32
「只野……」
殺されたのは、只野真夏。
俺の……鈴代小太郎の、親友だ。
殺されたのがヒロイン枠ではあるが、それでも男の只野でよかった――と俺は思い。
そしてそう思った自分に自己嫌悪する。
俺はゲーム画面を通してだけど、別次元の存在だけど、たしかに、只野に友情を感じていた。
それなのに、死んだのが只野でよかった、と思うなんて、あんまりだ。
さすがにそれは、自分でも、吐き気がする。
「これで、確定だね、コタローくん」
けれどミサキには俺の内心の葛藤などどうでもいいらしい。
……それもそうか。
ミサキには特にケイオス・ラブに思い入れはないだろうし。
俺みたいに、この世界をリアルに感じたわけでもないだろうし。
ミサキは、あくまでこの世界をデータとして扱っているんだろう。
冷たいように見えるけど、たんに、俺とは物の感じ方、世界のとらえ方が違う、ってだけの話なんだろう。
そんなミサキにちょっとイラつくこともあるが……こればかりは、まぁ、しょうがないんだろう。
事情が事情だし。
「この合宿に参加した、六人……いや、只野真夏を抜かして、五人のヒロインのうちの誰かが犯人だ」
ミサキの言葉にうなずく。
五人にまで絞れた。
すなわち――
丸井眼鏡、小此木聖子、初菜恋、翁屋舞衣、暗野クララ
この、五人だ。
この五人の内の誰かが、自我の芽生えたAI――糸の切れたマリオネット――すなわち、ヒロインたちを殺しまわっている、犯人なんだ。
事件は、二日目の夜に起こった。
合宿最終日となる三日目の朝に、ロビーで死んでいる只野が発見された。
俺たちはいちおう、只野の死体を調べたり、アリバイを調べたりもしたが、そのすべてが無駄に終わった。
只野は頭を強打されて死んでいたが、手掛かりになるようなものはなに一つ残されてはいなかった。
そうするうちに時間が来て、仮設の橋が作られ、警察が来て、事情聴取がなされたが、俺はそれにテキトーに答えた。
どうせこの世界の警察に、犯人が捕まえられるわけがないのだ。
やがて警察の拘束が終わり、俺たちが帰途に着くころには、すっかり空は、黄昏に染まっていた。
帰りのバスには三人の容疑者が乗っていた。
行きと同じ、丸井眼鏡、小此木聖子、初菜恋。
翁屋舞衣と暗野クララはいつの間にか帰っていた。
ミサキが、俺に囁くように言った。
「これで五人にまで絞られたけど……まだ安心する段階じゃあない。
最低でも、あとふたりは、容疑者候補から外したい」
「一人を特定しなくてもいいのか?」
「出来るならそれが一番さ。ボクが言っているのは、あくまで最低でも。
もし、一人に特定できなければ、ボクたちは、残された人類の未来を、運否天賦に任せなきゃいけなくなる。その時に、助かる確率は少しでもあげておきたい」
「そう……だな」
絞られた、五人のヒロイン。
俺は彼女たちのうち、誰が犯人だろうと、悲しむと思う。
五人とも大好きだ。
……いや、ケイオス・ラブに出てくるヒロインたち全員が大好きだ。
けれど、世界を救うためなら仕方ない。
ほかのヒロインを救うためなら仕方ない。
一切の感情を排除して、俺は、犯人を……糸の切れたマリオネットを特定しなければならない。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
夜、くたくたになって帰宅すると、リリが玄関先で出迎えてくれる。
「ごはんは?」
「帰りに食べて来た」
「そっか、お風呂はどうする?」
「いや、今日はいいや。明日はいるよ」
「うん、わかったよ」
「いつもありがとな」
「どーいたしまして」
とてもAIとは思えない健気な兄思いの妹の頭をポンポンし、俺は二階の自分の部屋に帰ると、着替える間も惜しみ、ベッドにダイブした。
疲れた。
とにかくいろいろと疲れる合宿だった。
色々と考えなきゃならないことも多そうだけど……
今は、とにかく、泥のように眠りたい。
目が覚める。
目覚まし時計を見る。
「三時か……」
はて、今が、午後なのか午前なのか一瞬迷ったが、カーテンの外が明るいことから、午後だとわかった。
半日以上も寝ていたことになる。
これだけで寝ると、寝過ぎで逆にだるい。
部屋を出ると、音を聞きつけてか、となりのリリの部屋のドアがあき、リリが顔を覗かせる。
「起きた? お兄ちゃん。相当疲れてたんだね、リリ、びっくりしちゃったよ。起こしても全然起きないんだもの」
