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「……な、なんでリリがここに……!」


 一瞬、心臓が止まりそうになる。

 どういうことだ……一体どういうことだこれは。

 なぜリリがこんな場所にいる。

 リリが俺を呼び出した……?

 なぜ……一体なぜ……

 頭が混乱する。

 リリが――すべての元凶だった……?

 そんな、馬鹿な……


 呆然とする俺を、リリは、テーブルに肘をついて手を組み、優雅に見つめてくる。

 そして。


「なーんちゃって」


 イタズラっぽく笑う。

 それはたしかにリリの顔なんだけど……リリの表情とは、少し違う気がした。


「戸惑っているようだね。からかってごめん。ボクはキミの妹のリリちゃんじゃあない。この姿は、キミの妹ちゃんの姿を借りているだけ。たんなるアバターだよ」

「リリじゃ……ない?」


 見た目や声は、間違いなく俺の妹、リリこと鈴代莉々子だ。

 けど、しゃべり方や表情は、妹のそれとは異なっている。 

 アバター、つまり化身、つまりつまり、仮の姿。

 主に電脳世界で、自分の分身として利用するキャラのこと。

 電脳、世界……この世界はゲームの世界なんだから、アバターと言う表現は、ある意味ただしい。

 俺の今の姿――鈴代小太郎も、言うなればアバターだ。

 だから、なんの問題もないはずだ。

 なのに……なんだろう、この違和感は……


「おまえは……何者だ」


 妹のリリじゃない、という彼女の主張は、すんなり受け入れることが出来た。

 俺はリリを知っている。よく知っている。

 何度も何度もゲーム内であったし、このゲーム世界に来てからは、ループを含めて七年以上は同じ屋根の下で暮らして来たんだ。

 途中でリリが殺されることもあったし、三月を待たずにループした周もあったけど、それでも、六年近くは一緒に暮らしてきたんだ。

 このリリの姿をした何者かがリリっぽく振る舞っている、というのならともかく、口調も表情も態度も違うのに、リリだと受け入れられるわけがない。


「アバターって言葉を使ったってことは、当然、俺と同じように『外の世界』から来たんだろ?」


 俺がさらに言葉を重ねると、リリの姿をした何者かは、我が意を得たり、とばかりに、にぃ、と笑い、


「キミのようなカンのいいガキは大好きさ」

「どっかで聞いたようなセリフだな」

「そりゃね、同じ世界に住んでいるんだもの。共通の認識ぐらいあるでしょ?」

「お前は誰だ」

「ミサキ。そう呼んでくれてかまわないよ、××くん」

「……俺の本名を呼ぶな」

「気分を害したかな?」

「ゲームをプレイしてるときは現実を忘れて没頭したいタイプでね。現実の俺を少しでもにおわせるような描写が出て来たら興ざめさ」

「失礼。言いなおそう。ボクのことはミサキって呼んでよ、コタローくん」


 コタロー。

 そう、それが俺の名だ。

 少なくとも、この世界においては。

 現実のしょぼくれた俺なんて、思い出す必要すら、ない。


 妹の姿をした何者か=ミサキは、テーブルの上のミルクティーをストローですすり、


「さて、コタローくん。ボクに聞きたいことがあるでしょ? ボクから説明してもいいけど、なにから説明すればいいか、いざとなると迷っちゃうんだよね。だからさ、キミが質問してくれれば、なんでも答えるよ――ボクに答えられることならね」


