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「――ところで、さ」
公園をあとにしつつ俺は言う。
「ヒロインの誰かに自我が芽生えたのって、やっぱり、一周目なのか?
妹が首つり自殺をした――」
「一周目……という表現は、ある意味では正しく、ある意味では間違っている」
「禅問答か?」
「ああ、いや、そうじゃなくて」
可愛らしくぶんぶん首を振るミサキ。
本当のミサキがどんな外見をしているのか……いや、していたのか知る由もないが、今のミサキは――佐山美影の姿をしたミサキは、ぶっちゃけ、もの凄く魅力的だ。
ケイオス・ラブのヒロインたちに負けない魅力を、佐山美影のルックスをしたミサキは持っている。
ちょっと、ドキドキしちゃったりなんかして……
て、そんな場合じゃねーな。
今は糸の切れたマリオネットを探し出すことに集中しなきゃ。
「えっとね……そーいやコタローくんにはゆってなかったけど、実はさ、キミが一周目だと思っているのは、実は一周目じゃないんだ?」
「なん……だと……?」
あまりの事実に驚愕する俺。
「どどどど、どーゆーことだよ?」
焦る俺。
可愛らしいね。
「いや……あのね、実はコタローくんは、この世界で何百周もしているんだ」
「は? でも、そんな記憶は……」
と、言いかけて、気付く。
そうか、そもそも記憶なんて、ここじゃあどうとでもなるのか。
「気付いたみたいだね。そう、今のキミが外の世界が崩壊したことを忘れているように、今のキミは、この世界で何度も時を繰り返したことを忘れているんだ」
俺はただじっと、ミサキの言葉のつづきを待つ。
なんとなくはわかるが、具体的な理由まではわからないからね。
「つまり、キミがこの世界に来た最初の記憶は、実は最初でもなんでもない。キミは記憶をリセットされ、新たな周を始めた。つまりつまり、糸の切れたマリオネットが誕生したのは、キミが記憶をリセットされてあらたに始めた一周目、ということになるね、正確に言えば」
「なぜ記憶をリセットする?」
「想像つかない?」
つかない、ことも、ない。
「……マンネリを防ぐため、とか?」
ミサキは親指を立てた。
「グッド! その通り。いかにあこがれの世界だとしても、何度何度も繰り返していれば、さすがに飽きが来る。それは当初から懸念されていた。だからこその、記憶のリセットだ。ああ、いちおう言っておくけど、もちろんこれは、当人の意思を確認した上で行ってるからね? キミは、それに了承した。具体的には、二十回時をもどったら、記憶がリセットすることになっている。キミが望んだことだよ」
「そうだったのか……」
二十回、という回数は、妥当のように思える。
ヘタこかなければ最低一回は各ヒロインを攻略できるし、そうした上で余裕があるから、ぼっちライフを満喫することが出来るし、お気に入りのヒロインを二度攻略することも出来る。俺が記憶のリセットを二十回と設定したというのもうなずける。俺なら、そのぐらいを選ぶだろう。
「そもそもさ、AIに自我が芽生えるのは、そうカンタンなことじゃあないんだよ。何度も何度も世界を繰り返した上に、突発的に起こる現象なんだ。わかっているのはそれだけ。もっと解明が進めば、そもそも自我が芽生えること自体を防げるようになるかもしれないけどね……」
やれやれ、という風に両手を広げて見せるミサキ。
「……じゃあ俺は、いろんなヒロインと、恋愛を楽しんだ、ってことなのか?」
「そうらしいね。ボクは詳しくは知らないけどさ」
「マジかよ……」
「マジマジ」
わぁお。
俺ってばラブマスターじゃん。マスターラブじゃん。
モテない男だと思っていたが、俺の失われた記憶では、何度も何度もヒロインちゃんたちと付き合っていたのか。
モテすぎてごめんね?
まるで記憶ねーけどさ。
嬉しいような、そうでもないような。
ちょっと複雑。
「他に聞きたいことは?」
「いや、今はいい」
「じゃあ、今度はこっちから聞いていい?」
俺は親指を突き立てた。
「いーよ!」
ミサキは考え考え、
「あのさ……ヒロインの中で、一度も死んだことのないヒロインって、いなかったよね?」
「ん? いなかったけど……どうしてそんなことを聞くんだ?
それに、ミサキは把握していないのか?」
「うん……外の世界――つまり第一世界だけど、そこからじゃあ、第二世界の具体的な状況は把握できないんだよ。漠然とした状況しかわからない。途中から例の場所に来たけど、あそこから得られる情報も制限されるしね」
「ふーん、そんなもんなのか。
で、なぜそんなことを聞く?」
「だってさ、ヒロインの誰かに自我が芽生えて、その自我の芽生えた誰かがヒロインたちを殺して行っているのは間違いないんだよ? なら、一度も死んだことのないヒロインがいたら、その子で決まりじゃない?」
「あー、なるほど。言われてみればそっか」
やべ……気付かなかった、そんな単純な理屈。
けど…………
「……いや、一度も死んだことのないヒロインなんていないぞ?
