性別なんてどうとでもなるし、世界が滅んだことで、人は電脳世界に逃げ込むことになり、アバターで容姿も性別もどうとでもなるようになった」
「ただそれじゃあ、決め手にはならない」
ミサキが言い、俺はうなずく。
「その後喫茶店で、お前は俺にこんな感じの事を言ったな。『肉体を捨てるのにためらいがないわけではなかったが、ほかの人間より自分の体に執着がなかった』と。
そこで思ったんだよ。ほぼ確信したんだ。
俺の考え通りミサキは男で、そして、現実世界で、男性器を切除する手術を受けたんじゃないか、ってな。一度親からもらった肉体の一部を切除してるからこそ、ほかの人間より執着がないんだと、俺はそう解釈したんだ」
――沈黙。
「付け加えるなら、弓道場の横で会った時、お前はこう言ってたよな。『せっかく学生時代に戻ったんだから、めいっぱい青春しなきゃ』。『女子高生』じゃなくて『学生時代』。これもまぁ、違和感の一つではあった」
さらに沈黙。
「――以上だ。そんな理由から、俺はお前のことを男だと思った」
さらに沈黙を重ねた後、
「……やれやれ、あこがれの女子高生になれたからってはしゃいで部活なんてやるんじゃなかったよ。どんなにカッコをまねても、男は男なのにね」
決まりだ。
ミサキは、男だ。
「ミサキって名前は、偽名か? あこがれの女性の名前を拝借したとか?」
おそらくはそうだろうと思っていた。
けれど、ミサキは、ゆっくりと首を振り、
「本名だよ。漢数字の『三』に川崎の『崎』、重量の『重』に孫悟空の『悟』で、三崎重悟。ゴツイ名前でしょ? これがボクの本名だよ」
どこか自虐的に、ミサキは笑った。
重い空気が漂う。
俺は待った。
ミサキが、自分から口を開くのを。
やがて。
「……ボクの最初の記憶は、なんでボクは短い髪をしてるんだろう、ということだった。女の子はみんな髪を伸ばしているのに、ボクだけは、短い髪だった。ボクだって、女の子みたいに髪を伸ばしたかったのに…………」
語る顔に浮かぶのは、苦悶の表情。
「性別は男でも、心は女の子だったんだよ。性同一性障害ってやつだ。けど、そんな言葉が知れ渡っていても、いまだに世間の目は厳しい。見た目は男で、中身は女の子だったボクは、同級生に酷いイジメを受けた。死ねだの学校に来るなだの変態カマヤローだのね。
だからだよ、コタローくん。キミの指摘した通りだ。この世界が滅び、人が電脳世界に入り込んだ時、すでに男性器を切除していたボクは、ほとんど躊躇いなく、肉体を捨てることが出来た。……むしろ、ボクは喜びを感じていたよ。だって、これで本当に女の子になれるんだからね。脳だけなら、男も女もない。捨てた肉体は、電脳世界で、自由に好きなものを獲得できる。だからさ、ボクにとって、この世界はそう悪いもんじゃあないんだよ……いや、最高の世界だ。ボクにとって、この電脳世界は、楽園なんだよ」
苦悶の表情が、和らいでいく。
けれど、どこかそれは病的で…………
「だからさ、コタローくん。そんなボクが、この世界を壊すような真似をすると思う?」
どうだろう。
そもそも、世界が壊れる云々は、ミサキ一人が言っていることだ。
「キミにボクが男だって黙っていたのは、べつに言う必要はないと思ったし、なにより、言いたくなかった。だってボクは、この世界で、ようやく女の子になれたんだ。わざわざ男だなんて言う必要はないじゃないか。決してキミを騙そうとか、悪意があったわけじゃないんだよ」
泣きそうな顔で訴えてくる。
その言葉は……信じていいように思えた。
それに……ミサキは、きっと、俺と同じなんだ。
現実世界に居場所を見いだせず、別の世界に救いを求めた。
俺と、同じだ。
だからこそ、この世界を必死に守りたいんだろう。
それは、ほかの誰かのためではなく、自分自身のため。
俺と、同じだ。
俺はこのケイオス・ラブの世界を守りたいと思った。
ヒロインたちを守りたいと思った。
けどそれは、結局のところ、俺自身のためだ。
俺がこの世界のことを好きだから。
ヒロインたちのことを愛しているから。
だから救いたいと思った。
それは、やはり、俺のためなんだ。
「ミサキ。悪かった。キツイことを言って」
「コタローくん……」
「信じるよ、お前のこと。お前の話を、全面的に信用する。その価値が、お前にはある。だから、俺は、お前の言葉を信じて、これから、糸の切れたマリオネットを特定する」
「……ありがとう、コタローくん」
ミサキの瞳から、涙が一つ、零れ落ちた。