屈託なく笑う。
やはり俺の妹は愛らしい。
俺の妹がこんなに可愛いのは至極当然だ。
「ご飯はキッチンに置いてあるから、チンして食べてね」
「ああ、ありがとう」
リリと別れ、一階へ。
「……チンして食べて、か。そりゃそーだよな、マンして食べるわけにはいかないもんな」
寝ぼけているらしい。
睡眠にしろ食事にしろ、ほどほどが一番だ。
リリの作ってくれたおかずをチンし、キッチンでテレビを見ながらひとりで食事。
テレビではニュースをやっていた。
この世界でなにが起ころうがどーでもいいし、と軽く聞き流し、半ば義務的に箸で飯を口に運んでいた俺の動きが、ぴたり、と止まる。
「今日、明け方ごろ、××で火事があり~」
テレビ画面の中では、燃え盛る家が映しだされていた。
見覚えのある、家だった。
あれは………………
「クララ……? 暗野……クララ……?」
そうだ。
クララの家だ。
この世界に来てからは一度も行ったことはないが、ゲームでは、なんども足を運んだ場所。
それが、今、テレビ画面の中で――燃えていた。
「焼け跡からは三つの死体が出ており、祖父の暗野昭三さん、祖母の暗野梅さん、孫娘の暗野クララさんとみられています」
なん……だと……?
火事で、焼死、だと?
その瞬間、テーブルの上のケータイが振動した。
ミサキからだった。
「コタローくん!」
焼け落ちた暗野クララの家のまえで、ミサキと合流する。
見事なまでに……焼け落ちていた。
出火したのは明け方、という話だったか。
ふつう、寝ている時間だ。
その時間に火がついたのなら、気付いた時には、火に囲まれていて、逃げるヒマもなかったかもしれない。
「ミサキ……これは、やっぱり、糸の切れたマリオネットの?」
「仕業、だろうね。前にも言ったと思うけど、この世界は人死にの出ない、至って平和な世界だ。そこで人が死んだのなら、自我のある何者かの意思が必ず関わっている」
「自我のある何者かの意思、か。
一応言っておくが、俺はやってない」
「ボクもさ」
すぐにミサキも追随する。
「ならやっぱ、糸の切れたマリオネットの仕業か」
「そうみたいだね」
「しかし火事か……こんな殺しは初めてだぞ」
「なにか意味があるのかな?」
「あるような、ないような」
「うーん…………」
わからない。
これまで首つり自殺に見せかけて殺したり、腹を刺したり、頭を鈍器で殴ったり、と、そんな殺人方法だった。
それが、家に火を放ち殺すなんて、一体どんな心境の変化なのか。
たんなる気まぐれなのか?
それとも、なにか意味がある――?
疑問はそれだけじゃない。
「なんで糸の切れたマリオネットは……わざわざ合宿に参加したヒロインを殺したんだろうな?」
「ボクも同じことを考えていた。ボクたちは、合宿先のホテルで殺人が起きたことで、糸の切れたマリオネットは合宿に参加していた五人のヒロインの中にいる――そう結論付けた。なのに、その中から一人殺すことに、一体どんな意味があるってんだよ。これで容疑者は四人だぞ? 自分が不利になるだけじゃないか……それとも、糸の切れたマリオネットは、気がくるってるのか? 理屈なんて通じないのか? あるいは、ボクたちの存在なんて歯牙にもかけてないのか? それとも…………?」
わからない。
わからなかった。
なぜ、糸の切れたマリオネットが、五人の容疑者の中から殺したのか、俺たちには、わかるはずもなかった。
「あるいは……糸の切れたマリオネットは気付いてないのか? ボクたちが容疑者を五人にまで絞り込んだことに?」
「どうだろうな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「そもそも、なぜ、合宿中に殺した?
絞りこまれるとわかっていて、なぜ、殺した?」
ミサキのギモンは、そっくりそのまま俺のギモンでもある。
正直、あの状況で、殺人が起きたのは意外だった。
起きてくれたら犯人候補を絞れると考えていたが、起こる可能性は低かった。
糸の切れたマリオネットとしても、わざわざ容疑者が絞り込まれる状況で犯行を犯すメリットはないだろう。
けれど、それでも、殺人は起きた。
気まぐれ?
意味はない?
混乱を誘っている?
「………………」
糸の切れたマリオネット。
未だ姿の見えないこいつは、一体、なにを思い、行動しているのか。
そのあまりの読めなさが、俺には酷く不気味だった。




