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「もうだいぶ前のことになる。この星に、大量の隕石が落下し、なんやかんやあって地球に、氷河期が訪れた」

「……本当、なのか?」

「もうだいぶ前のことになる。ある日、宇宙からの侵略者があらわれ、地球は破壊しつくされた。宇宙人は去ったが、人が住むには劣悪な環境となった」

「……いや、氷河期は?」

「もうだいぶ前のことになる。ある日、人間が、突然、ゾンビとなって人を襲いだした。襲われた人間もまたゾンビになり……倍の倍の倍で人類はゾンビとなり、我々人類は滅亡の危機に立たされた」

「……おい、映画かドラマの話でもしてるのか? 真面目に話せよ」

「もうだいぶ前の事になる。我々地上人は、密かに存在していた地底人の襲撃を受けた。地底人は太古の昔、地上人との戦いに敗れた人類で、復讐の機会をうかがっていた」

「………………」

「ある日未来からアンドロイドが……」


 どんっ


 テーブルを拳で叩く。


「まじめに話せ」


 リリの顔をしたミサキがおどけて見せて、


「つまり、人類は滅亡してしまいまった、ってことさ。本当の理由を語ることに意味はない。今ボクが話したようなことや、あるいはキミが想像するようなことでもいい。映画やドラマやアニメやマンガやゲームなどで語られる設定でもかまわない。とにかく、キミが容易に思いつくような理由のいずれかで、人類は滅亡した。……正確に言うなら、ほぼ絶滅した」

「ほぼ?」

「ああ、ほぼだ。今現在生き残っているのは、推定で、百万人」

「百万人……」


 なんて多い……などと思うわけがない。

 百万と聞くと、大きな数字だと思う。

 これが学校の生徒数だとか、会社の社員数だとかなら、さぞかしマンモス校だろうし、とてつもない超々々々々々大企業だ。

 けれど――人類だぞ?

 地球上に、生きのこった、人類。

 それが、たった百万って…………

 俺がネットで世界の人口を確認した時、七十四億数千万ほどだった。

 つまり、ざっと七十四億人ほど減っているわけだ。

 

「………………」


 絶句する俺にかまわず、ミサキはつづける。



「さて、なぜ絶滅したかと言うと、キミが容易に思いつくような理由のいずれかで、地球は非常に住みにくい星となった。絶滅は必然だった、ってことだね。わずかに残った人類の未来は見事、闇に閉ざされましたー、わーい、ぱちぱちぱちぱちぱちぱち」


 拍手を誘われている。 

 だが断固拒否。


「ずいぶんとふざけた口調だが……」

「内容は本当だよ。ふざけてるってより、やけっぱちって感じかな? ま、もっとも、ボクにとって、そう悪いことでもないんだけどね」

「どういう意味だ?」

「それはまぁ、ボクの個人的な事情ってことで」


 肩をすくめてみせる。

 話す気はさらさらなさそうだった。


「……ちょっといいか。考える時間が欲しい」

「ごゆっくり。ああ、向かいの席に掛けてよ」


 お言葉にあまえ、彼女の向かいの席に腰をおろす。

 考える。

 人類が滅亡?

 百万人しか残ってない?


「………………」


 いやいやいや。

 マジか?

 にわかには信じがたいが……けど、にわかには信じがたい事態は、すでに起こっている。

 俺がこうしてケイオス・ラブの世界にいることこそ、本来絶対にありえないことなのだ。

 そのありえないことが起こるのなら、人類が滅亡した、というありえないことが起こっていたとしても、なんら不思議ではない。

 もちろん、それとこれとは話が別、と切り捨てることも出来るが…………


 ミサキを見る。

 どこか飄々としているように見える。

 あるいはそれは、諦念、だろうか。

 俺よりも詳しく事情を知っているだろうミサキは、あるいは、あきらめの境地なのかもしれない。


「あのさ」

「うん」

「俺ってばわずかにのこった人類のうちの一人?」

「そ」

「七十四億分の百万の一人?」

「そ」

「つまり選ばれし存在?」

「そう、とも言えるね。貴重な人類の生き残りさ」

「そんな貴重で偉大でグレートでワンダフルでミラクルでパワフルでキュートでビューティーでセクシーでエレガントでエレファントな俺は……一体なぜ、こんな場所にいる?」


 彼女なら、その問いに、容易に答えられるだろう。


「貴重以下は誇大広告って感じがするけど……」


 まぁいいや、と小さくつぶやき、


「コタローくん、ここは、アナザーライフ、つまり、生きのこった人類が、過酷な環境から逃げ出すために生み出した場所――電脳世界だ」

「電脳世界……」

「そうだ」

「……データ、なのか? 俺もアンタも」

「そう」

「………………」


 電脳世界――


 フィクション世界では、お馴染みの設定だ。

 実はこの世界はゲーム世界でしたー、仮想世界でしたー、電脳世界でしたー、夢の世界でしたー、なんてオチ、百万回は見て来た。

 そんな、著しくオリジナリティに欠ける、独創性も個性も意欲も意気込みも感じられない、手あかにまみれまくった酷く陳腐なネタだ。


 そう思う一方で、俺が陥った状況を説明するには、なんとも手っ取り早い設定だとは思う。

 ここは電脳世界。

 さも本物のように思えても、その実、データにより再現された世界。

 それならば、俺が今、この世界にいることも、まぁ、なんとなくではあるけれど、納得出来ないことも、ない。むしろ、

 ある日起きたらゲーム世界に入っていたぜ!

 とか

 死んだら異世界だったぜ!