無差別大量殺人が始まったのが四周目だけど、そこから少なくとも、みんな最低一回は死んでる。
……でもそれって考えてみればおかしいか?
なんで全員死んでるんだ?
ひょっとして、ヒロイン以外の人間が犯人なのか……?」
そうだったらどんなにか良いことか。
俺が愛したヒロインが、たとえ電脳世界からとは言え、消えてしまうのは悲しい。
ヒロインたちを殺しまわっている犯人は憎いけど、その犯人がヒロインたちの誰かかも知れないのは悲しい。
ヒロインではない第三者が糸の切れたマリオネットなら、俺の心はどんなに救われることだろうか。
「それはない」
けれど。
ミサキの残酷な言葉が、いともたやすく俺のあわい幻想を貫く。
「自我が芽生えるのは、いつだって超高性能のAIだ。それと知らなければ、我々にも本物の人間と見分けがつかないような、ね。そうでなければ自我なんて得られないし、だからこそ、自我を得られるとも言える。これは断言するよ。自我を得たのは……糸の切れたマリオネットは、間違いなく、ケイオス・ラブのヒロインの誰かだ。
すでに殺されたユミコ・ジョンソンを除いた十二人のヒロインの中に、間違いなく糸の切れたマリオネットはいる。
すなわち、鈴代莉々子・七色声・小山内稚魚・只野真夏・ペソ山ペソ子・丸井眼鏡・暗野クララ・小此木聖子・初菜恋・翁屋舞衣・瀬戸亜麻美・夜座倭燐堕――この十二人だ」
「………………わかった。受け止めるよ」
それは、辛いけど。
逃げてばかりもいられない。
ヒロインたちを殺しているのは、今ミサキが上げた十二人のヒロインたちの中にいる。
俺は、それを、受け止めよう。
「……けど、そうなると……どうなるんだ?」
わけがわからず呟いた俺に、ミサキは、
「なら、死んだフリをしたのかもね」
「死んだフリ?」
「うん。キミに怪しまれるのを警戒して、死んだふりをしてミスリードを誘ったのかもしれない。コタローくん、キミは、全員の死体を、確実に死んだと確認したの?」
「……いや、それは……わからない。そもそも、俺は、現実世界でも、死体をじっくり確認したことはないんだ。ましてやここはゲーム世界だぞ? 死んだふりをしていたら、俺にはわからないよ」
「なら、死んだフリをしていた可能性は高い。……いや、あるいは、自殺かもしれないな」
「自殺?」
「ああ。これもキミの目をごまかすミスリードだよ。キミにあやしまれないよう、自分で自分を殺していたのかもしれない」
「その場合、次の周が始まっても、芽生えた自我は保たれたままなのか?」
「ああ、何の問題もないよ」
「死んだフリ、あるいは、自殺をした、か……」
「あるいはその両方、かもね……しかし惜しいな。キミがヒロインたちの死体が全部本物だと断言できるなら、犯人候補を絞り込めただろうに……」
悔しそうにミサキは言う。
「どういうことだ?」
「糸の切れたマリオネットが自殺したとして、その後に誰かを殺すことはできないだろ? なら、糸の切れたマリオネットは一番最後に死ぬハズだ。だから、四周目から八周目までで一番最後に死んだヒロインたちが糸の切れたマリオネット候補になったんだよ――キミが全部の死体を本物だ、と断言できたなら、ね」
あー、なるほど、そーゆーことか。
俺が全部の死体を本物だと断言出来たなら、間違いなく、糸の切れたマリオネットは自殺していたはずなのだ。
だって、大量殺人が始まってから、一度も死ななかったヒロインはいないんだから。
そして、糸の切れたマリオネットが自殺したあとに他のヒロインを殺すことは出来ない。
だから、四周目から八周目の最後に死んだヒロインが糸の切れたマリオネット候補、ということになったわけだ……
俺が、すべての死体を本物だと断言できていれば。
そこにフェイクが混じっている可能性がある以上、絞り込むことは出来なくなったわけか。
「……なんか……すまん……」
ミサキは肩をすくめる。
「しょうがないよ。コタローくんは事情を知らなかったわけだしね。ボクだって、たった今思いついたことなんだし……ま、気にしないでよ」
「ああ、ありがとう」
こんなことになるならもっとよく死体を調べておくべきだったが……今さらだな。
後悔しても遅いわけだ。
ここは割り切って次に進むべきか。
そんな俺の内心を読んだのか、ミサキが軽い感じで言った。
「ま、この線から糸の切れたマリオネットを特定するのは酷く困難、ってことだ」
そーゆーことなのだった。




