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 俺がそれに遭遇したのは、暗野クララの焼死事件から、二週間ほどあのこと――

 九月の、第三土曜日のことだった。


 合宿所の件で糸の切れたマリオネット候補を四人にまで絞りこめたのはいいが、そこから二週間ちかくたっても一向に絞り込みは進展しなかった。

 積極的に四人に接触し、探りをいれたが、超高性能AIと自我の芽生えたマリオネットとの差異は俺にはわからなかったし、ミサキもまた、同様だった。


 だから俺たちはふたたび、休日のたびに、地味にデートスポットを張り込む、という作業にもどったのだった。

 合宿前と違うのは、犯人候補となった例の四人が本来なら出現しないデートスポットのみを見張ればよくなった点だ。

 それで、まぁ、多少は楽になった……多少は。

 根本的には大して変ってないようにも思うけど…………


「……え?」


 正午、少し過ぎ。

 俺は奇妙なものをみかけた……いや、正しくは、奇妙な者だ。


 メデューサのようにわさわさした長い黒髪。

 そして、喪服のようなワンピース。

 腕には、ゾンビ子グマのヌイグルミを抱えている。


 遠目だが、間違いない。

 あんな特徴的なやつを間違えるわけがない。


「暗野……クララ?」


 馬鹿な。

 そんな馬鹿な。


 暗野クララは……合宿の翌日、焼死したはずじゃあなかったのか……?

 生きていたのか……?

 なぜ――?


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃあない。

 クララは……クララと思しき何者かは、人ごみに紛れつつある。

 繁華街は、人が多い。


 俺は人ごみを縫って駆けだした。


「ちょっ待てよ! 通してくれ! 邪魔だ! どけ!」


 AIたちのメイワクそうな顔を物ともせず、俺は乱暴に人ごみをかき分け、駆ける。

 が、暗野クララは、俺が追いつく前に、完全に人ごみに紛れてしまっていた。

 クララを見かけた場所で立ち止まり、あたり見回すが、もうすでに、クララの姿は跡形もなく消え去っていた。






「見間違えじゃあないのかい?」


 午後二時。

 とある喫茶店。

 予定より少し遅れてあらわれたミサキはミルクティをアイスで注文すると、俺の話を聞き、話の途中で運ばれて来たミルクティをストローでさもうまそうに一口すすり、そう言った。

 その返しは予想はしていたが、実際に言われると、ちょっとムッと来る。


「俺を誰だと思ってるんだ? マスターぞ? 我、ケイオス・ラブマスターぞ? 他の誰が見間違えても、この俺が、愛するケイオス・ラブのヒロインを見間違えるわけがないんだよ!」


 ミサキはジト目で、


「へぇ、すごいすごい」


 わざとらしく乾いた拍手なんかを送ってよこす。

 こいつ……


「いや待てよ、ミサキ。確かにちょっとばかし距離は離れていたけど、俺は確かに見たんだ。それにさ、お前、暗野クララの死体を確認したか?」


 問うと、ミルクティをすすっていたミサキの顔が、真顔になる。


「……いや、してないな。ユミコ・ジョンソンと只野真夏の死体は確認したけど……あのふたりは間違いなく死んでいたが、焼死したという暗野クララの死体は、言われてみれば、たしかに確認していなかった」

「だろ? バールストン先攻法だよ」

「バルーンストーン? 風船石?」

「バールストン先攻法。ミステリー用語で、真犯人を死んだように思わせ、真犯人を隠す手法だ。読者はその人物が死んだと思っているから、犯人候補から外すんだ。今回のケースはまさしくそれじゃないか? 暗野クララが糸の切れたマリオネットで、俺たちの目を逸らすため、死んだように見せかけたんだ」


 そう考えるとしっくりくる。

 いや、そうとしか考えられない。

 俺の目撃したものを、説明するには。


「……だから、家ごと燃やしたっていうの?

 燃やしてしまえば、遺体が誰かわからなくなるから?」

「そうだ。焼け跡から発見された三つの遺体は、暗野クララの祖父母と、そして、まったく関係ない第三者のものだったんだ」

「…………………」


 ミサキは考え込む。


「……なにか、おかしな点があるか?」

「うーん、おかしいって言うより……実際ボクが生きている暗野クララを見たわけじゃあないからね。あくまでキミがそう主張しているってだけだ」

「嘘は言ってない」

「わかるよ、それは。でもさ、ほら、見間違いやカンチガイって、けっこーあるんだよ。本人がそう信じているだけで、事実は違った、なーんて話はよく聞くだろ?」

「………………」


 俺は確かに暗野クララを見た。

 けど、ミサキからしたら、信じきれないのも無理はない。

 俺だってミサキが同じことを言いだしたら、見間違いじゃないのかと疑うかもしれない。


「理屈としては納得できるんだよ。たしかに、僕たちは暗野クララの死体を見たわけじゃない。仮に見たとしても、外見からは判別できないだろうね。だからと言って、この世界には、DNA鑑定もない。つまり、コタローくんの主張を証明する手段がないんだよ、ザンネンなことにね」

「………………」

「……てなわけで、ボクはその主張に、半信半疑ってとこかな」

「…………」

「おいおい、そんな目で見ないでよ。まるでボクが悪いみたいじゃない。

 それにさ、あくまで半信半疑。半分はキミのことを信じてるんだよ? 

 でも、思考がそっちに偏り過ぎちゃうのも危険なんだよ、この場合。

 だからさ、キミにはこれを渡しておくよ」


 ミサキはパンダの荷物入れをごそごそあさり、なにかを取り出し、こちらへ寄越してくる。


「これは……?」

「銃だ」

「銃?」


 銃、といっても、一般的に知られているような、黒い、スマートなやつじゃなくって。

 マンガやらアニメやらで見かけるような、丸っこいフォルムのオモチャのような銃だ。


「今度キミが暗野クララを見かけ、それが本人だと断言できたなら、その時は、その銃で、暗野クララを撃つといい。それで、すべてが終わる。ボクたちの勝利だ」

「存在を消すのか?」

「ああ。けど、自我の芽生えたAI以外を消去するのはまずい。今この世界は不安定な状態だからね。他の正常なAIを消去するのはシステムに負荷がかかる。とくに、超高性能AIであるヒロインたちはなおさらだ。だから、それを使う時は、ちゃんと接触して、本人かどうか確認するんだ。遠目で見ただけで判断するんじゃなくてね」


 念を押される。


「……わかったよ」


 こんど暗野クララを見かけたら、接触し、本人だと確認した上で、この銃を使う。

 ……暗野クララ、か。

 人気声優を起用しながら、エンディング間近にたった一言しかしゃべらないことで話題になった、根暗キャラ。

 彼女は傷つき、心を閉ざしていた。

 主人公がしつこく付きまとうことで、次第に心を開いてゆき、エンディングでとうとう、主人公と、言葉を交わす。

 たった一言、ありがとう、と。


 あのときの感動は、色あせることなく、俺のこの胸の中に在る。

 まるでつい昨日のことのように思い出せる。

 実際に体験したかのように、思い出せる。


 けれど。

 今度会ったら、俺は、ミサキから渡されたこの銃で、まず間違いなく、彼女の存在を消去するだろう。


 そうするべきだ、と強く思う一方で。

 そんな時は永遠に来なければいいのに……と願う俺が、確かに存在していた。






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