 とかよりは、まぁ、納得できるような気がしないでも、ない。


「地球は……現実世界は、人が生きていけるような世界じゃあ、すでにないのか?」


 ミサキは曖昧に首を振る。


「むずかしい質問だね。場所や人にもよるし。でもまぁ、酷く生きにくい、ってのだけはたしかだね。生きてはいけない、というより、生きにくい。まぁ、場所によっては生きてはイケナイかもしれないけど。食料とか、資源とか、環境とかの問題で。そこでまぁ、電脳世界だ。仮想世界だ。アナザーライフだ。この世界で、わずかに生き残った人類は、しあわせな夢を見る」

「……それで、生きている、と言えるのか? データの世界に逃げ込んで、それで、本当に生きていると言えるのか?」


 煽るつもりはなかった。

 ただ、心に感じたことが、そのまま口から漏れていた。

 ミサキは悲しげな目をして、


「キミはあの現実を知らないからそんなことを言えるんだ……いや、忘れているから……」

「忘れている?」

「そう。キミだって本当は知っているんだよ。でも、今は記憶を失っているだけ。もちろん、故意にね」

「それは俺が選択したことか?」

「まぁ、そうだね。てか、キミ以外でも、アナザーライフに入った人の多くが、『外の世界』の記憶を忘れている」

「なぜ?」

「その方が、現実逃避がしやすいから。このアナザーライフの技術は、世界が滅亡する以前から存在していた。アナザーライフの実用が可能になるのと前後して、世界は危機に見舞われたんだ」


 いったんそこで、言葉を切る。


「で、世界が滅亡し、アナザーライフの実験段階に入ったんだけど、そこで、問題が起きた」

「問題?」

「うん。外の世界の記憶があると、うまく現実逃避が出来ないってことだね。いかにデータでしあわせな世界を作っても、記憶があれば、『ここはしょせんデータの世界なんだ。外の世界は滅んでいるだ。現実には、未来も希望もないんだ』みたいなことを考えてしまって、本来の目的である現実逃避がうまく出来なかったんだよ」

「なるほど、それで、か。それで、記憶を失う必要があった」

「そう。世界滅亡の記憶を失うことで、我々は、アナザーライフに没頭することが出来るってわけだ。希望も未来もない世界で、けれど、しあわせになることが可能になった」

「てことは、俺は………」

「そうだね。キミは、キミが考えているより、年が上だ。キミが望んだ時点まで記憶を消去しているからね」

「あるわけか……いや、あったわけか。俺にも、当然、世界滅亡の記憶が」


 ミサキはうなずく。


「ああ、あったね。あんなこと、意図的じゃない限り、忘れることなんて出来やしないよ」


 苦々しげな顔。

 なるほど、ミサキが最初、妙におちゃらけていた理由も、今ならわかる。

 そりゃ、やってらんねぇよなぁ。

 およそ七十四億人もの人間が、死に至る事態を目の当たりにしたんだから。


 ……待てよ?

 なら、どうしてミサキは、現実世界の記憶を持っているんだ?

 そう問うてみると、


「それはキミもうすうす気が付いてるんじゃない?」


 と、逆に問い返された。


「管理者……的な?」


 なんとなく、思っていた言葉を口にだしてみる。


「まぁ、そんな感じだね。ボクは、何人かいる、この電脳世界を監視する人間の内の一人。みんなそれぞれ役割があって、ボクは仲間内ではエージェントって呼ばれている存在だ」

「エージェント……」

「うん。管理・統制する人間は何人かいるけど、そのうち、直接『第二世界』にコンタクトを取って、世界の安定を保つのが、ボクたちエージェントの役目だ」


 世界の安定を保つエージェント。

 第二世界。


 重要なワードが飛び出して来たな。


「第二世界?」

「そ。電脳世界は、二重構造になっている。今ボクたちがいるここは、第二世界。第一世界よりも一段深い世界だ。そして第一世界。ここはいわばポータルサイトだよ。電脳世界を管理するための電脳世界。キミの言う管理者たちは、現実世界ではなく、主にこの第一世界でアナザーライフを管理・運営している」


 なるほど。

 電脳世界の中の電脳世界、か。

 そうする理由は、一つしか考えられない。

 すなわち、現実世界はもはや人の生きていく世界ではない、ということ。

 だから管理者すらも、電脳世界へ入らなければならなくなった。


「………………ふぅ」

「疲れた?」

「ちょっとな」

「無理もない」


 存外に優しい目を向けてくるミサキ。

 ……悪いヤツじゃないんだろうなぁ。


「にしてもさ」


 俺の呟きに、ミサキが反応する。


「なに?」

「……いや、今まで俺は、そんな事情を知らず、電脳世界で再現された女の子たちを必死で救おうとしてたんだ。それが、ゲームだったんだよなぁ……いや、まぁ、ゲームの世界ってのは最初からわかり切ってたことだけどさ。なんか、色々とムダだったんだなぁ、って。しょせん作り物の世界なんだからさ。……いや、すっげぇリアルだけど……」


 なんていうか……賢者タイム?

 みたいな。

 そんな感じの虚しさがある。

 だって、俺は、なんらかの不思議な要因で、ゲーム世界が再現されたかと思っていたんだ。

 俺の愛したヒロインたちが、再現され、自我を得たと思ったんだ。

 けど、ミサキの話を聞く限りじゃあ、ヒロインたちに自我なんてないんじゃないか。


「そうだね、キミのために創りだされたこの世界の住人に、自我はない。限りなく本物の人間に近い、けれど単なるAIだ」


 ほらね。

 結局はデータだ。

 妹も、七式声も、小山内稚魚も、ペソ山ペソ子も、丸井眼鏡も……ほかのすべての女の子も、データに過ぎないんだ。


「ただし――」


 けれどミサキは、思いがけない言葉を、俺に向けて吐いた。


「たった一人を除いては、ね」





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