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それからは誰も殺されることなく、八月となった。
もうそろそろ夏休みが終わろうかというころ。
「お待たせ」
「おう」
俺たちは、学校の校門で落ち合った。
今日ここから、合宿先へのバスが出る。
八月の終わり、ケイオス・ラブでは、合宿へ行くイベントがある。
自由参加で、とくに何をするというわけでもなく。
あくまで製作者が用意した、ヒロインたちとのちょっとしたシーンが用意されているイベントの一つだ。
今の記憶が始まってから、俺は二度ほどこのイベントに参加した。
一度目と二度目だ。
それ以降は、ヒロインをなんとかして救わなきゃ、と必死でゲームを楽しむ余裕なんてなかった。
それなのに、糸の切れたマリオネットを捕まえるラストチャンスとなる今回、このイベントに参加するのは、当然、わけがある。
「合宿に参加する生徒はバスに乗り込んでくださーい!」
引率の一人である丸井眼鏡ことメガ姉が声を張り上げ、俺たちは、ほかの生徒に混じり、バスに乗り込んだ。
隣り合って座り、ざっと車内を見まわすと、小此木聖子と初菜恋がいた。
メガ姉とあわせて、これで三人が確定だ。
合宿には引率のメガ姉以外ランダムで、三人~六人のヒロインが参加する。
「じゃあ、出発しまーす」
やがて、バスが動き出す。
これから揺られること一時間、合宿所へ到着する。
「さて、ここで殺しは起こってくれるかな?」
揺れる車内でミサキが囁くように言う。
ほかの人間はAIで、自我はないけれど、この車内にいる三人、すなわち、丸井眼鏡と小此木聖子と初菜恋は、自我がある可能性がある。
こちらの情報をわざわざ漏らす必要はない。
……というか、向こうに何かを悟られるのは危険だ。
慎重に行動しなければ。
「さぁ、どうだろうな。でも、合宿期間中殺人事件が起これば……」
そうすれば、犯人は、多少、絞られることになる。
合宿所は俺やヒロインたちが暮らす都市からはだいぶ離れた場所にある。
だから、合宿所で殺人事件が起これば、合宿に参加したヒロインのうちの誰かが犯人ということになり。
逆に、俺たちが暮らす都市で殺人が起これば、合宿に参加しなかったヒロインのうちの誰かが犯人ということになる。
もう八月も終わるというのに、俺たちは、糸の切れたマリオネットのその手掛かりすら掴んではいなかった。
今回の糸の切れたマリオネットはなかなか手ごわい――ミサキ談。
だからこそ、今回の合宿にかけている。
俺たちが合宿所についたらまずやるべきことは、徹底的に合宿所やその周辺をさぐり、ほかのヒロインが隠れていないかを確認することだ。
俺たちの作戦を読んだ糸の切れたマリオネットが、裏をかこうとこっそり隠れている可能性もなくはないから。
ちなみに、合宿への参加は実にゲームらしく、その日の朝に選択する。
これが現実なら参加希望の申込用紙をあらかじめ提出しなければいけないんだろうが、さすがゲーム。
合宿所に行けば、申込みをしたことになるのだ。
そこら辺の適当さはいかにもゲームって感じだ。
ちなみに、合宿所へはなにも学校からバスで行かなくてもいい。
電車に乗って行くパターンもあり、その場合、同じく電車で行くヒロインと知り合い、仲良くなれる可能性がある。
だから、今このバスに乗っている三人だけが合宿へいくわけじゃあない。
もしも糸の切れたマリオネットが俺たちの作戦を読んだうえでこっそり合宿に参加するなら、電車に乗って来るだろう。
だからこそ、まず、合宿所についたら施設や周囲を念入りに調べるのだ。
「にしてもね」
ミサキが、呆れたように言う。
「こんな格好のイベントを、これまで調べて置かないとはね」
ミサキが言ってるのは、つまりはこうだ。
合宿中に事件が起これば、起こった場所で、ある程度犯人候補は絞れただろう、と。
何度も周回しているんだから、その度に犯人候補を絞っていけば、自ずと犯人は浮かび上がったかもしれない、と。
確かにそれは理屈。
筋が通っている。
「けど、それは、ヒロインの中に犯人がいる、って前提があってこそ成り立つものだろ?
前回ミサキに話を聞くまで、俺にはそこまでわからなかったんだ。
責めるのは筋違いってやつじゃあないのか?」
ミサキは肩をすくめた。
「まあね。……ごめん、あまりにもうまくいかないもんで、ボクも気が立ってるようだ。気を付けるよ」
気まずくなったのか。
そう言ってミサキは、倒した背もたれにもたれかかり、顔の上にタオルをかけた。
俺は思い出してみる。
これまで、合宿の最中、ヒロイン殺しが起きたかどうか。
――なんどか起きていた。
が、意識していなかったので、その時どのヒロインが合宿に参加していたとかは、まったくわからない。
ミサキの言うように、俺が調べていれば、ある程度は、絞りこめたかもしれないのに……いや、運が良ければ、それでほぼ確定していたかもしれない。
「糞っ」
自分のふがいなさが嫌になる。
仕方がなかったこととはいえ、もっと早くミサキの発信したメッセージに気付いていれば、事態はもう少し好転していたかもしれないのに……
「……いや、過ぎたことか」
後悔してもしょうがない。
今は、今やれることをやるべきか。
落ち込みやすいが立ち直りも早いところが俺の唯一のいいところ。
「お兄ちゃんは優しくてかっこいいよ」
とリリはよく言ってくれるけど……でもそのリリは、AIなんだよな。
超高性能AI。
人間のように思えても、その実、自我のない、ただのプログラム。
それがリリや他のヒロインの正体だ。
……いや、リリに自我が芽生えた可能性もあるのか。
あのリリに……俺の妹で、ずっとひとつ屋根の下で暮らして来た、リリに……
「――まさか、な」
俄かにわいてきた不安を打ち消すように、俺は首をぶんぶか振って、その最悪の考えを打ち払った。




