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「じゃあ、コタローくんは入口の方ね。ボクは従業員用出入り口を見張ってるよ」
「ああ、じゃあ、二時間後に」
「うん」
手を振って、ミサキとわかれる。
某百円ショップの入り口付近でのこと。
時は九月の最後の日曜日。
この日、俺とミサキはこの百円ショップで張り込むことにした。
ここには、只野真夏と瀬戸亜麻美、それに夜座倭燐堕しか出現しない。
つまり、糸の切れたマリオネット候補となった四人の内の誰かがここに入店したら、その人物が、糸の切れたマリオネットに確定することになる。
「………………」
以前見かけた暗野クララが見間違えだったとは思っていないが、だからと言って、クララが生きていたとして、どこへ行けば会えるかもわからない。
だからこうして、今日は、ミサキの提案に付き合った。
いつもは別れてやってるけど、たまにはふたりでやろう、という。
ミサキはクララが生きてることをあまり信じていないみたいだけど……それでいいのかもしれない。
俺はわからなくなっていた。
本当に、暗野クララが犯人なのか。
生きていたとしても、犯人とは限らないんじゃあないかと。
けど、ここに来るはずのないヒロインが来れば確定なのだ。
それは、暗野クララについていろいろ考えるよりかはよっぽど楽だった。
「………………」
入口から影になるような場所で、入口のドアを見張る。
馬鹿正直にドアの真ん前に突っ立っていたら、店に入ろうと来たヒロインに見つかってしまう。
こっちが気付く前に気付かれて逃げられたら意味がない。
ミサキが従業員用出入り口を見張るのは、糸の切れたマリオネットがすでに店にいるかもしれないことを考慮してだ。
俺が入口を見張り、ミサキが従業員用出入り口を見張れば、仮に糸の切れたマリオネットが中にいても逃げられない。
二時間経ってターゲットがあらわれないようなら、最後に店の中を確認し、別の場所へと向かう予定だ。
………………
…………
………
誰も現れないまま、四十分以上が過ぎた。
ミサキの方からもなんの連絡もない。
ぼんやりと、流れゆく人を眺める。
視線の先に大柄の男がいる。
出入り口に向かって歩いている。
「――!?」
と、その時、大柄の男がしゃがんだ。
そのこと自体に驚いたわけじゃない。
俺が驚いたのは、しゃがんだ大柄の男の向こうに、見なれた人影を見たからだ。
大柄の男に隠れるように、見なれた人影が歩いていたのだ。
それが、大柄の男が急にしゃがみこんだから、俺の視界に飛び込んできたのだ。
大柄の男がしゃがんだ理由は靴ひもがほどけていたかららしいが……そんなことはどうでもいい。
「夜座倭!」
声をかけ、俺はその見慣れた人影――夜座倭燐堕に駆け寄った。
しかし、声をかけても何の反応もなく、俺が追いついて、前に回り込んでも、燐堕は、俺に対し何の反応も示さなかった。
俺の事が見えていない……というわけでもなさそうだが……
「よお、こんなところで奇遇だな」
これは主人公・鈴代小太郎が街中で偶然ヒロインに会った時にいうセリフだ。
そっくりそのままマネさせてもらった。
俺の言葉じゃあ、女の子に気軽に声をかけることすら叶わないから。
誰かの真似をすればいいというのは、俺にとって、ものすごく楽だった。
「……………」
「あ、ちょ、おい、夜座倭! どうしたんだよ!」
しかし燐堕は、俺に微塵も興味を示すことなく、足早に立ち去って行った。
「……なんなんだ、一体……」
「ふーん、たしかにそれはまぁ、変っちゃあ変だけど」
例のごとく。
俺とミサキは、喫茶店にいた。
ミサキは相変わらずミルクティを啜っていて。
そして、相変わらず俺の話に乗り気じゃあない。
「変だよなぁ? あやしいよなぁ?」
ずずっ、とストローでミルクティをすすりつつ、小首をかしげるミサキ。
「あやしいって……彼女が糸の切れたマリオネットじゃないかってこと?」
「……いや、べつに断言するわけじゃあないけど……不自然な行動だなぁ、って思って」
「不自然っちゃあ不自然だけどさ、ヒロインたちは、ボクですら本物の人間と見分けがつかない超高性能AIだからねぇ。なにか嫌なことでもあったとか、そんな感じなんじゃないの? 機嫌悪かったとかさ」
「そう……なのかな……?」
問う俺に、ミサキは曖昧に首をかしげて、
「そうなんじゃないのー?」
「あんま興味なさそうだな」
「そりゃそーだよ。だって、夜座倭燐堕って言えば、合宿には参加してないだろ? なら、容疑者……糸の切れたマリオネット候補からは外れるじゃないか。そんな人間がいくらあやしい行動を取ったからと言って、ボクはなんらそそられないよ」
そう、そうなんだ。
さっきの夜座倭燐堕はあやしかったが、けど、それでも、合宿には参加していない以上、容疑者には成り得ない。
やはり、考え過ぎなのだろうか……
「それにコタローくんさ、キミは、暗野クララをあやしんでるんじゃなかったっけー?」
ジト目。
「い、いや、まぁ……あやしいっつーか、ただ、見かけただけで……」
暗野クララ。
彼女も……どうなんだろうな。
生きているのか、死んでいるのか…………
「とにかくさ、キミのその話はまったくボクの興味をそそらない。
……悪いけど、今日は帰るよ。疲れたしね」
体力的にはそう疲れるようなものでもなかった。
だから、気疲れなのだろう。
もう、九月も下旬。
それなのに、イマイチ前に進んでいるような気がしない。
合宿の件以来、俺たちの捜査は停滞していた。
それが、精神的に、けっこーくる。
これで糸の切れたマリオネットが特定できた、ってんなら、疲れも一気にふっとぶんだろうけど……
どこか気だるげでやる気がなく、俺の話をいい加減に聞いてる気がするのは、そのせいだろう。
ミサキだって、悪気があるわけじゃないんだ………………
だよな?
その後、夜座倭燐堕に接触し、詳しく話を聞こうと思ったが、燐堕は学校にもほとんど来ず、また、さほど好感度をあげていなかったので、ケータイに電話しても出ず、家に行っても会えずじまいだった。