 ぱちっ、とウインク。

 糞。こんなときでもやっぱり俺の妹は可愛らしい。

 いや、妹じゃねーけど。

 妹じゃなくても、妹の姿をしていると、やっぱもう、可愛くてたまんねー。


 ……て、のんきにそんなことを思っている場合じゃあない。

 いくつもの絶望を乗り越え、ようやく俺は、この場所にたどり着いたんだから。


「聞きたいことは、いくらでもある」


 俺が言うと、どうぞ、とばかりに、こちらに右手を差しだしてくる。


「なぜ俺をここに呼び出したのか、とかお前は俺の敵なのか、それとも味方なのか、とか、お前の正体はなんなんだ、とか、ここは一体どいう場所なんだ、とか、なぜヒロインたちは殺され続けるんだ、とか、そもそもなぜ俺はこのゲーム世界に入ったのか、とか……いくらでも知りたいことはあるが、それらを差しおいてでも聞いておきたいことがある。それは、なぜ俺をここへ呼び出すのに、あんな回りくどいことをした? だ。俺を呼び出すなら他にいくらでも方法はあるだろう。手紙でも電話でもメールでもいい。なんだったらお前自身が俺を呼びに来てもいい。とにかく、もっと簡単に、もっと早く、俺をここへ呼び出す方法はいくらでもあったはずだ。なのになぜ、お前はあんなわかりづらい手を使った? 俺がお前のメッセージに気付かない可能性だってあったんだぞ? それなのに、なぜ――」


 問いに、ミサキは答えた。


「キミを呼び出すためにはいくらでも手はある?」

 

 やれやれ、と首を振る。


「誤解だよ、コタローくん。違う、そうじゃない。ないんだよ、キミを呼び出すのに、あれ以上スマートな方法なんて、なに一つありゃしないんだ。ボクはけっこー頑張った方なんだよ、つーかアレが限界なんだ」

「どういうことだ? 手紙を……」

「送れない。手紙もメールも。電話も出来ない。それどころかボクは、この喫茶店から一歩だって外に出らりゃしないんだから」

「なぜだ」


 問いに、リリの顔をしたミサキは、皮肉気に、笑う。


「なぜって? そりゃ、ここがキミの世界だからだよ。キミのために創られた、キミだけの世界だからだ。だからボクが、たとえこの世界において重要な役割を担っていたとしても、キミの許可なく、簡単に、事を成したりは出来ないんだよ」

「……俺のための世界?」

「そうだ、キミの……キミだけの、世界」

「………………」

「コタローくん、キミはこの世界をどうとらえている?」

「どうって………」

「ここは、どんな世界だ?」


 考える――までもない。


「ケイオス・ラブの世界だ」

「ケイオス・ラブとは?」

「ゲームだよ。ギャルゲーだ。美少女がわんさか出て来て、俺みたいなモテない男の魂を慰めるため、こぞって俺をちやほやしてくれる。好きになってくれる。称賛してくれる。絶賛してくれる。神のごとく崇めてくれる。糞みたいな現実で傷に塗れたポンコツ野郎の心の傷を癒してくれる。そんなゲームだ」

「それで?」

「それで……って」

「続きは?」

「……それだけだ。俺はある朝、気付いたら、この世界に入り込んでいた」

「半分正解で、半分不正解、ってとこかな。だがまぁ落胆することはないよ。キミのその認識で正しいんだ。ボクたちがそうなるよう仕組んだんだからね」


 とうとう、ミサキはそれを口にした。

 ……まぁ、当然、ちゃあ当然だろうなぁ。

 俺以外で現実世界から来た人間。

 でもって、俺よりかはよっぽど事情を知ってそうな人間。

 となれば。

 このミサキってやつが、俺がこの世界に来たことに一枚噛んでいてもおかしくない。

 その方法は不明だが。

 魔法や超能力、あるいは呪いなどの超常的な現象によるものなのか。

 はたまた、SF的な超科学によるものなのか。


「アンタは……神なのか?」


 思わずそう、聞いていた。

 人をゲーム世界に送れる存在。

 それは、もう、神だとしか思えない。


「神? 神だって? このボクが? はは、あはは、あ~~~~ははははははははっ!」


 けれどミサキは、豪快に笑い飛ばす。

 ……リリの愛らしい顔で、そんな下品な真似はやめてほしいのだが。


「ボクが神ね? そりゃいい。とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ、ってか?

 ……それが本当ならどんなに素敵なことか」


 そこでミサキは、遠い目をする。

 ………………?

 神には似つかわしくない、アンニュイな表情だ。

 しかしすぐに真顔にもどり、


「ありがとう、コタローくん。キミが質問してくれたことで、話しやすくなった。まずはこの世界のことを話そう。この世界がなんなのか。そしてボクが一体何者なのか。そしてなぜ、キミをここへ呼んだのか。ちょっと長くなるかもしれないけど……全部、話すよ」


 そしてミサキは語りだす。

 この世界の真実を。





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