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合宿所は山の中腹にある瀟洒なホテルだ。
そこに行くために、山道を、長い間揺られることになる。
どこまでも続く長くうねる坂を上っている最中、次第に天気が崩れてくる。
だがこれは予定されたものだ。
快晴だった空に暗雲が立ち込め、激しい雨が降り、やがて落雷が、合宿所へと続く吊り橋を直撃し、俺たちは合宿所へ足止めされることになる。
ゲームでは、そのため、せっかく山腹の合宿所まで来たというのに特にそれを活かしたイベントはなく、ただただ、ヒロインと仲良くなるだけの時間を過ごすことになる。
やはりカオス。
ホテルに足止めされ二泊三日を過ごした朝に天気が回復し、昼にようやく仮の橋が設置され、合宿所をあとに出来る。
製作者のいい加減さやアホさが浮き彫りになる展開だが、まぁ、これが、ケイオス・ラブでは平常運転。こまけぇこたぁいーんだよ。ギャルゲにリアリティ求めてどーすんのさ。
ブロロロロロ……
やがて、近い将来雷によって無残な姿に変えられ、谷底に落ちる運命の吊り橋が見えてくる。
「……これが、落ちるんだ」
「ああ」
不安げな顔のミサキにうなずいて見せる。
雷とか関係なしに落ちそうだけどな、と内心つけ加える。
「えー、あの橋わたるのー」
「こわーい!」
「落ちそうじゃない?」
などとAIたちが盛り上がっていたが、そんなことはなく、無事に向こう側までたどり着く。
そこまでくれば、合宿所はすぐそこだ。
五分ほどで、山中にあらわれた瀟洒なホテルにたどり着いた。
バスを降りた俺たちがまずすることは、すでに述べたように、合宿に参加しているヒロインのチェックだ。
学校からのバスに乗らず、電車とバスを乗り継いできた他の参加者は、俺たちよりも先に着くことになっている。
「いらっしゃいませ。こちらにお名前をご記入ください」
カウンターに行くとホテルマンが宿帳を差しだしてくる。
記入する際に、ほかの名前をチェック。
まずまっさきに飛び込んできた名前は、
暗野クララ
続いてヒロインではないモブキャラの名前が続くが、その中に、只野真夏と翁屋舞衣の名前が混じっていた。
「暗野クララ……クララが来てるのか、それに舞依も」
根暗と病弱。
こんなイベントにはまったく縁がなさそうなふたりも、このゲームではお構いなしだ。
だれだろうと、ランダムに、合宿参加者は決められる。
「翁屋舞衣ならあそこにいるよ」
俺の後ろから名簿を除きこんでいたミサキが、ホテルのロビーでくつろいでいる翁屋舞衣を指さす。
よし、翁屋舞衣は確認、と。
もしこの合宿にこっそり糸の切れたマリオネットが入り込んでいるとしたら、隠れているか、あるいは、偽名を使ってホテル内に潜り込んでいるかもしれない。
宿帳の名前と本人を、モブキャラも含めて全員、一人一人確認して行かなければならない。
「暗野クララはどこにいるかな?」
俺が呟くと、
「暗野様は着くなり、お部屋へ直行されました」
ホテルマンが親切にも教えてくれる。
「あ、どうも。どうでした? 様子は?」
「あまり元気がないご様子でしたが……ですがそれでも可愛らしい方ですね」
フォローのつもりだろうか。
暗野クララ。
可愛いと言えば可愛いが、あまりにもどんよりしているため、可愛い、というイメージはあまりないが。
「クララは部屋、か……」
ま、そうか。
誰かとコミュニケーションを取るような性格じゃあないしな。
ならなぜ来た、と言っても、元となるゲームでそうなってるから、としか言えないだろう。
「鈴代様と佐山様ですね。では、こちらお部屋のカギとなります。
当ホテルでごゆっくりおくつろぎください」
名前を書き終えた俺たちは、手分けして、宿帳の名前にあるキャラたちを一人一人確認していくことにした。
「おっ、小太郎、お前も来たのか」
「よお、只野。急いでるからまたな」
「ええ~~~~~~~~~~~~~~!」
まずは一人、確認。
構って欲しそうな只野をやり過ごし、次は、クララの部屋へ。
ドアをノック。
「暗野? いるか? 俺だ、鈴代だ、いるなら開けてくれ」
しかし返事はない。
「暗野? いるんだろ? 開けてくれよ!」
どんどんどんどんどんどん!
最初は何の反応もなかったが、嫌がらせのようにしばらくドアを叩いていたら、
かちゃり
ようやく固く閉ざされていた門が開かれた。
「………………」
開け放たれたドアの隙間から、どこか恨めしそうな顔の暗野クララが俺を凝視する。
よし、二人目、確認。
「よお、暗野、ちょっと失礼するよ」
迷惑そうなクララを押しのけ、部屋へ。
一通り部屋をチェックし、中に誰もいない事を確認する。
「邪魔したな、それじゃ、ゆっくりくつろいでくれ」
「………………」
暗野の部屋を出る。
それから俺は、ホテル中を探索してまわった。
名簿と人のチェック兼、隠れている人間がいないかだ。
自分の担当の部屋を一つ一つ、訊ねて回る。
半ば強引に部屋に押し入って嫌な顔をされたが、相手はしょせん、AIだ。
こーゆー場合は迷惑そうな対応をする、というプログラムに従って俺を罵倒して来ているにすぎない。
「ほんっと、メイワク。あんたって何考えてるのかよくわからないよね!」
プラグラムプログラム。
「たく、なんだよ、お前、空気読めよ」
プログラムプログラム。
「い、いや……へ、変態………」
プラグラムプラグラム……だよね?
――とにかく、こうして俺は、現実世界では決して出来ないような強引な方法でもって、自分に割り当てられた場所と人物チェックをすませた。
一時間ほどかかった。
ロビーでミサキと合流する。
「こっちはオッケー。問題なし。コタローくんの方は?」
「こっちも問題なし。誰も隠れている人間はいなかったし、ここに来ているのも、名簿通りの人間だ」
「よし、じゃあ、次は、ホテルのまわりを調べようか」
「ああ」
といっても、立ち入れる場所は限られている。
俺たちは三時間以上、周囲の捜索をつづけたが――
やはり、誰も潜んでいる様子はなく。
午後六時ちょっとすぎ。
「もうすぐ?」
「ああ、そろそろだ」
探索を切り上げ、例の吊り橋の前までやってきていた。
雨は降り続け、風は吹きすさび、空は光りまくる。
そろそろ、雷が吊り橋に落ちるころだ。
間もなくここは、外界から閉ざされる。
クローズド・サークルってやつだ。
吊り橋に雷が落ち、閉鎖空間となる――
そんな都合のいい話があるか、と思われるだろうが、ここはゲーム世界。
あるんだな、そんな都合のいい話が。
だって、ゲームだもの。
都合よくもなるさ。
そして――
ピカドンッ
空が光ったかと思ったとたん。
轟音が鳴り響き、地面が揺らぎ、吊り橋が、燃え上がった。
「ひゃ~~~、本当に落ちていくよ~~」
ミサキがおっかなびっくりの声をあげる。
燃え上がった吊り橋が、ゆっくりと、崖の下へと落ちてゆく。
その様を見届けて、俺たちは、ホテルへと戻ることにした。
間違いなくここは、陸の孤島になった。
そして、潜んでいる者もいない。
もし、ここで殺人事件が起きたら。
その時は、合宿に参加した六人のヒロイン(ただしその内一人は男)の内の誰かが糸の切れたマリオネット、ということになり――
そして、事件は起きた。




